第3話




 芳一は女の言う通り裸になったが、女は黙ったままであった。女の無反応に不安になった芳一は全裸になってなお、まだ何か脱ぐものがなかったかと全身をくまなく点検した。


 だがどうやら話はそう簡単ではないらしい。女の視線は芳一を捉えてはなかった。


 芳一が服を脱ぐ為に体を動かし、その間黙っていたものだから、彼の居場所が女には分からなくなってしまったのだ。


 当の女も芳一が脱ぎさえすれば、空中にぼろんと股間が現れると思い込んでいたので、何も起きない今の状況が飲み込めず、また次にどうすればいいのか分からずに、ただぼけーっとその場で呆けていた。


 その女の様子から芳一にも勘付くものがあり、これは妖魔の悪巧みであると看破した。


 きっとこの部屋には女だけではない、自分の周りには多くの妖がいるはずだ。彼らの狙いは自分にお経の書いていない部位を曝け出させて食べること……逆に言えば今はまだ安全である事は間違いなかった。


 大方袴さえ脱がせて仕舞えば股間にお経なぞは書いてないだろうと妖達は腹を括っていたのだろう……芳一は妖達の阿呆さに笑いが止まらなかった。


 妖達は知らなかったのであろうが、この寺では男色が横行している。芳一と和尚もそういう仲であったので、股間にお経を書いてもらう事など些細な事に過ぎなかったのだ。


 それから幾分か時間が過ぎたが、一向に妖達は手を出してこない。お経がある限り、こちらに手出しする事は出来ないのだ。


 もしかしたら今この状況は自分にとって非常に有利な展開なのかもしれないと、芳一はふとそう思った。


 この部屋にはびっしりとお経が書かれており襖は閉ざされていて逃げられないし、妖達は自分に手が出せない上に、すぐ手の届く所に人ならざる女がいる。


 彼女をどうする事もできるし、何をしようと誰にも文句を言われないのだ。


 ならば先程の追いかけっこの続きに戻ろうと、芳一がよろよろと距離を詰めると、その気配の異様さに女は状況を察したのだ。


 「お願いですから無理やりするのだけはやめて下さい。自分で脱ぎます。自分で足を広げます。あまり触られるとお経で体が溶けてなくなってしまうのです」女の妖は震える声で懇願した。


 いまやあの異様な美しさの欠片も感じられなかったが、それでも芳一にとっては十分に綺麗な女であり愛でるに値した。


 「いいだろう。ならば自分から脱いでもらおうか」もはや芳一の声には琵琶を弾いていた時の繊細さは欠片もなく、一匹の飢えた狼のようであった。


 そろそろと女は服を一枚ずつ脱ぎ落とし、一糸纏わぬ姿になった。それを見て周りの妖達は色めき立ったが、目の見えぬ芳一には何も分からなかった。


 「さあ、こちらへ来い」芳一は命令した。


 「待って……まずあなたのアレを舐めさせて……いきなり入れるととても痛いの」女は消え入るような声で懇願した。


 それは芳一にとって初めての体験であり、満更ではなかったので承諾したが、女にとっては最後の賭けだった。


 芳一は自らの股間を弄って、皮を剥いて先っちょを曝け出した。


 だが女には何も見えなかった。芳一は股間の先っちょにもお経を書いていたのだった。女は絶望して膝をつき深く項垂れた。


 それを口でしてもらう行為のための準備の動作であると芳一は解釈し、女の口に股間を押し付けようとした。


 今にも女の口に芳一の股間が入れられる。その時だった。ちらりと肌色が見えたのだ。


 それは芳一の股間を隠していた皮の裏側であり、皮をめくった事で現れたのだ。


 女はその一瞬を見逃さなかった。素早く芳一の股間の皮に食らいつき、そのまま芳一の体を振り回して襖を壊して出ていったのだ。


 後に残された芳一の股間の皮は食い千切られており、大量出血で気を失っていた。


 こうして彼は皮無し芳一という名で呼ばれるようになり、事件を経て一皮剥けたと寺では評判ではあったが、些か粗暴になってしまった所があり、女にはますますモテなくなったばかりか、琵琶の腕も衰えたようだった。


 すっかりやさぐれた芳一であったが、あの晩の女の事が忘れられず、色町に女を買いに出掛けに行く事が何度かあったものの、何故だかその度に金を盗まれた。


 「金にお経は書けないもんな」と芳一は諦め顔で寺に戻るのであった。そんな夜に彼はよく鼻歌混じりで琵琶を弾いていたので、寺の周りには魑魅魍魎の妖達が集まっていた。

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皮なし芳一 空木閨 @utsugineya

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