第25話『星の贈り物のことはわからないよ』

 ダーハルシュカの大通りは、今までの街の商店が並んでいる通りとはちょっと雰囲気が違う。

 今まで訪れた街では、通りに沿って三階や四階ある建物が隣同士くっついていた。壁がくっついてるからブロックごとに路地があるって感じ。

 でもダーハルシュカは戸建てが並んでいるから、隙間があって路地が多い。だから雰囲気としては宿場町や村に近い感じがする。

 ただ立ち並ぶ建物は大きくて美しいから小さな村っぽさはまったくないんだけど。


 俺たちはのんびりダーハルシュカの大通りというか、店が通りを向いて立ち並ぶ通りを歩いていた。

 その店が何を扱っているのかは、看板が出ているからそれでわかる。


「来た時も思ったけど、あんまり魔法道具の店ばっかりじゃないんだね」


 魔法道具っぽさのある看板が並んでるんだと思ってたけど、そうでもなかった。林立したら客の取り合いになっちゃうからかな。

「いくら職人が多くても、職人一人一人が店を持てるわけじゃないってことかな」

 シマは適当に店を覗いた。

 看板にはランプの絵と、他の店の看板でも見かけたマークが描いてある。盾みたいな形に六つの棘のある星。あれって何のマークだろ。

 シマが扉を開けたので俺たちも続いて一緒に店に入る。カランとやけに乾いたドアベルの音がした。


「うわあ!」

 レツは顔を上げて嬉しそうな声を上げた。

 その店は、壁だけでなく天井からも、モザイク模様のランタンが下がっていた。色ガラスを貼り付けたようなランタンが店中に色とりどりの光を投げかけている。

 ハヤも嬉しそうに顔を上げている。


「すごい、キレイ……」

「もしかしてここ、ランタン専門店?」

「いらっしゃい」


 人の良さそうな恰幅のいいおじさんが、カウンターの向こうから声をかけた。

「すごいね、ランタンばっかり。魔法道具屋さんだと思ったんだけど」

「もしかして旅の人かい? ダーハルシュカの魔法道具屋は、それぞれ性質に特化した鉱石を専門に扱うんだよ」


 俺たちは半ば驚いた顔のままランタンの下がる店の中へと進んだ。そしたらこの店は、灯りの魔法道具しか扱ってないってことなのかな。


「もちろん、うちの商品は灯りの魔法道具さ。ちゃんと用途に応じていろんな種類のを揃えているよ。ランプカバーはそれを使うためのものだけど、キレイだろう?」

 おじさんは手近のランタンをくるっと回した。色ガラスが投げかける光がキラキラと回る。

 レツとハヤがうっとりと眺めた。


「買う、絶っっ対買う」

 レツは鼻息も荒くそう言った。確かにめちゃくちゃキレイだし欲しくなっちゃう気持ちはわかるけど、これ、旅生活の俺たちに使い道あるのかな。

「その年でそういうQOLを低く設定するような事言わない!」

 ハヤは俺を揺さぶった。うわうわ、QOLって何だ。


 それからレツとハヤは、どの色合いがいいかをあれこれ見ながら話し合いはじめた。ホントに買う気なのかな。

 シマははしゃいでいろいろ比べている二人を見守りながらカウンターに寄りかかる。


「そういえばここに来る前に会った鉱石狩りからは、採れる鉱石の量が減ってるって聞いたけど、そういう影響って出てないもん?」

 シマはあくまで二人が買い物をするのを待つ間の雑談みたいにそう聞いた。店主は少しだけ顔をしかめる。


「残念ながら最近になって影響が出始めたかな。減ってるって聞いたのは結構前なんで、それでもここまで保ったとも言えるんだが」

「でも鉱石って見つけた段階では、何に使うか決まらないんだよね?」


 俺もシマの隣にカウンターに寄りかかって聞く。

 カウンターに置かれたガラス壜に、小さな鉱石がいっぱい入っていた。これ、洞窟の時にキヨが貸してくれたのと一緒かな。

「ああ、見つかった時にはね。魔法道具士が適切な魔法を施して、それでいろんな事に使われるんだ」

「俺、魔法道具士って細工してる人だと思ってた」


 エルフの街で見た魔法道具は、それはそれは繊細な彫刻が施された金属で留めてあったりしたから、むしろそれを作るのがメインなのかと。鉱石はどれもツルッとしてるだけだしさ。

 俺の言葉に店主は少しだけ楽しそうに笑う。


「そういう細工師は別に居るんだよ。魔法道具士は鉱石が特定の魔法を起動できるようにするんだ」

 あ、それハヤも言ってたな。俺はカウンターの壜を指さす。

「コレにもそういう魔法がかかってるってこと?」

「ああ、うちは灯りの専門店だから、うちにある鉱石はみんな同じような魔法が施されているよ。まぁ、使い道によっていろんな灯りがあるけども」

「採掘量が減っても、これだけあるなら問題なさそうにも見えるけどなー」

 シマは天井から下がるランタンに手を伸ばした。


「いや、弱い鉱石は壊れやすいんだ。ピンキリあるのはその所為さ。あんたたちが旅の冒険者なら、使用する魔法道具なんて防御用とかだろうから質の低いものは使わないだろうけど、日常使いの魔法道具になるとね」

 店主は俺が見ていた壜をポンと叩いた。


 そういうもんなのか。俺のうちじゃ魔法道具なんて使ってなかったからわかんないけど。

 魔法道具の灯りの代わりに油か暖炉だったし、魔法道具を使った冷たい保存庫の代わりに川の水を引いて浸けて冷やしてた。

 街に出たらいろんなところに魔法道具があるから、お金持ちばっかりなのかと思ったくらい。


「確かに俺たちが使うのは防御か結界維持の道具だな。鉱石に差があるのは、そういうところなのか」

 店主はちょっとだけ苦笑して「もちろん魔力の差もあるけどね、そこまで気にして使ってないか」と言った。ん? どういう事だろ。


「日常使いの魔道具は一般的な鉱石だ。魔力自体は枯れないが弱いから難しい魔法は載らないし、まぁまぁ壊れる。ただいい物になると一定の効果を高める魔法に使えるんだ。防御なんかに身につけるヤツ。対モンスターでしか効果は無いが、防御が必要なのはそこだけだからな」

「え、防御のアクセサリーってモンスターにしか効かないの?」

 俺が驚いてシマを見ると、シマはちょっとだけ口を曲げた。

「モンスターが魔法の存在だから、それに対して効果があるもんらしい。物理攻撃だとしてもな」

 そうなんだ……魔法自体は何が相手でも効果あるから、鉱石の防御も効くのかと思ってたのに。


「それから魔術師が使うのはもっと複雑な魔術を載せるもんだからゴールド上がりだよ。そこら辺の鉱石には魔力的に耐えられない。あんたのそれだってかなりいいモノだよ」


 シマはマントを留めているブローチに視線を落とした。獣使いのシマがモンスターに触れるのを気にしないで使えるようなシンプルなデザインだけど、ハヤが選んだヤツだから間違いない。

 シマは「仲間が選んだんだ」と言って、未だランタンの色を決めかねているハヤを頭で示した。


「うちはそれでも灯りっていう日常使いがメインの店だから、量を稼ぎたいところはあるものの、質はそこそこでカバーできるからまだいい方だよ」

「でも何で減っちゃってるんだ?」

 店主は肩をすくめながら首を振った。

「さぁなぁ……私らは魔法道具になったものを売るだけだからね、星の贈り物のことはわからないよ」

 星の贈り物? ダーハルシュカの人は鉱石の事をそんな風に言うのか。確かに魔力を秘めた鉱石が見つかるのは、星からの贈り物っぽい気がしなくもないけど、ちょっとロマンチックな言い方だな。


 シマが「魔法道具士が店をやってるんだと思ってたよ」と言うと、店主は笑って手を振った。職人さんは作って卸すだけってことか。


「そういえば、この街って鉱脈で鉱石が有名になったって聞いたんだけど、鉱脈ってどこにあるんだ? 見学とかできるもん?」

「見学はできないな、洞窟内じゃ採掘がされてるから危険もあるし、大事な鉱石の作業場に知らない人間が入って盗まれたとかあっても困るからね」


 店主は何だか面白そうに笑った。

 そっか、鉱脈での採掘は健在なのか。そりゃ鉱脈で有名になってるんだから、そう簡単には枯れたりしないよな。

 レツとハヤが満足そうに一つずつランタンを持ってカウンターに戻ってきた。二人別々に買うのか?


「レツのはレツの、僕のは僕の」

 そりゃそうだろうけど、一緒に旅するんだから使うタイミングだって同じなんじゃ。俺がそう言うとハヤは、「荷物は自分で運ぶからいいんです」と言った。

 そういう問題じゃないだろう。たぶんこれ、欲しいデザインが一つに絞れなかったんだろうな。


 店主はランタンを簡単な箱に入れ、紐で括って二人に渡した。お金を払って店を出ようとしたところで、店主が声をかけた。


「中の見学はできないけど、遠目からなら見ることができるよ。湖の畔の街の中心部に、木造じゃないドームの載った建物があっただろう」


 俺たちは顔を見合わせた。そういえば、そんな建物があったな。

 ほとんど湖岸に接していたから、教会でも市庁舎でもなさそうだって話したんだった。


「アレが鉱脈の入口さ。ここの鉱脈は湖の底にあるんだ」

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