#11 もう許してくださいよ



 トイレから戻る途中、川上たちに絡まれた。

 廊下でふざけあう彼らの横を通り抜ける勇気がなくて、わざわざ階段を上がって反対側に回り込んだのに、彼らは目ざとく僕の姿を見つけて声をかけてきたのだ。


 川上は「よお眼鏡」なんて言いながら僕に近づくと、周囲をさっと確認し、あいさつ代わりに一発ケツに蹴りを入れてきた。

 ああやって、周りに誰も見ていないことを確認してから僕にちょっかいをだす。相変わらず狡猾なやつだ。


 いちち、と尻をさすりながら彼らに愛想笑いをこぼすと、川上はにやりと笑った。


「なんかこのままだとやっぱ面白くねーわ」


 面白いってなんだ。この状況で僕に何ができるのだ。

 こっちは出会い頭に蹴飛ばされて、無料でスマイルまで振る舞ってるのに、これ以上なにをどうしろと。


「お前、高麗にフラれたのに、全然そんな感じじゃないよな」


 そんなってどんな感じ?


「いつも通りじゃねーか。もっと面白い反応とかあるだろ」

「……いやぁ、これ以上面白いことはできないんじゃない……?」

「ああ? あはは」


 あの強制告白イベント、これ以上引っ張りたくない。

 そんな気持ちが顔に一瞬でも出てしまったようだ。

「それを決めるのはお前じゃねーよ」などと笑いながら胸倉を掴んでくる。

 お互い笑いあってる構図なので、他人からはただのじゃれあいにも見えるのがまたキツイ状況だ。


「いや、こいつ高麗に認知すらされてなかったし、このネタこするのは無理じゃね?」


 取り巻きの一人、池田がめずらしくまともに助言してくれる。


「……まあな。でも俺が求めてたのとは違うんだよな」


 何を求めてたの……?


「眼鏡に何もとめてたのw」


 浜崎が揶揄うように言った。その反応に下田は少しイラっとしたみたいだ。

 空気が変わった。

 しかしこいつは、仲間にはキレない。

 イラっとしたことへの矛先は僕に来る。


 無意味にまた、一発蹴られた。

 今度は太ももに当たって、さっきよりも痛かった。


「眼鏡、今からもう一回こくって来いよ」


 マジで言ってんのか?


「でももうすぐ次の授業が始まるし、呼び出す時間は無さそうだけど……」

「別に呼び出さなくても、その場で言ってくればいいだろ」

「か、勘弁してよ……そんなの高麗さんにも迷惑だと思うんだけど」


 いくらプライド捨ててると言っても、二度も同じ人に告白するほど愚かではない。

 僕にピエロになれとでも言うのか?

 こんな奴の言いなりになって?


「やらねぇの?」

「あはは……」


 とりあえず、ここは頷かないとダメそうだ。


 今日も親友へのネタ提供に事欠かない、とポジティブに考えることはできる。

 そうだろう。


「ほら、さっさといけ」


 不良たちと一緒に教室に入る。

 自分の席に戻る途中、今もまだ談笑している二人の女子生徒に近づいた。


「あ、あのぅ……」


 二人の視線が、僕に注がれる。

 それだけで頭が真っ白になる。


 ああ、きっと、彼女がただのあこがれの人だったら、捨て鉢にもう一度無謀な告白をすることはできただろう。


 でも、彼女は、僕の友人でもあるのだ。

 例え向こうが気づいていなくても、その事実は変わらない。


「――」


 教室中で雑音が入り乱れている。

 彼女たちが不審な顔で何か言っているが、心臓の音と重なって、自分の声が上手く聞こえない。

 どう答えてるのか、何をしゃべっているのかもよくわからない。


「す……すいません、やっぱ何でもないです」


 最後はごまかして、それまで口にしたことを無かったことにするしかなかった。

 二人の反応が怖くて、僕は自分の席に座るとそのまま突っ伏した。

 もうそうやって現実逃避して、川上の命令に従えなかったことも、高麗さんに不審がられたことも、頭の隅に追いやるしかなかった。


 情けなくて、なんだか、久しぶりに、

 死にたくなった。 




「おい平尾くーん」


 授業が終わってすぐ、背後から自分の名前を呼ばれて背筋が伸びる。

廊下側から、こちらに手招きする3人の男子の姿が見えた。

 ああ、くそまたかよ……。

 悪態をついても、仕方がない。


「ちょっとこっち来いよ」


 川上は笑っていたけど、目は笑っていない。

 廊下に出るとすぐ、背後から僕の首に手をまわしてきた。

 強烈な香水の臭いがしてくる。


「来たかジミ眼鏡」

「おせーよ」


 そのまま階段付近の人気のない区画に連れていかれた。

 彼らはやはり狡猾だ。

 クラス内では僕のことを決してあだ名では呼ばない。

 こうやって裏で話をするとき以外は、執拗な嫌がらせもしてこない。

 彼らは知っているんだ。彼らの僕に対する扱いが露呈すれば、面倒なことになるのを理解している。

 それがわかってるから、彼らが僕にしていることは周囲には隠している。


 卑怯だなと思うけれど、僕にはどうしようもない。

 それに素直に従っている僕も僕なのだ。

 怖くて、抵抗することができない。


「で?」


 壁に追い詰められた状態で、三人に問い詰められる。


「こ……な、なに?」


 今度は、と頭につけそうになって慌てて飲み込んだ。

 彼らがイラつきそうなワードは全部頭に入っている。

 言葉は慎重に選ばないといけない。だから口調もたどたどしくなる。


「告白は?」


 しないの?

 とにらんでくる川上。

 しないとどうなるんだ?と聞き返すのは余計な荒波を生み出すだろう。


「……ちょっとやっぱり、恥ずかしくて……」

「だれもお前なんて気にしてねーから、お前も気にすんなよ」

「なんか勘違いしちゃたのか?」

「いいからやれよ」


 嘲笑が重なって聞こえてくる。

 感情的になるなと、自分に言い聞かせる。

 鼻の奥がつんとしはじめてきて、必死に湧き上がるものを抑え込んだ。


 昔からの悪い癖だ。

 感情が高ぶると、涙が出そうになる。


「いやぁ……ちょっと、キツイかなぁ……」


 ダムが決壊しそうだ。

 こういう理不尽な扱いは、やはり何度あっても慣れないものである。


「おいおい、泣くなよ。先生にチクるか?」


 この場に大人はいない。

 それをこいつらはわかっている。

 これは本心から言える。


 分厚い手で胸倉をつかまれると、もうそれだけでコップから水が零れ落ちそうになる。

 自分はなんて可哀そうなんだろう、なんて考えてしまう。


 悲しくなる。

 悲しくなるな。

 また笑い話にすればいい。

 放課後、家に帰って、友達と今日のことについて面白おかしく話せばいい。


 画面越しなら、

 僕が涙目になりながらも書いたエピソードでも

 友達は僕のぐしょぐしょになった顔に気づくことなく、軽いノリで答えてくれる。

 それだけでも気が晴れる。


 どうせこっちの悲しみなんて、とか考えちゃいけない。

 ネットフレンドにそこまでのことを期待しては申し訳が無いというものだ。


 川上と僕には頭一つ分くらいの体格差があった。

 胸倉をつかまれれば、きつめの香水の臭いが漂ってくる。

 川上が心底イラついた顔をしたとき、拳を振り上げた。

 殴られると思って、とっさに目をつむった。


「ちょっとあんたら、なにしてんの?」


 女子の声。

 その瞬間、振り下ろそうとしていた下田の手がぴたりと止まった。

 止めにきてくれたのは、生活指導の先生でも、担任の先生でもなかった。


 さっきまで高麗さんと会話していた女子だった。

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恋愛弱者はラブコメなんかに夢をみる 人間二(仮) @hainuwele4989

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