第20話 教頭
「あの、教頭先生、どうしてでしょうか?」
「簡単な話です。校則で決まっているからです。『部活動において発生した収益は全て学校側に帰属し、部活動への再投資のために使用される』。しっかりと書いてあります」
教頭はツルっとした頭部を光らせながら言った。
口調は丁寧だが、有無を言わせぬ迫力がある。
時雨の隣では唯華がぺらぺらと生徒手帳をめくる。
とあるページにたどり着くと『え、本当にある……』と呟いていた。
「な、なんで、そんな校則が……」
「元は学校側が開いている『バザー』の収益をハッキリさせるためですね。生徒たちで勝手に使え、とは言えませんから」
「『ダンジョン配信部』においても、同じ校則が適用されると……?」
「その通りです」
教頭の話は筋が通っている。
校則で決まっているのであれば、学校の課外活動としてやっている『ダンジョン配信部』は従わなければならない。
しかし、それではエリーの現状は変えられない。
チラリと隣を見ると、エリーが落胆したように目を伏せていた。
せっかく打開策が見つかったのに『校則で禁止されています』では、あまりに可哀そうだ。
「お願いします。今回だけ例外を認めて頂けませんか」
「せ、先生……」
時雨は深々と頭を下げる。
少しでも生徒を助けられる可能性があるならば、これくらいの頭はいくらでも下げられる。
「花子さんの学校生活を守るために……よろしくお願いします」
しかし、教頭の態度は変わらなかった。
冷ややかな目を時雨に向けているだけだ。
「駄目です。校則で決まっていますから」
「……分かりました」
教頭に一蹴された時雨たちは、トボトボと職員室から廊下に出る。
配信部の収益で儲ける作戦は駄目だった。
なにか、次の案を考えなければ……。
「くっそー、あのハゲ頭めぇ……!! つるつるした頭でDJラップかましてやろうかと思いましたよ……!!」
「だけど、校則となると仕方がありませんわ……」
「どうですかね。あのハゲ、性格悪そうだったので、なにかごまかしてるかもしれませんよ!」
「性格が悪そうで悪かったね」
「……ひぇ!?」
時雨たちが廊下に出てすぐ、職員室から教頭が出てきた。
どうやら、唯華のハゲ発言も聞かれていたらしい。
唯華は顔を青くして、冷や汗を垂らしている。
「時雨先生、ちょっと良いですか?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
「少し込み入った話があるんだ。校長室をお借りしよう」
「分かりました」
「い、行ってらっしゃーい……先に部室に戻ってますね……」
唯華とエリーに見送られて、時雨は教頭と共に校長室へと向かった。
今日は校長は居ないため、静かな校長室には誰も居ない。
教頭はずかずかと部屋の奥へと向かうと、校長の椅子にドカリと座った。
「どっこいしょ」
「あの、校長先生の椅子って座っても良いんですか?」
「良いでしょう。もうすぐ私の物になるんだ」
「は、はぁ……」
たしかに、校長は見る限り高齢だ。
そろそろ引退が見えて来る年齢なのかもしれない。
そして校長が引退したら、次の校長を任せられるのは教頭なのだろう。
だからといって、勝手に座って良い理由にはならない気がするが。
「それで、お話とは……」
「あぁ、時雨くんは花子さんを引き留めようとしているね?」
「えぇ、大事な生徒ですから、できることなら卒業まで通って貰いたいです」
「それ、諦めなさい」
「……え?」
いま、なんと言ったのだろうか?
エリーを引き止めるのを諦める?
どうして教職者である教頭が、生徒を引き止めるのを諦めろなどと言うのだろうか。
「どうして、ですか?」
「ふっ、どうしてって――あんな貧乏人のガキは、我が校にふさわしくないからだよ」
「貧乏人……!?」
教頭は椅子にふぞりかえって、苦笑いをしながら言い放った。
なにを当たり前のことを聞いてるんだと小馬鹿にしながら、エリーの事を『貧乏人のガキ』と侮辱した。
「何を驚いているんだ。君だって知ってるんだろう? 花子さんは学費の一部を免除されて我が校に通っている。学校にほとんど金を払っていない寄生虫なんだよ」
「寄生虫って……!? 彼女の成績が優秀だから認められている権利でしょう!?」
「正確には『貧乏だけど優秀だから』だ。我が校の奨学金は、親の年収で制限があるからな。別に金持ちで優秀な生徒なら他にいくらでも居る」
教頭は懐からタバコを取り出すと火をつけた。
学校は全面的に禁煙のはずなのだが……エリーにはルールを押し付けておいて、教頭は自分で破ることはなんとも思っていないらしい。
「それに、学費を免除される貧乏人は居ない方が、私にとって得なんだ」
「特って……教頭先生には関係ないでしょう?」
「ここだけの話だけどね。会計の時に上手いことやれば、免除金の一部をポケットに仕舞えるんだよ」
「ッ!? それは横領じゃないですか!!」
「良いんだよ。バレなきゃな。それとも君が言いふらすか? 新任のそれも非常勤の若造がいう事なんて、誰も信じないだろうけどな」
「……!!」
時雨はギリギリと拳を握った。
弱い人間の言葉は誰も信じてくれない。そのことは時雨も痛いほど分かっている。
ここで時雨が声を上げたところで、教頭をどうにかすることはできないだろう。
教頭はにやにやと笑いながら、タバコをふかした。
「時雨くん、私は君に期待しているんだよ」
「……」
「育休中の魔法学の先生は面倒な人でね。私が不正をしていると睨んで、ジロジロと監視してきてたんだよ。私としては彼女を追いだして、君を正式な教員として迎えたいと思っている」
「……厄介者を追い出すための、替え玉ってことですか?」
「そうだ。君だって頑張って手に入れた職を失いたくはないだろう? そのためには――誰に従うべきか分かるね?」
つまり、教師の職を続けたければ、教頭に従ってエリーが去るのを見送れと言いたいのだろう。
……エリーと教頭なら、教頭の方が圧倒的に社会的な地位が高い。
貧乏学生と有名私立高校の教頭では勝負にならない。
自分の人生のことを考えるなら、教頭に従うべきだ。
どうせ、どれだけ悪いことをしても、権力を使えばバレないのだ。
前職でも全ての汚名を時雨が被って辞めさせられた。時雨に罪を被せた男は悠々と雑誌の取材などを受けている。
――だとしても。
「お断りします」
「……なんだと?」
「例え職を失うことになっても、僕はエリーさんのことを考えて動きます。貴方の言いなりにはなりません」
唯華とエリーのおかげで、少しだけ教師という職業が楽しいと思えてきたのだ。
彼女たちに貰った誇りを失いたくは無い。
教師として正しい選択がしたい。
「私に歯向かうことが、なにを意味するか分からないわけじゃないね?」
「もちろんです。クビにしたいならしてください。僕はエリーを学校に残してみせます」
「残念だ。時雨くんは、もう少し頭が良いと思っていたよ」
教頭の捨て台詞を聞きながら、時雨は無言で校長室を後にした。
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