第21話 妙案

 時雨が部室に戻ると、唯華とエリーが悩むように唸っていた。


「うーん……私と先生が結婚してエリーを養子にして養うとか?」

「ヤバい妄想に私を巻き込まないで欲しいですわ……」

「妄想ってなんですか!! 私が頭を悩ませて上げてるのに!!」

「え、マジで言ってましたの……!?」


 なんだか、ヤバそうな会話がされていたが、時雨は無視して椅子に座る。

 不用意に触ったらやけどしそうだった。


「先生、おかえりなさい。あのハゲ、なにか言ってきたんですか?」

「……いや、大したことじゃないよ」


 教頭のゲスな発言は、二人に伝えないでおこう。

 話したと知られたら、あの教頭が二人に何をするか分からない。

 それに、話しても二人を不快にさせるだけだ。


「それよりも、なにか良い案は思い付いたかな?」


 時雨が質問すると、唯華が『はい!』と高らかに手を上げた。


「私の親に頼んで圧力をかけさせましょう!」

「き、汚いやり方ですわ……!?」


 たしか、唯華の両親は学校に多額の寄付をしていたはずだ。

 その両親の意見となれば無視はできないだろう。

 しかし、エリーに『ダンジョン配信部』のお金を渡せないのは、まっとうな校則によるものだ。

 教頭がどれだけ汚い腹積もりでエリーを切り捨てようとしていても、表向きはルールを守っているだけである。


「それは、止めた方が良いと思う。他の生徒にバレたときに、唯華やエリーへ非難が集まるかもしれない」

「貴方のご両親にだって迷惑をかけることになりますわ……もう少しスマートな解決を目指しましょう」


 そう言って、エリーが時雨を見た。

 彼女もなにか案があるようだ。


「私も思いつきましたわ。部として活動するから、収益を学校側に管理されるのです。個人的に配信活動をするのはいかがでしょうか?」

「おぉ!? 良い考えですね。時雨先生が付いて来てくれるなら、部活動である必要はありません!」

「……いや。それは難しいね」


 良さそうな気もするエリーの案だが問題がある。


「お、お給料なら配信の稼ぎから払いますよ?」

「いやいや、お金の問題じゃないよ。そもそも、君たち学生がダンジョンに入れるのは教師が付いてるからなんだ」


 探索者として活動するには、試験に合格するか、桜庭高校のような探索者の育成に力を入れた学校を卒業する必要がある。

 探索者以外――唯華たちのような学生がダンジョンに入るためには専門的な資格を取得した教師の同行が必要となる。


「逆に言うと、教師じゃない僕が君たちに付いててもダンジョンには入れない。学生がダンジョンに入るためには、学校側の許可は不可欠なんだ」

「つまり、プライベートでのダンジョン配信は無理……?」

「そうなりますわね……」


 ダンジョンという危険な場所に入るためには、学生である唯華たちはどうしても学校に縛られる。

 『ダンジョン配信』を主軸に考える限り、学校から逃れるのは難しいだろう。


「それでは、ダンジョンではなくて普通に配信するとか……ゲーム実況などはどうでしょう?」

「うーん……ダンジョン配信者さんがサブチャンネルでゲーム実況をやることは多いけど、やっぱり数字は落ちるよね。弱小の私たちが始めても、どれだけ伸びるかな……」


 その後も、うんうんと悩み続ける三人。

 しかし、これだと言える案は出てこず、気がつけば時刻は午後六時を回っていた。


「あ、もうこんな時間か……唯華さんとエリーさんは帰らないとね」

「先生は帰らないんですか?」


 きょとんと唯華が首をかしげる。

 彼女たち生徒は帰らなければならないが、大人の時雨にはまだ出来ることがある。


「うん。僕は学校の資料をあさって、なにか解決策がないか調べてみるよ」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんわ……」

「気にしないで、エリーさんは帰ってお母さんとも話し合ってみてよ」

「はい」

「まぁ、私も考えてきますから。大船に乗った気で居ると良いですよ」


 わちゃわちゃと話しながら帰宅する唯華たちを見送ると、時雨は職員室へと向かった。

 薄暗い職員室では、一部の先生が作業をしていた。

 時雨は邪魔にならないように資料の詰められた棚へと向かう。

 そこには部活動の運営に関する資料が詰められた棚だ。

 過去にはエリーと似たようなトラブルがあったこともあるかもしれない。

 分厚いファイルを取り出して、自席に持っていくとパラパラとめくる。


 ――時雨が夢中で資料を読み込んでいると、ぽんぽんと肩を叩かれた。

 振り向くと、そこに居たのは体育教師だった。

 窓を見ると外は真っ暗だ。いつの間にはずいぶんと時間が経っていたらしい。


「お疲れ様です。資料を読み込んでいたようですが、なにかトラブルですか?」


 もう遅い時間帯。

 体育教師も疲れているだろうに、疲れを感じさせない爽やかな笑顔で問いかけてきた。

 たしか、体育教師はサッカー部の顧問を務めていたはずだ。

 時雨よりも、よっぽと部活動について詳しいだろう。

 ここは、助言を求めるべきかもしれない。


「ああ、実は――」


 時雨がエリーの事情とダンジョン配信部について話すのを、体育教師は静かに頷きながら聞いてくれた。

 話が終わると、難しい顔をして天井を見上げる。


「うーん。部活動での収益を個人に渡すのは難しいでしょうねぇ」

「やっぱり、そうですか……」


 時雨と違って、ベテランの教師が言うのであれば、本当に無理なのだろう。

 やはり、他の案を探ってみるしかないだろうか……。


「あ、だけどサッカー部でも似たような生徒が居たことがありますよ。家庭の事情で通い続けるのが難しいって。その時は――」

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陰キャな新米教師だけど、教え子をモンスターから守ったらバズり散らかしてしまった こがれ @kogare771

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