#09 汐の憂鬱 壱


 あたしの名前は佐原汐さはらしお――

 どこにでもいる、義務教育真っ只中の女子高生だ。

 特別仲のいい友達からはしおりんとか呼ばれている。

 常にそばにいる高麗朱理のことを除けば、至ってまっとうな学校生活を送っている普通のJKだ。


 高麗朱理とは小学生からの幼馴染なんだけど、いつも一緒にいるせいで何かと周りから比べられることが多い。

 高麗は見た目こそものすごくレベル高い子だし、性格もそんな悪くない。

 これはまあモテるだろうなて感じの子だ。

 だからまあ、よく比べられて、隣の子に比べると普通だ、なんて評価をされがちなんだけど、特に高麗朱里に嫉妬とかはしていない。

 悪い奴ではないし、女同士ドロドロと陰で悪口を言い合っているような他グループの女子よりは全然マシだ。

 まあ、いくつか納得できないことはあるんだけど。


「ねぇしおりん」

「ん?」


 昼休み、二人きりで屋上でだべっていたときの一幕。


「あたしってさあ……可愛いよね……?」


 なんか、任侠映画のラスボスみたいなえっぐい顔つきで、そんなことをあたしに聞いてきた。


「……まあ美人ではあるんじゃない?」

「だよなぁ?」


 いちいち目つきが怖い。

 こういうところだ。

 急に私可愛い?なんて聞きながら凄みのある顔をする変な女なのだ。

 可愛いと言わせたいなら、可愛い顔をしろよと言いたい。


 因みにこんな変顔をするのは、周囲に誰もいないときだけである。


「なんで、そんなあたしが未だに恋愛経験ないのかな。しおりんにだってカレシいるのに」

「もうずいぶん前に別れたよ」

「そうだった。しおりんにだってカレシいたのにね」


 喧嘩売ってるのかな?


「片っ端から男ふってるくせに何言ってんだ」

「ふってるってのは違くない?

 とびかかる火の粉を払うことすら許されんの?」


 性格やっぱりそんなに良くないなこいつ。


「恋愛したいなら引く手あまたなんだし、試しに適当に付き合ってみればいいじゃんってことだよ」

「ねぇ、付き合うってそんな軽いノリでいけるもの?」


 めんどくさいなぁ。


「例えばだよしおりん。一度付き合っちゃえばさ。その、いろんなことされるわけじゃん」


 急に顔を朱色に染める幼馴染。

 どうでもいいけど、人差し指をあわせていじいじするな。


「手をつないだり、ちゅ、ちゅーとか」

「ちゅーって小学生かよ」

「お試しで付き合った相手にそれはしたくないなぁって思わない……?」

「したくなるまでなにもしなきゃいいだろ。強要してきたら別れればいいだけだし」

「しおりんが淡泊すぎて怖いよ。相手が強引にしてきたらどうすんの?」


「そんなの、もう別れて終わりじゃん」

「しおりん……」


 高麗がドン引きしている。

 え、別に普通のこと言ってるよな? なんか変なこと言ってる?

 我ながらまあ、可愛げがないとは自分でも思うけど。


「しおりん、強引にされたら、それはもう手遅れなんだよ。口と口がくっついたらもう終わりなんだよ。後悔したりしないの?」

「えぇ……? まあそういうもんかな、としか……」


 誰かに自慢できるような甘ったるい経験は皆無なわけで、こいつと話していると自分がどれだけつまらない男女付き合いをしてきたかを思い知らされるのが無駄に辛い。

 なんでこいつはあたしにそんな質問してくるんだよ。


「うそでしょしおりん。もっと自分を大切にしなよ」


 うるさいよ!


「だからもう手遅れだわ。あたしから言えることは。恋愛したいならこくってきたやつと適当に付き合えば? 以上」

「でも初めてのちゅーは?

 そんなことで消耗されるの? うそでしょ信じらんない」


 どこまでも高潔でいたいお嬢様かよ……。

 

「失うものがでかすぎると思わない? 私のファーストちゅーがそんなくっだらないものの餌食になるのいやだぁああ」


 恋愛脳の幼馴染は泣き真似をしながらあたしの首根っこを揺さぶってくる。


 あーうざい。うざいがまあ、こいつの言うことにも一理あるのかもしれない。

 恋愛はしたい。けど失敗はしたくない。

 ヘマをすればファーストキスどころか、もっと大切なものも奪われる可能性だってあるのだ。

 散々尽くした男に使い捨てられたら、そりゃあ、確かに、あたしみたいに擦り切れた感じになってしまうだろう。

 お前も失敗しろよ、とは内心では思うが、生憎と友人とは認めているのでちょっと考えてみることにした。

 数秒ぐらい。


「……あんたの心配してることは分かった。なら簡単だ。あんたが惚れたと思った相手にコクればいい。それ以外は無視しろ」


 強引なのが嫌ならもう、色々されてもいい相手と最初から付き合うしかない。


「告白するの? それだけ?」

「うん、100パー成功するから」

「100パー?」

「100パーだよ。断言してあげる」


 まあ変な子ではあるけど、ポテンシャルは抜きんでている。

 ちょっと誘惑すれば相手を篭絡することはたやすいだろう。なんか水商売してるねーちゃんみたいなたきつけ方になっている気がするが……細かいことはどうでもいいや。


「あんたがこくって失敗するわけがない。 理解した?」

「はぁ……しばらく恋愛はお預けかな……?」


 クソデカ溜息しながら急に冷静になるなよ。

 そんな落ち込み方されると、友達として適当にあしらうのも後味が悪いじゃん。


「身近に気になってる人とかいないの?」

「うーん」

「そういえばあんたが特定の男と仲良くしてるところは見たことが無いや」

「基本リアルの男は怖いなぁ。周りの評価が高くてカッコいい人が、周りのきゃあきゃあ言いまくってる女の子たちを押しのけてあたしにみんなの前で交際を求めてきたら、考えなくもない」


 なんだよその頭花畑なシチュエーション。少女漫画の読みすぎだろ。


「あ、でも仲のいい男の子なら一人いるよ」


 誰かのことを思い浮かべたのか、高麗の顔がパぁと明るくなる。

 へぇ、そんな奴がいるのか。少し驚きだ。


「そんなのいたんだ」

「うん、お互い顔は知らないけど」


 なんだよ。ネットかよ……。


「あーでもまあありなんじゃない?

 顔も知らないってのはあれだけど、そういうのから始まる恋ってのもあるにはあるわけだし」

「かなぁ? 今までそんな感じで見たこと無いんだけど」


 それなりに仲がいいって言うのは嘘じゃないらしい。その人物を話すときの高麗のテンションは若干高い気がする。

 ちょっと興味が出てきた。


「どれぐらいの付き合いなの?」

「えーどれくらいだろ? パパからお古でパソもらったあたりからだから、もう5年くらい?」


 うそ、だろ? そんなのもう、夫婦じゃん。

 5年のあいだに会おうととかって流れには一切ならなかったのだろうか。


「まあでもなんだ、顔も知らない奴が相手だからね……あんまり過度な期待とかはしない方がいいと思うよ」

「どして?」

「だってさ、いざ会ってみてそいつが不潔そうなハゲのおっさんだったらどうだよ。さすがに恋愛対象にはならないでしょ?」

「……うんまあ、たしかに」

「そういう可能性もあるから、間違っても会う前に告白とかはやめろよ。慎重になりなよってこと」

「とりあえずあってみればいいのかな?」

「人の話聞いてた? 慎重にだよ」


「しおりん、できるならあたしはもっと早く恋愛したいんだよ。しかも失敗しないやつ」


 わっがままだなぁ!


「あんたの都合なんて知るかよ……」


 まあでも、会うまで判断できないって言うなら、まずは会うべきなのかもしれない。

 そっから先は自己責任だし。


 自己責任、ってこの時ちゃんと強調しておけばよかった。

 伝えてたら、あんな面倒な感じにはならなかっただろう。



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