第24話『……もっとドSっぽく言って』

 湖畔の宿は高かった。


 そりゃそうだ、誰だってこの街に来たら、宿の窓から湖が見える所に泊まりたがるはず。

 キヨは正直、利便性を考えたら街道に近い街外れの地区がいいみたいだった。その辺のが全然安かったし。でもハヤとレツが譲らなかった。


「今回はまだ陰謀とかないんだから、今の内に景観も楽しめる宿に泊まるべきだと思うんです!」


 まだ、ね。

 それたぶん、クダホルドで散々テラスでご飯が食べれなかったのがトラウマになってるよな。


 ラトゥスプラジャからの旅で約一週間あんまり稼げなかった期間があったものの、フィカヨを護送した礼金ももらえて財布に余裕があったので、結局キヨが折れていた。

 旅の間稼いでフィカヨの新生活資金として渡すつもりだったお金も、新生活資金は国が用意してあった分で始めると決まっていたらしく、渡せなくなってしまったからその辺もプラスになったし。


 結局、街の中心部からは離れていて湖畔まで山が迫る辺りの、斜面に建つ宿にした。景観は最高だけど街外れすぎて少し安かったのだ。


「ダーハルシュカに送るってのは、結局俺たちの見極めを見たかったってことなのかなー」


 シマはテンション低いまま、ぼんやりと窓辺に寄りかかっていた。

 窓が湖に向いている部屋に俺たちは集まっていた。湖向きの三人部屋は高かったから一室だけにして、残りの三人は山向きの部屋だ。とりあえず二泊取ったけど、公平に交替で湖向きの部屋を使おうってことになっていた。


 フィカヨはあの食事の後、俺たちに別れの挨拶だけさせてあっという間に移動魔法士がどこかに送って行ってしまった。それで移動魔法士が二人居たんだな。

 フィカヨはこれからダーハルシュカで暮らすんだと思っていたから、結構びっくりした。


「友達として彼に接することができて、それできちんと見てくれるだろうっていう信用があったってことじゃん?」

 ハヤも簡単にそう言って荷物を解いてたけど、やっぱりちょっとテンション低い。

「まだフィカヨを酔い潰す会もできてなかったのに」

 レツはベッドに突っ伏してごろごろしている。


 みんなもうちょっと、少なくともダーハルシュカに居る間はフィカヨと一緒にいられると思っていたから、唐突に別れることになって気分が下がってる。

 宿を決めるのに騒いでたのは、気分を上げようとしてたからなのかな。


「なんだよ、まだ荷物も解いてないのか」


 ノックと共にキヨが部屋に入って来てそう言った。

 みんなテンション低いままぼんやりとキヨを見た。なんかいろんなモチベーションが下がってます……キヨの後ろからコウも入って来て、小さく「ありゃ」と言った。

 キヨは小さくため息をつく。


「……お告げ来てんだから、調べに行かないと」

 それはそうなんだけど。ハヤは唇を尖らせてキヨを見る。

「キヨリン、切り替え早すぎ」

「切り替えって話じゃないだろうが、仕事だろ」

 そりゃフィカヨの護送も仕事だったし、お告げのクリアも勇者一行にとっては仕事なんだけど。


「でも聞き込みにしたって結局何を調べるんだ? プロイトゥマンでも大した情報無かったみたいだし、鉱石狩りの彼女たちだって何も知らない感じだったじゃん」


 5レクスの際で出会った鉱石狩り一行とは、一晩一緒にキャンプしただけで翌日は別々の方向に出発していた。

 俺たちはダーハルシュカが目的地だったし、彼女たちは街道へ最短距離を取ったからだ。


「あんな危険から助けてもらったんだもの、苺の季節が終わらないうちにプロイトゥマンに行かないとね」


 彼女はそう言って笑った。

 うっかりあんなところまで来ちゃってたけど、どうやら狭い範囲で感知魔法を繰り返す鉱石狩りの採掘方法が、モンスターから逃げるのにも有効だったらしい。常に周囲を警戒してるようなもんだもんな。

 キヨも結局あの夜話した以上の事を聞いたりしてなかったから、彼女たちからそれ以上の情報を得られるとは思ってなかったっぽいし。


「だいたい黒い鉱石なんてみんな知らないって言うのに」

「だから調べるんだろうが。ほら、魔法道具屋巡りしたいヤツは誰だ?」

 キヨは近くのベッドに転がっているレツを、起こすように揺すった。レツは拗ねた顔のままチラッと見る。


「……もっとドSっぽく言って」


 キヨはやっぱり眉間に皺を寄せて「ドSなんてしたことねぇだろ」と言った。

 うん、アレは天然だから、キヨ的には無自覚なんだよね。シマが勢いをつけて窓辺から離れる。


「やれるとしたら魔法道具屋くらいかー? 鉱石狩りじゃこの前のやつらと似たり寄ったりかな」

「探すエリアの違いもあるから一概に言えないけどね。鉱石狩りだとこの時間はまだ早いかな、聞くなら飲み屋だろうし」

 ヴィトたちと昼を食べたばっかりだから、まだ午後いっぱい時間がある。ここでぼんやりしてたってお告げのクリアなんてできないもんな。

「魔法道具屋なら、俺も行ってみたい」


 鉱石で有名なところだったら、妖精の街ともまた違った感じなのかもしれないし。俺がそう言うと、レツは盛大に拗ねた顔をしたまましぶしぶって感じに体を起こしてベッドに座った。

 レツだって絶対行きたいハズなのに、相当テンション下がっちゃってんな……


「見習い以下かよ、もう少し自覚持ったらどうだ?」

 うんざりそう言ったキヨに、レツはふてくされて「……行かないとは言ってないし」と呟いた。

 キヨは唇を尖らせて座るレツを見下ろしていたけど、不意に手を伸ばしてレツの顎をとらえ自分の方へ向けた。


「だったらそう言えよ」


 レツは驚いて目を見開き、言葉にならないみたいにあわあわして小さく「ごめん」と言った。キヨは少しだけ首を傾げる。

「謝れなんて言ってないだろ」

 レツは慌てて口を閉じると震えるように何度も頷いた。キヨは小さく息をつく。

「ならやる事やれ」

 そう言うと興味を失ったように手を放した。うげぇ、厳しい……


 キヨはコウを促すように頭を振って部屋を出て行った。たぶん最初から一緒に出ることになってたんだろう、コウはチラッとレツを見やってからキヨについて部屋を出て行く。


 扉が閉まるのと同時に、レツがぱたんとベッドに寝転がった。あー、さらに落ち込んじゃった?


「……それがドSだとなぜわからない」

 シマの呟きに、レツがばんばんとベッドを叩いた。これは……喜んでる方か。

「不用意な顎クイはっ! 反則っ!!」

「レツ、あの返しは無いわー……もう一声引き出すリアクションしないと」


 ハヤがそう言うと、レツは赤い顔を両手で覆って「だから反則だったんだも! そんなん無理!」と言いながらベッドを転がって暴れた。

 何で怒られて喜んでるんだ。


「別にキヨは怒ってねぇよ、アレ素で言っただけだし」

 まぁ、キツい事いつも言うけど別に引きずらないし、それでこっち三人が混ぜっ返してもスルーだもんな。口悪いだけで怒ってるわけじゃないのか。

「しかもレツの希望に沿ってたんだけど、キヨリンそれもわかってないよね」

 どっちも最終的には『魔法道具屋巡りに行け』ってことなのか。すごい、ちゃんと意図を汲んでる。天然で。


「……そしたらキヨがドS発動もしてくれたから、俺もちゃんと魔法道具屋巡りしよっかな」

 レツはぴょこんとベッドから立ち上がった。シマとハヤも続いて立ち上がる。


「ドSとイケボはキヨリンに限る」

「天然モノには勝てねぇ」

「壁ドンはシマだよね」

「え、僕も結構イケてると思うんだけど?!」

「そこは筋力だから、逃げられない感が出ないと」

「じゃコウちゃんでもよくね?」

「身長的になー……」

「あー、キヨだと壁トンになるやつ」

「貧 弱 す ぎ」

「ダ サ 過 ぎ」


 三人は腹を抱えて爆笑している。持ち上げたり落としたり忙しいな。

 俺たちは揃って宿を出た。

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