第41話

「異能馬券師ケンタロウ!」 41


第5章 ケンゼンナミライ


(1)


 小学校5年生の頃だった。サエコは馬、特に競走馬のサラブレッドというものに強い関心を持つようになった。生まれ育った家が競走馬生産の牧場を経営しており、農場も広く所有していたのだから、当然のことといえばそうであろう。しかし、幼い頃には獣臭だとか馬糞の匂い、カイバの青臭さといったものを極端に拒絶していたのだから、サエコの変化に驚かない者はいなかった。急に何かが目覚めたと言える時期なのかも知れなかった。

 とにかくサエコはその頃から、自ら頻繁に家業の競争馬生産、オノ牧場に関わるようになっていった。といってもできることと言えば馬の頬をなでたり、厩舎の掃除をしたり、ただ馬に寄り添うことぐらいだった。 

特にサエコが可愛がったのは生まれたばかりの牝馬だ。目立った活躍を見せてはいない父と母の交配で生まれた葦毛の馬だった。ほとんど期待されることのない血統の馬であったが、サエコは毎日いそいそと話しかけては撫でまわしたりしていた。ちょっと肉付きが良い馬だったので、牧場のみんながトンコという愛称で呼んでいた。トンコはサエコが顔を出すと、必ずひひひ~いんと甘えたような声をあげるのだった。

それからずっと、毎日一緒に過ごした。学校から帰ってくると一目散にトンコに会いに行くのが日課だった。

トンコは初め、走ることを極端に嫌がったが、サエコが寄り添うことで徐々に競走馬の魂を呼び起こしたようだった。その走る姿は美しいとしか形容のしようがなかった。走る姿は芸術品と言ってもよかった。しかしながら、走破時計は平凡以下だった。それは例えるなら、野球選手が打撃フォームや投球フォームは抜群なのに飛距離が全く出ないとか、球速が足りないといった感じだった。

それでも日々たくましく成長してゆくトンコとともに、サエコも同時に少しづつ成長していった。

ある日とうとう、トンコがセリに出される日がやって来た。サエコは家業を充分に理解していたから、それは仕方ないことだと自分に言い聞かせていたが、やはり仲良く一緒に暮らしてきたトンコとの別れはつらくて苦しい出来事だった。トンコが乗った馬運車を見えなくなるまで追い続けた。トンコもまた、いつまでもせせり鳴くような声をあげた。


トンコを競り落としたのは東泉ファームだった。新興の競走馬育成牧場でまだ大して実績もない、名も知れない会社だった。

 競り落としたと言っても、トンコ落札の競争相手はいないも等しいものだった。900万での落札だった。

 そしてトンコはアカルイミライという馬名で中央競馬に登録され、牝馬クラシックの目玉となった。何と無敗でクラシック3冠を勝ち取ったのだ。

 そこから東泉ファームは劇的な急成長を遂げた。独特なトレーニング方法を確立し、血統に関わらず強い馬を次々と生み出していった。今やシンジケートを組んで極端に大型のセリにも絡んできている、創設者東泉健吾のワンマン会社だった。

 そこからサエコの父の牧場経営方針が狂ってしまった。数十億を稼ぐ馬を生産しながらたったの900万で売り渡してしまった、そのことが頭から離れなかった。

 それからは高額の種牡馬との種付けを繰り返しながら、うまく育てられずに経営はどんどん悪化していった。

 やがては先物取引やら相場に手を出して、借金を膨らませていった。そこからは10年も持たなかった。

 オノ牧場は人手に渡さざるを得なくなった。買い取ったのは東泉ファームだった。父親は失意のうちに首吊り自殺をして果てた。母親もまるで後を追うかのように、持病が悪化して間もなく亡くなった。サエコが二十歳の頃だった。

その後は祖父が所有していた農場を後受け継ぎ、いつかはオノ牧場を取り戻そうと画策していた。

 

 にっくき東泉ファームであったが、サエコはトンコに会いたい思いが強く、頻繁に足を運んでいた。トンコ(=アカルイミライ)はいつでもサエコを優しい瞳で受け入れた。絆は1歳のあの頃と何も変わらなかった。

 サエコは秘かに決意した。トンコの子供を競り落として、競走馬を育成しようと。

「やあ。いつもご熱心ですねえ~」東泉大悟が話しかけてきた。

「あ、東泉さん。あのう~すみません。今後のトンコ、じゃないアカルイミライの種付けの予定はどうなっていますか?」

「え? あ~そうですね~もうこの子も歳だから、これで最後になると思うんだけど。あの3年前の3冠馬ケンゼンファイターとの交配を予定しています」

「……その仔を、ぜひあたしに」思わず声がでた。


 続く


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異能馬券師ケンタロウ! @kyoushiro

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