第23話『君みたいな子がこの国にいてくれて誇らしいよ』

 途端に全員が盛大に噴いた。ちょ、それ全然違くない?!


 爆笑するみんなの中で、フィカヨはものすごく小さくなっている。

 離れて立つ家臣の人が驚愕の表情で「地竜……?」と声に出さずに呟いて見合っていた。


「そこんとこもっと詳しく聞きたいところだけど……よく生きてたね」

「うちにはレツが居るからな。それにハヤも」


 キヨは小さく肩をすくめてそう言った。

 ヴィトは驚いた顔でレツを見たけど、レツは小さく手を振って「俺は何もしてないよー」と笑っていた。ヴィトはそれから前に向き直ると、小さく息をついた。


「そこにハヤも出すってことは、相当だったって事なのかな」

 ヴィトはそう言ってフィカヨに体ごと向いた。

「申し訳なかったね、君たちはこの国に庇護を求めて来たっていうのに、そんな危険にさらしてしまった」

「そこを謝るのは俺たちでしょ」


 シマはフォークを置いた。

 俺たちが彼を護送するのに安全なルートを取らなかったから、地竜に遭遇してしまったんだ。フィカヨは恐縮して両手を振った。

「いえ、だって地竜に遭遇するなんて、誰も予測できない事じゃないですか! それに死にかけたのは俺だけじゃないんです、だから王子に謝罪されることじゃないです!」


 フィカヨは勢いでまくし立ててから、それからまた机に向いて少し視線を落とした。

「それに……もしかしたらって彼らを、この国を疑いました。そうやって処刑するつもりだったのかなって。でもそうじゃなかったから、俺の方こそ謝らないといけない」

 ヴィトはチラッとキヨを見た。キヨは他人事みたいにタレンを飲んでいた。

「見習いが体張って守ったらしくて」

 ハヤが黙って俺の頭に軽く手を置いた。そっと優しく。

 あれ、でもキヨたちが現れたのって俺がもう動けなくなった後なのに、何で知ってるんだ?

「背中と腕の傷がね」


 ……そっか、フィカヨに覆い被さった時の傷だったから、そういうのでわかったのかな。左腕から背中にかけて引き裂かれた傷跡は、まだ残っている。残してある。

 ヴィトは俺を見て、それからすごく嬉しそうに笑った。


「君みたいな子がこの国にいてくれて誇らしいよ」


 俺はびっくりして、何も言えなかった。顔が一気に熱くなったから、俯いて、聞こえなかったみたいに慌ててフォークを動かした。


「なるほど。そしたら意図せず地竜に遭遇して命を脅かされる経験をし、それを助けた勇者一行のお陰で、ツェルダカルテへの不審に向き合う事もできたってわけか。なんか上手い話過ぎて怖いね」

「それを疑うのも自由でしょ」


 コウは卵を口に運ぶ。ヴィトはにっこりと笑った。

「そうだね、これからもフィカヨはずっと、自国に戻りたくなったり美しく思い出したりこの国に不満を抱いたりするんだろう。それでもいつか、君の過ごしたツェルダカルテのどこかを『うち』と呼べるようになってほしいな」

 フィカヨはそう言ったヴィトを見て、それから少し俯いて小さく頷いた。


「で、彼に適した職業は?」

 ヴィトは俺たちを見回した。

「疑って言うなら本当は冒険者の方がいい。定期的にギルドで登録更新するから管理しやすいし、狙って5レクス越えるような事があれば印が壊れてバレるんで。ただ一緒にやってきてみて言うなら、冒険者はやめといた方がいいかもしれないな」


 シマはベーコンと野菜を一緒に口に運ぶ。

 なんで? あんなに強いのに? それに俺たちと一緒のバトルにも慣れてたから、もうパーティーで戦うのだって問題ないのに。

「レベル高すぎるんだ、印がないまま。できる事とレベルがちぐはぐ過ぎて疑いを呼ぶ。出戻りにしては若すぎるし。冒険者の印に疑いが向くのは、国としてもよろしくないだろ」

 シマは口の中のものを飲み込んでから言った。


 レベルは飛び級で稼げない。どんなに素質があっても最初は0から始めないとならないから、フィカヨが印を得てすぐに仕事に出ようとしたらレベル0であの強さってことになる。

 そしたらフィカヨが冒険者で仕事をしようとしたら、印を得てテキトーに街道付近のモンスターを相手してレベルを稼いでからじゃないと不自然ってことなのか。


「そしたら、冒険者の印を受けないで冒険者になるとかできないのかな」


 冒険者の印が必要なのは、ギルドの仕事だとレベルで求人があったり稼ぎの分け前が決まるからだ。

 でも勇者一行の旅では、モンスターを倒して稼いだお金をみんなで分けてるからギルドの制限は関係ない。勇者一行みたいな冒険者になるんだったら、ギルド登録に必要な印は要らないんじゃないか?


「フィカヨが俺たちみたいに、レベルも働きも関係なく等分できる友達と一緒に冒険者として暮らすなら別だけどな。そんな友達を見つけるまでは、見ず知らずの冒険者と稼ぎを分ける生活をしないとならないのに、そのレートを決めるレベル表示が無いのはフィカヨにとってマイナスしかないだろ」


 シマはちょっとだけ苦笑して俺に答えた。

 せっかく強いのに、たくさん稼ぎを分けてもらえるはずのレベル表示が無かったら、いくらでも足もと見られちゃうのか。

 安い賃金でたくさん働かされたら、いくらでも嫌になっちゃうって召使いの話でもあったっけ。レベル表示があれば、少なくともそれより安く働かされる事はない。

 そしたらレベル表示って冒険者自身を守るものでもあるんだ。


「街道付近のモンスターなら一人で問題ないくらい強い。手練れ過ぎて一介の商人にするには勿体ないけど、彼らはそのためにこの国を選んだわけじゃないし、平凡な幸せを手に入れるためなら冒険者以外の仕事の方がいいんじゃないかな」


 ヴィトは話を聞きながらそっとフィカヨを見た。フィカヨは何だか緊張していて食事が進まないみたいだった。そりゃみんながフィカヨの事を話しているんだからそうだよな。


「他の三人もね、」

 ヴィトはフィカヨを見ながら言った。

「一人は孤児院の手伝い、一人は花屋、一人は食堂の仕事を斡旋したんだ」

 それ、誰がどこの仕事なんだろう。アイェサは白魔術師だったのに、全然その必要のない仕事をしてるってことなのか。フィカヨはぼんやりと顔を上げた。


「きっとフィカヨは……フィカヨ以外の三人も、冒険者の仕事についた方が仕事に慣れるのが早いだろうし、自身の経験を活かす事ができるから満足感もある気がする。でも彼らの訓練で得た能力は、これからの人生には諸刃の剣だと思うんだ」

 ヴィトはナイフを置いてタレンを取った。

「そのスキルと共に生きるって事は、常にその記憶と生きるって事だな」

 コウがそう言うと、ヴィトは口元だけで笑った。


 彼らが訓練で得たスキルを常に使っていたら、ウトラタジャの記憶はずっと彼らを手放さないことになる。

 いいことだけなら問題ないけど、彼らはそれを捨ててツェルダカルテに来たのだ。


「きっと彼らは、どこかタイミングで僕を恨んだりすると思う。血を吐くような努力と時間が水の泡となっているから。でも僕はそれが彼らが、これから掴む幸せのために望んで手に入れた力だとは思ってないし、そんな風にしなくても幸せになれる可能性を知ってほしいんだよね」


 それでわざわざ彼らの能力とは無関係の仕事を斡旋したんだ。今頃三人は、別々の街で忙しく働いてるんだろうか。


「でももし彼らが花屋や孤児院の仕事の中で、彼らの経験が活かされる事があったとしたら、その時スキルがあってよかったって思うかもしれないよ」

 レツはそう言ってヴィトを見た。


「このまま冒険者になるのは楽ちんだけど、それだと洗脳訓練が無かったら生活できない人になっちゃう。かといって彼らの能力を無かったことにはできない。でも時々『あってよかったー』ってなるんだったら、辛い記憶も少しはいい事にできるんじゃないかな」


 ヴィトはレツを見て、それから満足そうに同じ顔でふにゃーって笑った。


 この国で、きちんとした食事や身近な人たちとの交流だけじゃなくて、そうやって彼らの持つ能力や過去も幸せの方向に導いていけたらいいな。

 俺は薄焼きの生地で野菜をくるんで一口で食べた。生地がちょっとだけ甘く感じるから、塩味の利いた具材としょっぱい甘いですごく美味しい。

 美味しい食事、幸せな時間。


 ハヤが隣のキヨを肘で突いて食べるように促した。キヨはちょっと気にしてからタレンのグラスを置き、初めてナイフとフォークを手に取った。

「ハヤ、何か疲れてる?」

 相手がヴィトで家臣も控えてるから静かにしてるんだとしても、ハヤの口数が少ない気がするんだけど。ハヤはちょっとだけ眉を上げて笑った。


「連日連夜、キヨリンが休ませてくれないからね」


 レツとシマがテーブルから視線を外して噴き出すのを堪えていた……それって魔法の練習にってことだよね、いちいちそういう風に言わないと気が済まないのか。

 俺は気づかないフリで慌てて卵をガシガシ切った。


「お前がヤりたがるからだろ」


 キヨが普通にベーコンを口に運びながら返したので、シマとレツは耐えきれずに噴いた。だからそういう変換しないで会話できないのかっていう!

 ハヤはちょっと顔をしかめてキヨを見た。


「毎晩めちゃくちゃにされる身にもなってもらえる?」

「人並みじゃダメなのは、お前だからな」

「僕が特殊みたいな言い方されてもー。キヨリンのテクが高度過ぎんの」

「その方がイイんじゃなかった?」

「だからそれ魔法の練習の話だよね?!」


 俺が突っ込むと、二人揃って俺を見て「そうだけど?」と言った。

 俺が突っ込んだことでシマとレツはさらに爆笑した。コウとフィカヨまで笑ってる。くっそー、静かにしてたと思ったのに口を開いたらこれかよ。向こうで家臣まで笑ってるじゃんか。

 ヴィトはみんなを見ながら、やっぱり何だか楽しそうにしていた。


「それでキヨの見立てはどうなの」

 キヨは顔を上げて、それから少しだけフィカヨを見た。

「腕力はあるし規則正しい生活もできる。適性としては肉屋だろうけど、たぶんパン屋のがいいかな」

 パン屋? そういえばコウに言われてパン焼く手伝いはしてたっけ。肉屋適性はこの前の鹿の解体とかか。フィカヨはきょとんとした顔でキヨを見た。

「パン、好きだろ? パンっていうか、パンが焼けるのが」


 匂いかなと言って、キヨはちょっとだけ首を傾げた。

 フィカヨはちょっと驚いたような顔でキヨを見て、それから初めて気づいたみたいに頷いた。パンが焼ける匂いは誰だって好きだと思うけど、キヨはフィカヨがそう思って手伝ってるのをちゃんと見てたんだな。


「あと金髪碧眼が好み」

「ええええええええええ!」


 みんな驚いてキヨを見、それからフィカヨを見た。

 いやフィカヨって、何だかんだで好みのタイプの告白してないよね? 酔い潰す会もできてないし。

 でもフィカヨは真っ赤になって首を振っていた。もしかして、当たってる?


「キヨリンいつ聞いたの」

「聞いてねぇけど……明らかだろ?」


 いやいや全然明らかじゃなかったと思うけど。

 フィカヨを見てみたら、何か否定も肯定もできないみたいな難しい顔で、話を振られないために食事に集中していた。


「恋人候補まで用意することはできないけど、勤め先を探す時には金髪碧眼の同僚がいるかくらいはチェックしておくよ」


 ヴィトがそう言ったからフィカヨが慌てて「そこまでしなくていいです!」と声を上げた。

 その声が、びっくりするほどひっくり返っていたからみんな爆笑した。

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