#10 汐の憂鬱 弐



「しおりんの嘘つき……」


 週が明けてからの高麗朱理は、妙にテンションが高かった。

 前に言ってたネットフレンドとなにか大きな進展があったようにも見えたのだ。

 先週の終わりに会う約束をしたとご機嫌にあたしに報告してきたから、その関係かなと踏んではいたんだけれど、


「しおりんは嘘つきだ……」


 なにやら様子がおかしい。

 あたしが話題を振ったとたんに不機嫌になった。


「なに……?」

「告白したら100パー成功するってゆったよね?」


 そんなこと言ったっけ?


「成功しなかったじゃんか!」

「なんの話?!」


 さっきまでニヤニヤしながらアイポン眺めてたのに、なんで急に機嫌悪くなるんだよ。

 こういうところが難しいんだよ、この幼馴染と幼馴染やってくの!

 というか――


「マジ……こくったの?」


 この、顔だけは無駄に良い女が?

 告白してきた色男どもを容赦なく振り払ってきた女が?


「うん」


 不満そうに即答する。

 なんだよ、なにもかもあたしのせいみたいな顔やめろよ。


「うんじゃねーよ。金曜の夜に会う約束したまでしか聞いてねーよこっちは。そっからなんで告白なんて流れになるの?」

「いやなんか、ノリで」


 ノリでするなよ。


「いやでも、はぁ? 朱理をふっちゃう男がいたのにも驚きだわ。急に言われてテンパっただけなんじゃないの?」

「でも長い付き合いだよ? 今更驚くとかあるかな?」


 5年も友達やってた顔も知らない女が、

 会ったその日に告白してきたらそりゃテンパるだろうがよ。

 バカなのかこいつは。


「というか、あたしに聞くなよ。あたし別に恋愛強者じゃないし」

「でも経験あるじゃん。一年のときなんかかっこいい男子とお付き合いしてたよね?」


 それ、ろくな経験じゃないんだよ。


「はあ、まあ、あたしのことはいいや……。

 でなに? 友達のままでいようとでも言われたわけ?」


「うんにゃ? なんか反応が微妙だったから、うそぴょーんってごまかしちゃった」


 無駄に可愛い感じにごまかしたんだな。


「とてもOKしてもらえるような雰囲気じゃなかったから、やべっと思ってのとっさの判断だね。ふぅ、あぶなく友人関係も解消されちゃうところだった。我ながら機転の利いた子だよ全く」

「ほんとマジでなんで告白したんだ……?」 

「なんとなくびびっときて」


 なんか頭痛くなってきた。

 恋愛の神様でも降ってきたのか。

 もうなんかあたしにはついていけない感覚である。


「でもまあ、それならフラれたとは違うじゃん」

「なんで?」

「だって、向こうには冗談って思われただけでしょ?」


 だから成功も失敗も無いんだわ。

 それぐらいで察して欲しい。説明するのがめんどくさい。


「まあ、これから何度か会ってみて、お互いの気持ち確かめていけばいいんじゃないの? 知らんけど」

「なるほど……」


 高麗はなにか納得したように口に手をあて、ふむふむとうなづいている。

 

「じゃあ、まだ芽はあるかな」


 キリっとした顔でこっち見るな。


「枯れてないよ。

 まだふったふられたとか、そんな段階の話じゃないよ」

「そっか。さっすがしおりん!」


 まあ、一度派手に失敗して懲りるのも経験だと思うけどね。

 あたしみたいに。

 というかその謎男、俄然興味が湧いてきた。


「つかさ、写真ある?」

「なんの?」

「あんたを振った男の写真だよ」


 どんなイケ男か見てみたい。


「私、ふられたわけじゃないんじゃなかったの?」


 いいから出せよ、写真。


「あ、あのぅ……」

「ん?」


 なんか突然横やりが入ってきた。

 そいつはすぐ後ろの席に座っていた眼鏡をした男子だ。


 あたしのすぐ背後まで近寄ってきて、おずおず、といった感じであたしと高麗のことを交互に見てくる。

 急になんだ、怖。


「なに? えっと、誰だっけ?」


 高麗の一言に、男子はえらく動揺した。

 高麗は本当に、こういうところひどい。

 

「オナクラの男子じゃん、名前はえっと、平尾じゃなかった?」


 そうそうたしか、そんな名前だ。

 あたし、記憶力には定評があるのだ。


「ふうん」


 高麗の方は全く興味がなさそうだった。

 相手が男というだけで多少なり警戒感をあらわにしている。

 普段あたしには愛想がいいだけに、こういう時の高麗はちょっと冷たすぎるかなと思ってしまう。

 ここは助け舟を出してあげるか……。


「クラスメイトの名前ぐらい覚えてやんなさいよ。だいたい平尾は一年から同じクラスでしょうが」

「ああ、そうだっけ? よく覚えてるねしおりん。ごめんね平尾くん!」


 でたよ、愛想ばっちりにごめんなさい。

 ウィンクして手のひらを合わせるその姿を、あたしは密かにハートキャッチと呼んでいる。

 もちろんバカにしてる。



「それでなに? 私たちになんか用?」

「ああ……えっと……」


 もじもじとしている平尾は、ついさきほどのハートキャッチには無反応だ。

 というより、どちらかというと顔色が悪い。

 高麗を見て青ざめている。高麗の本質を知ってる? なかなか感性の鋭い奴なのか?



「すいません、やっぱ何でもないです」


 結局意味が分からないまま、彼は私たちから距離を取った。

 高麗もあたしも意味が分からず、顔を合わせて首をかしげた。


「なあにあれ?」

「しらないよ」


 お前と関わってると意味不明なことばかり起きるし、あれもその一つだろう。

 本当にこいつは、罪づくりな女だ。

 別にもうたいして驚かないけど。


 でもさっきのやつ、ちょっと気になるな。




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