22 館にお邪魔 2

『死なない程度に追い返せ』



 廊下の奥から響く声


 その指示が誰に向けられたモノか翔太は問わずとも分かっている。こうも突っ張られては話す機会さえ貰えないだろう。


 まずは目の前の障害

 を乗り越えるのが先決だ。


(この番犬......強い)


 目の前には三つ首と骨身の身体が特徴的な犬が一匹、但しその体躯は犬のそれとは比較にならず猪や熊と比べる方が対象として好ましい。

 D級程度の強さならまだ何とかなると翔太は考えてはいた、ただ出てきた番犬が自分の手に負えるレベルでは無いとすぐに理解した。


 ただ、翔太には一つアドバンテージを有している。



 この番犬は自分を殺す手段を使わない



 普通に戦えば戦隊モノの雑魚敵のようにやられてしまう翔太でも殺さぬように手加減されているのならば、戦いにはならなくともそれなりの行動はまかり通る。



「.........ガルッ」



(核だ......核さえ破壊出来れば)



 ここまでの道中、人形が行動不能になった要因を翔太は調べていた。


 結果、人形の腹部の正中線に当たる位置そこに核が存在した。核は掌に収まる程小さく、素手で握り潰せるくらいに脆い。


 だからこそ硬い表皮で覆う必要がある。


 もしこの番犬にも同じように核が存在するのならば、その核を破壊して行動不能にさせる事が出来るかもしれない。



 案ずるより、試すが先

 翔太は前向きだった。



『止まってんじゃないよ、ワン公』



「ガ、ガルッ!」



 小手、とでもいうように右前脚で翔太を殴りかかった。翔太は間一髪で避けたが、その攻撃は地面にめり込んでいる。これを喰らってまともに動けるかどうか。



 翔太はゴクリと唾を飲み額に垂れた汗をぬぐった。



「はっ」



 右前脚がめり込んでいる方から裏へ回り込む。体勢を崩させる起点に右後足に刃を突き立てる。


 刃が通らない


 なら関節部は?と問いただすように刃の先端を節々に突き立てる。

 やはり堅い......が穿つ事が出来ない程ではない。



「よしっ!」



 右後脚の膝下を切り離す事に成功、これでバランスが崩れる。

 番犬が前のめりに地面に倒れ、一気に隙が出来た。



「ガァッ」



 だがその瞬間、番犬は三つ首から炎を噴出させる。身体を覆う程の火力、思わず翔太は後ずさった。


 めり込んだ足も外れ、間合いも戻る。


 ただ右後脚の膝下を欠損させる事に成功したのに加えて、番犬が体勢を立て直す時間を稼ぐことが出来た。


 その時間を自己強化に充てる。



「よし......集中しろ」




 ――思い出すのは、キャニィとの会話



「魔素を扱えるようになったら、ようやく魔法だね!」


「違うよ」


 魔素の扱いこなせるようになり、いよいよ魔法だと意気込んでいた僕は冷水をぶっかけるが如く、そう一蹴された。


 その理由を問う代わりにキャニィの顔を不満そうに見つめた。



「魔法は後、それよりも先に覚えなきゃいけない技術ワザがあるんだから」


「覚えなきゃいけない技術?」



「そう、まずショータが覚えなきゃいけないのは」



 ――魔素と身体を同化させる技術



 魔素を扱えるようになったと言う事は開閉が出来るようになったと言う事、体内に貯め込んだ魔素を開放し身体と同化させる事で、身体能力が上昇し対魔法、対物理に対しての耐性も上昇する。


『魔素強化』


 強化魔法と【能力】を除けば、この世界では一般的な身体強化方法だ。



『......粗』



 粗に粗しかないような雑すぎる魔素強化だが、翔太の魔素量も相まって強化幅としては大きい。相手が相手なら倒せていた、が今回に関しては相手が悪い。



 この番犬は『ケルベロス』という魔物の赤子の死体を使い、主の力によって傀儡にした生物だからだ。


 剣が通らないのは元々のケルベロスの外骨格が堅すぎるだけ

 炎を噴けるの力が強いのも全て元の性能を引き出しているだけ



 このまま戦った所で

 勝てる見込みは0%



(片足は落とした、あと一つ落とせれば何とか)



 残念だが更にダメ押しでもう一つ

 足はのであって斬った訳ではない。


 番犬が立ち上がると同時に、外された右後足はまるで導かれるよう関節部にピタリと吸いつき何事も無かったかのように戻ってしまった。



(そ、そんな)



 こうなると初めに逆戻り、ただ状況は初めよりも悪くなっている。



(......一体どうすれば)



 番犬は三方向から放たれる炎のブレスに加え、喰らえば即OUTの小手連打を繰り出してくる。更に三つ首全てが自律して動いている為、行動が不規則。


 回避に全神経を集中させていなければ

 今頃逝っていると翔太は確信していた。



(どこが死なない程度だよッ!!)



 心の中で文句を駄弁るが、既に攻撃は一撃で致命傷のレベルまで上がっている。

 判断をどこかで間違えれば、終わりだ。


 緊張と集中が入り混じる。


 所々で被弾するブレスの痛みを溢れ出るアドレナリンによる鎮痛効果でやり過ごしているが、確実にダメージは蓄積されている。



(これ以上は......体力が)



 魔素強化をしているとはいえ回避が毎度命懸けともなると体力の消耗は激しい。更に時間が経てば強化もより雑になるので、より多くの体力を浪費する。


 むしろ強化していなければ即詰んでいた事を踏まえると回避出来ている事を奇跡と考えるべきか。



「あ」



 小手の回避先にブレスが重なった事で、回避の判断が一瞬遅れた。翔太の回避はギリギリでブレスを躱す事に成功するが次の回避までを考慮していなかった。



 次に翔太の視界に入った時



 既にブレスの充填が完了している残り二つの頭がこちらに大きく咽奥を見せつけていた。



「うあ゙ッ」



 直後、二つの頭から発せられたブレスが翔太を直撃する。

 約3秒程浴びせられた灼熱の炎によって、翔太の意識は事切れた。





『ワン公、そのガキを門の外へ出せ』



 命令された通り、番犬は翔太の首根っこを掴もうと倒れ伏す翔太に一歩、また一歩と近づいていく。



『ん、待て』



 が



 一瞬にして番犬の三つ首が切断される。


 翔太は気を失ったまま一切動いてはいない、だがピクリとも動かなくなった番犬基ワン公がそこに倒れ伏している状況が事態の異常さを物語っていた。



『【無限回廊】解除』



 途端、景色がぐにゃりと変形していく。


 先程の廊下など見る影もない、埃が目立つ薄暗い小部屋に移り変わった。


 廊下の正体は【無限回廊】の能力によって見せられていた実体を持つ幻影であり、発動条件自体は”館の扉を開ける”という限定的な条件を指定している代わりに”館の奥へ進む行為”を否定する能力だ。


 後ろに戻る分には問題ないので館を後にする者には害は無い。

 また限定的な能力の為、使用可能な場所は限られる。



「なんでアタイがこんなことしなきゃならないのさ」



 は全身に大火傷を負った翔太を背負う。

 ”翔太に害を与える行為”では無いので、輪切りにはならない。



「クソ婆、今度会ったら絶対殺してやる」



 彼女は自分に置かれた状況を酷く呪うのだった。






<あとがき>

少しリアルが忙しい

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