第2話 月森下蓮華と魚②

 ところでなぜこの俺、八瀬三珠はせ さんずがこの少女、月森下蓮華とカフェで呑気にお茶でもしているのか疑問には思わなかっただろうか?


 思わなかったとしても、これは俺の怪異と立ち会ったを記しておくものなので、やはりこの騒動に怪異との関連がある以上、出会いも書いておくべきだと思ったのだ。


 前置きが長くなったが話そう、あれは今から1時間半前の事だった――。






 関東大都市圏の郊外にある都市、幻夢市げんむしの北区をさらに北へ行った先にある鹿田守町かだすちょうの山沿いにある俺の家に、一人の来客が訪れた。ピンポンと鳴らされたインターホンに答えるべく、俺は戸を開けて外へと身を乗り出す。


「どうした?嬢ちゃん」


「えっと…この家って八瀬三珠さんの家ですよね?」


「ああそうだ、俺の家だが、ところでどうした?」


 本当は違う。俺の家ではない。本当は俺の同居人である藤隆原鶴來ふじたかばら つるぎの家である。なので正確には俺が鶴來の同居人であるし、関東大都市圏の郊外にある都市、幻夢市の北区をさらに北へ行った先にある鹿田守町の山沿いにある家は本当は鶴來の家である。


 だが初対面の人間にこのような事を説明する義務はないし、した所で相手は混乱するだろうし、それに第一に自分が彼女に詳細な説明をするのが面倒だと言う三つの事情により俺は彼女にこの物件の所有権に関する詳細な説明を控えたのだった。


 話が脱線しすぎた、元に戻そう。


 俺の家に来た依頼人は、肩まで伸ばした黒い髪が艶やかで容姿端麗な、齢16程の少女であった。

 俺はひとまず彼女を鶴來の家のリビングへと通した。ちなみに藤隆原鶴來は留守であった。恐らく近頃執筆しているミステリ小説の資料探しなり、アイデアを思いつく為だったり等の理由でそこらを彷徨いているのだろう。なお全く関係の無い話ではあるが、彼の筆名は岸辺剣きしべ つるぎである。確か、とある漫画に出てくるキャラクターの苗字から拝借したらしい。尤も、そのキャラクターは小説家ではなく漫画家なのだが……。


「八瀬さんって、怪異とかにお詳しいんですよね?噂で八瀬さんに関しては色々と聞いています。怪異のせいで余命が2日になった人をすんでのところで助けたとか、怪異から助けたのをダシに多額の借金を背負わせたとか」


「いや、確かに負わせたけどさぁ。あいにく俺も命賭けてんのよ、タダ働きはお断りだね」


「金取るのかよこのケチ!」


「ケチとか言うなって、ホラ、初回のご相談は無料だからさ」


「やっぱケチじゃん」


「心外だなァ、こっちはアンタのために、怪異とか言う、できれば一生関わりたくないし関わらない方がいい存在と、ひょっとしたら戦わなければいけないんだぞ?少しぐらい金をくれたっていいだろう」


「ちなみに幾ら取る気?」


「そうだなァ、怪異の種類だとか強さによっても変わってくるが、まァ10万が基本料金だな」


「やっぱケチじゃねぇかッ!純粋なJKから10万も金とるなよケチ野郎!」


「急に口調変わったね!?」


 素早く突き出された彼女の右腕が、俺の両目を潰さんと2本の指を構えていた。

 目が潰れることも覚悟はしたが、俺はすんでのところでその凶暴な腕を抑えた。


「全く危ない腕だなァ…」


 彼女は我に返り、言った。


「はっ…すみません、ちょっと熱くなっちゃいました…」


 熱くなりましたってレベルじゃねぇよ。もしかして件の怪異ってその情緒の不安定さか?

 とでも考えているうちに、ここじゃあ話しにくいからと言われて、あれよあれよと言う間にカフェにまで連れてこられてしまったと言うわけだ。


 以上、回想終わり。ここからが本題。





「で、ここがアンタの家か」


 外見こそは開放的と言う言葉の似合う一軒家だったが、俺の第一印象は、それとは真逆の、閉塞的な家だった。

 その家から漂う気配、それが俺にはどうしようもなく気味悪く、不吉で、不気味で、不愉快で。それでいて喉を抉られるような殺気もある、酷く閉塞的な家だと言うイメージが、刻刻と自身の脳髄の中に、どこからともなく浮かび上がってきた。


「じゃあ、入ってください。さっき、が私達の家族に起きて、それが何を私達家族に与えたのか見てもらうって言ったじゃないですか」


「言っていたな。と言うか、それを見せるためにわざわざ俺をこんな所にまで呼び出したんだろう」


「『覚悟』、しておいた方がいいですよ。今から見てもらうのは、それぐらいのです」


「『覚悟』ねぇ……。そんな言葉は汗臭くて嫌いだ。代わりに『期待』はしておくよ。この事態が、何事もなく解決すると言う淡い期待を」


 結論から述べるが、その期待は、自分が言った通りに、淡い期待となった。それから俺は、言霊と言う概念を、少なくともそれまでよりは、少し意識して過ごす羽目になった。


 それだけの事が起きたのだ。


 では、それをこれから、話していこう。最も、記憶が曖昧なので、真実よりは内容が若干は乖離するだろうが。







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八瀬三珠は馳せ参ずる L・M・バロン @Easyrevenge

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