第26話『……王子様登場?』
「そりゃもちろん見に行くよね」
レツはにこにこしながらそう言った。
楽しく買い物できたから、機嫌はすっかり良くなっている。
遠目から鉱脈の入口見たところで何にもならない気がしなくもないけど、これと言って調べることもできてないからいいのかな。
俺たちは通りの店を覗いたりしながら、街の中心まで歩いて行った。
建物が戸建てだから、並んだ家の隙間からも湖が望めたりする。どこからでもリベルフォリア湖が見えるから、ほんと湖に抱かれた街って感じ。
街の中心部に庁舎や教会の並ぶ円形の広場があった。ギルドも同じ広場にあったから、ここへはさっきも来てる。
広場から湖に下りていくような通りが続いていた。
「この道行けば鉱脈っぽいね」
俺たちは広場に沿って湖の方向へと歩いていった。通りの向こうにドーム型の建物が見える。
さっき宿を探している最中にあの建物をチラ見したのがこの通りだったっぽいな。真っ直ぐ建物に向かっているから、この通りに出て湖を見たら必ず目に入る。
通りは建物の手前で終わっていた。
左右に延びる湖岸の道が、鉱脈の建物を迂回するように弧を描いている。道に沿って簡単な手すりみたいな柵がついていて、この距離から立ち入り禁止って感じ。柵から建物まではかなり距離があるから、ホントに遠くから見るだけしかできないなこれ。
ダーハルシュカの他の建物が木造だから、石造りの建造物はそれだけで異質に見えた。
ドーム型なのは屋根だけで、ファサードはどちらかというとラトゥスプラジャの図書館にも似ていて、円柱が並んで入口を飾っている。違うところは、あの図書館の一階分の高さしか無いことだ。
図書館は中が重要だけど、これは鉱脈の入口だけなんだから大きく作る必要ないんだよな。入口のはずだけど、ドームの乗っかった入口の両側に部屋が連なっているようだった。入口兼事務所とかなのかな。
入口の両脇には門番っぽい人が立っていた。この時間に近づく人はいない。作業してる人とか関係者とか、もっと出入りがあるのかと思ったんだけど。
「あれ、キヨ」
レツが指さすので顔を上げたら、キヨが見知らぬ男性に続いて二人乗りの馬車から降りたところだった。
って、街の中で馬車? それからコウがひょいと馬車の影から現れた。コウは馬車の後ろの御者台に居たっぽいけど、それってつまりどういうことだ。
キヨと男性は何か話をしながら鉱脈の入口へと歩いていき、コウはその後ろから続いた。
「……今回潜り込むのは大変そうだなとか思ってたところで」
俺は呟いたシマを見上げた。っていうか潜り込むつもりだったのか。
「街の中なのに馬車で来た……」
「キヨリン、昼間からあんなおっさん引っかけるとか、チカちゃんに報告案件じゃない?」
「お金があればいいってもんじゃないよ!」
またここ妄想暴走してるけど、コウが普通に一緒にいる事考えても別に潜入とかじゃないんじゃないのかな。
「ここで待ってるの?」
シマはチラッと俺を見て眉を上げ、小さく指さした。
「あの馬車、待ってるみたいだから、出てきたらまた馬車乗ってくんじゃねぇかな」
この距離でぼんやり眺めてたら、キヨがこっちに来てくれるって事もなさそうだ。そしたら俺たちここで待っててもしょうがないような。
「どうにかして忍び込む必要ができたとしても、とりあえずキヨリンが中の様子は見てくるんじゃん」
ハヤは飽きちゃったみたいに伸びをして、それから通りを戻り始めた。もともと遠目に眺めるしかできなかったんだしね。
俺たちはハヤに続いて通りを戻った。
「そういえばハヤって、キヨと練習してる魔法できるようになったの?」
俺たちはのんびり街を巡って、それから適当な飲み屋でのんびりしていた。
広場に面した店は、広場にテーブルを出しているからテラス席みたいだ。ハヤはタレンのカップに口を付けつつ、ちょっとだけ顔をしかめて俺を見た。
「まだ使えるほどには」
「っつか、それができるようになるとどうなるんだ?」
ハヤは眉を上げて誤魔化すのを諦めたみたいにため息をついた。
「コウちゃんがバトルの時にね、動きが大きくなって結界を外れがちになった時に、二つ結界が敷けたらいいなって思ったんだよね」
ハヤはそう言って頬杖をついた。
……それ、俺とかのフォローの所為、かな。
「うちの戦い方だと、剣士は出て打って下がるじゃん。キヨリンは後方から動かないし、シマも攻撃だけの時は出る事はない。でもコウちゃんは違うからさ」
コウの攻撃は打撃だから、剣士と違って叩いて下がるだけじゃ意味がない。できる限り続けて攻撃しないと効果が薄くなってしまう。
だから敵の動きに合わせて、立ち位置がどんどん変わっていくし、何なら背後を取ることもある。
冒険者はあくまで職業だから、命の危険はあるけど命を賭けているわけじゃない。白魔術師のいる俺たちは基本的に守られながら戦うから、ハヤの結界に戻るのを前提に戦っている。
コウはその点、俺たちより結界から離れていることが多い。それでだったのか。
「でもあれホントむずいんだ。キヨリンあんなに簡単にやってんのに」
そりゃ発明した本人だし、自分のやれる形を前提に作ってるんじゃ。でも最初の練習の時、一瞬できた感じあったのにな。イケボに邪魔されてたけど。
「医療には、あんまり必要なさそうだけどね」
レツはミルクのたくさん入った珈琲を飲んだ。ハヤはちょっと笑う。
「医療に携わるとは言え白魔術師が僕の本業だからね、冒険で使える魔法じゃないと」
でもそれだとこんなにすごい医療従事者のハヤを、俺たち仲間だけで独り占めにしちゃうってことなんだよな。きっとどこかのすごい病院とかで働いたりした方が、ずっと多くの人を救いそうなんだけど。
……でも俺たちの旅に欠かせない白魔術師だから、そんな事絶対言わないけどさ。
「キヨがやれんなら、キヨが結界敷けばいいのに」
やれる人がやるなら問題ないのでは。
「おいおい黒魔術師の攻撃外したら、こっちにしわ寄せくるだろうが」
「それにそこは僕の範疇だから、勝手にキヨリンに回さないで」
ハヤは俺の頭を突いた。あ、そっか。でも助け合いも大事だよ。
「キヨってまだ回復魔法はアレしか使えないんだっけ?」
一番基本的なヤツ。たぶん、この前の地竜の時もそうだったよ。
「その辺謎だよね。二人ともそんなにすごい魔術師なのに、なんで片方に全振りしてんだろ」
「それは向き不向きだからなぁ」
ハヤも頬杖突いたまま苦笑した。
でもハヤが攻撃魔法を使えないのは、無意識のうちに相手を傷つける行為を避けてるからって気がしなくもないよな。そこいくと、キヨが白魔術使えないのはどうなんだって話になっちゃうけど。
「でもキヨリン、人に作用する魔法はダメなんだけど、それ以外の白魔術は結構クリアしてるんだよね。僕は黒魔術全然だから癪だけど」
ハヤはちょっとだけ笑いながら顔をしかめて言った。キヨが人に関わるのがダメっての、何となく納得できてしまう感じが残念だな。
「団長はバリタチに全振りしてるから似たよなもんだろ」
「キヨはリバとか言ってなかった?!」
「チカちゃんいるからそこもうナシでいいでしょ」
「あ、でも団長最近キヨにやられっぱなしじゃん」
「初めて奪われたし」
「イケボに腰砕けたし」
「ちょっとそれ全然だからね! あんなの落ちた内に入らない!」
それからハヤは「今日落とされかけた人が何をー」とか言いながら、レツの頬をむにむに引っ張った。
三人ともげらげら笑いながら、俺の事ほったらかしで会話が止まることがない。
……そりゃ俺はみんなとは友達じゃないんだけど。っつかこの人たちの会話、常に猥談に半分足突っ込んでる風味だからイマイチわからんし。あーもう大人って汚い。
「うるせぇな、野郎がはしゃいでんじゃねぇよ」
シマレツの背後のテーブルについていた男が毒づいた。ほら怒られた。
シマたちはちょっととぼけるような顔をして声を落とす。
「悪いね、お詫びに一杯おごろうか?」
ハヤがちょっとだけ体を斜めにしてレツの背後の男を伺い見た。男は小さく舌打ちする。
「いらねぇよ」
「そう? その割りにわざわざ声掛けるなんて、構ってほしいみたいじゃん」
え、ハヤ何言ってんの。あえてケンカ吹っ掛けなくてもよくないか。
ハヤは立ち上がって男のテーブルに近づいた。レツがこっちを見たままあわあわしてる。全力で振り返りたいのを止めてる感じ。
「この時間から飲んでられるとか、意外といいご身分だね」
男は憎々しげにハヤを睨み付けた。ハヤは気にしない様子でテーブルに腰をかける。
「てめぇ、何が言いたい」
「別に。羽振りがいいからこの時間から飲めるのか、仕事もないからこの時間から飲んでるのか、お兄さんはどっち?」
「何だお前、商売か。買って欲しいならそう言え。買わねぇがな」
……街にいる時のハヤの格好は、魔術師っぽさが皆無だから見た目からは職業不明だけど、それでもそんな商売してそうな人には見えないんだけどな。
まぁ見た目が良すぎるからだろうけど。
ハヤはちょっと考えるみたいに視線を外した。シマは動かずタレンを飲んでいるだけで、まるで息をひそめてるみたいだ。
俺とレツは、狙いがわからないから顔を見合わせて小さくなっていた。
「じゃあ仕事無い方か。また外れ鉱石狩りだったかな。残念、貧乏人には興味無いよ」
「さっきから何だ、お前キレイな顔を傷物にされてぇのか!」
唐突に立ち上がった男にも、ハヤはまったく動揺も見せずテーブルに腰掛けたままだった。
「苛つくのもいいけどさぁ。それって結局、何の所為なんだ? 鉱石狩りってみんなそうやって泣き寝入りしてんの?」
ハヤはテーブルに片手をついて、肩に預けるみたいに首を傾げた。男は一瞬戸惑って、それから視線を外すとまたストンと腰を下ろした。
「知るかよ、俺たちは自然相手にしてんだ。ここまで採れなくなるなんて今まで無かったからな」
「でも減ってるだけなんでしょ? ここ以外にまだ鉱脈は見つかってないんだし、なんか一攫千金みたいな話があったりしない?」
ハヤはちょっと興味津々って顔で男の顔を覗き込んだ。男は少しだけ面倒くさそうにハヤを見る。
「あれか、幻のってヤツか。そんな眉唾もんの話に乗るほど酔狂じゃねぇよ。儲けたヤツがいるって噂だが、儲けた本人を見たことがねぇ」
「いいじゃん、幻。どうせ待ってたって稼ぎが増えるわけじゃないんだから、乗ってみればいいのに」
男は片手を振って否定した。ハヤは小さく首を傾げる。
「っていうか、採れないんだったら他に行くって手はないわけ?」
「ギルドがあんだろ、月の上がりの分け前はもらえるからな。自分とこの採れる量が減ってんだ、それ捨ててまで他へ行くってヤツはそうそういねぇよ」
男は視線を外してため息をついた。ハヤはチラッと視線を上げて唇を曲げた。
「ふーん、それなら稼ぎが減っても、稼ぎが減ったままここにいるしかないんだ。じゃあやっぱり貧乏人だね、構ってあげる人間違ったな」
「てめぇはいちいち癪に障るな、一発痛い目見ねぇと気が済まないのか!」
男は乱暴にカップを叩きつけると、立ち上がってその腕を振り上げた。ちょっ……!
思わず立ち上がりかけたら、俺の傍らを通り過ぎた人が彼の顔の前に片手を差し出した。目の前に手のひらを翳された男は驚いて動きを止める。
「お前、こんなところで何遊んでんだ?」
あれ……キヨ? ハヤは何だか嬉しそうにキヨの胸元に寄りかかった。
「ちょっと暇つぶし?」
キヨは小さくため息をついて手を下ろすと、チラッと男を見た。男は上げた手の行き場が無くてキヨを睨み付けた。
「何だてめぇ横から、」
「キヨくん、何か問題かね」
俺たちの背後から声を掛けたのは、さっき鉱脈の入口でキヨと一緒に馬車を降りてきた男性だった。特徴的な髭を蓄えていて、上品な服装。どこから見ても金持ちっていうか上流っぽさが滲み出てる。
止められた男の方は声を掛けた男性を見て少しぎょっとした。あれ、誰か知ってるのかな。
キヨがハヤを寄りかからせたまま黙って男を見ていると、男は小さく舌打ちしてこそこそと立ち去った。
「……いえ、何でもありません」
キヨは背後の彼を見ずにそう答えて、それからハヤを引き離すと、ちょっとだけ顔をしかめてから何も言わずに離れていった。
俺とレツとシマは揃ってキヨの後ろ姿を見送った。
「……王子様登場?」
「王子様ならあのままさらうでしょ」
いや別に余計な芝居載せる必要ないんじゃないのか、ただ酒場のいざこざを収めたってだけで。ハヤはため息をついてテーブルをげんこつで殴った。
「外じゃなかったら、あそこからドS引き出せたのに……もったいない」
「ホント天然ドSだよなー」
今のがドS? ただ普通に助けに来てくれただけじゃないのか。
「助けに来たんだったら、普通あいつの方に声掛けるだろ」
レツが「おおっとそこまでだ、うちのが世話になったね」と言いながら二人の間に割って入るように腕を広げて立ち上がる。シマがそれそれって感じに笑って指さした。
そうか、ハヤを助けるためにあの男を止めようとするんだから、普通なら声掛ける先はあの男になるのか。それなのにキヨは男を片手で止めただけで、ハヤの方を咎めた。
そういえば助けに来たのに咎めてた。なるほどドS。まぁ、あの人がびっくりして止まってくれたからよかったけど。いや、キヨなら別に殴りかかられても大丈夫なのか?
「モブは目に入ってなかったよね」
「あくまで団長に突っ込みたかったと」
「ちょっと、突っ込むのは僕の方」
三人はきゃあきゃあ言って結局さっきと同じくらいはしゃいでいる。
それよりあんな風にケンカふっかけるとか危なくないのか。ハヤは人には攻撃しないってのに。あれ?
「もしかしてハヤ、キヨに気づいてた?」
ハヤは肯定するみたいにちょっとだけ笑った。
なーんだ、俺の背後に見えてたんだな。そしたらシマが動かなかったのもそれでなのかも。初めからハヤの連れのシマが割って入ったら、簡単にケンカになっちゃうし。
「そしたらそろそろ帰ろっか」
地味にネタも掴めたし、と言いながらハヤは立ち上がった。
「キヨ、ご飯には帰ってくるかなぁ」
「一緒に行っちゃったしな、まだ何か用あるのかも」
「あのおっさん紳士と豪華なディナーとかだったら許せん」
「豪華なディナーだけかな」
泊まっていけばいいって言われて、ツィエクの屋敷みたいなすごい豪華な寝室とか通されてふっかふかのベッドとかで寝るとかになったら、ものすごく羨ましいんだけど。
ふと顔を上げると、三人が驚愕の表情で俺を見ていた。
あれ、俺なんか変なこと言った?
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