八瀬三珠は馳せ参ずる

L・M・バロン

第1話 月森下蓮華と魚①

 月森下蓮華つきもりした れんげは悩んでいた。それもただの悩みなどではない。人に話したりだとか、自分で調べたりだとか、自問自答だとか、そのような方法では解決が見込めないようなものであった。


 その悩みに名前を付けるのだとしたら、『怪異』としか形容しようが無いものだった。


 勿論他の名前で呼ばれている事もあるかもしれないが、俺がこの現象を呼ぶ時は『怪異』で通じていたし、なんなら他人も『怪異』と呼んでいた。


 自分で話し始めておいて自分でもどうかと思うが、長くなりそうなのでそろそろ呼び方がどうだとか言うくだらない話を終わらせ、本題に入ろうかと思う。


 彼女、月森下蓮華を悩ます怪異は一体何なのか?


 鱗だ。


 鱗。通常は魚や爬虫類などに生えているはずのそれが、月森下蓮華の脚にあるのだ。

 気づいたのは3日前の夜に入浴をしようとした時だった。下着を脱ぐときにつっかえる様な感覚がしたのだ。肌が乾燥しているのだろうかと思い彼女が脚を見ると、腿あたりに綺麗な青い鱗が生えていた。


 そしてその鱗は日毎に広がっていき、遂には足中に生えたので彼女は現在あまり自分に似合わないと言う理由で毛嫌いし続けたジーンズを履く羽目になっていた。


 そこまで聞いたた所で俺が尋ねる。


「フーン、なるほどねぇ……。ところで思い当たる原因とかはあったりするのか?」


「原因、ですか?」


 月森下蓮華が顔に少しの動揺を浮かべながら尋ねてきた。アァコリャ根深い原因がありそうだなと思いながら俺は彼女に言う。


「アァ、そうだ、原因だ。今アンタの身に起きているのは『怪異』だ、それは間違いない。だが『怪異』が起きるのには必ず原因がある。外的要因にしろ内的要因にしろ、他人の感情の矛先だったり自分の感情の矛先を自分に指定していたり、そういった細かい違いこそあれど原因は必ずある。逆に言うなら怪異が起きるなら原因もある。オッ、今のやつ真だ、ヤッタァ。まぁとりあえずアレだ、思い当たる何やかんやがあるんだろ?話して見ろって。てか話せ、話してくれないとどうやって解決すりゃいいのかが分からんからな」


「原因……そうですね、原因かどうかは分からないですけど、思い当たる事なら……」


 何やら暗い表情をしながら言っていたが要約するとこうだ。

 なんでも彼女の父親は漁師で、仕事の都合上偶にしか帰っては来ないものの、たいそう自分を可愛がってくれた良い父親だったそうだ。

 その父親が帰ってきたある日の晩、月森下蓮華がまだ10歳の時だった。いや、この言い方は適切ではなかった。訂正しよう。では改めて。

 その晩、月森下蓮華は10歳の誕生日を迎えたのだ。そしてその晩の食卓は、父親が長い漁から帰ったこともあり、父と母、そして月森下蓮華の三人の一家が、久方ぶりに揃っていた。この事を振り返った月森下蓮華はこう述べた。

「たいそう幸せな時間であった」と。


 だがその幸せな夢はにより反転し、長い悪夢へと変わった。


 そのとは――それを俺が聞いた時、彼女は「私が話すよりも、私の家に来てを見た方が早い」と言った。


 俺はその言葉の真意は分からなかったが、それが彼女を悩ます怪異と繋がっており、かつそれが彼女の人生の4割程を現在進行形で苦しめている事を推測するのは、そこまで困難では無かった。


「よし、それじゃアンタの家に行くとするか。案内しろ」


「えっ…来るんですか?私の家……」


「いや、今あからさまにアンタの家に行く流れだっただろうが、なんか問題でもあるのか?アレか?年頃の娘とこんなロン毛を束ねて無精髭を生やした浮浪者みたいな男とが一緒にいたら、親父さんがブチギレるって事か?」


「いや……お父さんの事は、そういう意味では問題じゃないんですが……」


「父親がダメじゃないならなんだ、母親か?」


「まぁそれもあるんですけど……来るんだな、って思って」


「それってどういう……」


「事情が事情でしてね、あんまり人を家に招きたく無いんですよ……。それが原因で友達もあまり出来なくて……」


「いや、友達が出来ないのはただの言い訳じゃないか?友達を家に招けない事と友達が出来ない事はイコールじゃないだろ」


「そうですよね、言い訳ですよね、わがままですよね……」


 彼女は沈黙した。全く、こういう空気はイヤなんだよなァと思った俺は。


「スミマセーン!」


 大声で店員を呼んだ。


「はい、ご注文はいかがなさいますか?」


「この『スペシャルグレートウルトラパフェ~アルプスキリマンジャロ天山盛り~』を1つください」


「はい、わかりました…」


 気のせいだろうか、あの店員の、呪文のようなメニュー名を唱える俺をまるで狂人でも見るかのようなあの眼差しは。


「いや、気のせいじゃないですよ。あれを完食出来たのは、この幻夢市で5人だけなんですから」


「マジで……?」


「マジです。ちなみに私は3人目です」


「マジか……」


「だから狂人かと思いましたよ、あなたの事。あんな物を食べられるなんて、人じゃないですよ。いや、あんな物は人が食べる物じゃないと言った方が適切でしたか?」


 彼女は続ける。


「まぁともかく、あんな物を食べられる人間はどこか脳味噌がおかしいという事ですよ。もしかして、私に対して怪異がなんやかんやとか言っている貴方こそが怪異なんじゃないですか?」


「耳の痛い事を言うな、アンタ」


「じゃあ、本当に怪異と言う事で解釈するけど、それでいい?」


「よくねぇよ、てかいつの間に敬語からタメ語になってるんだ」


「貴方に対する敬意を失いかけていたので……」


 二度とタメ語が使えないようにしてやると思っていると、問題のブツ――スペシャルグレートウルトラパフェ~アルプスキリマンジャロ天山盛り~――が来た。来てしまった。


 結論から言おう。バケモノみたいな量だった。勿論食べ終えはしたものの、その甘さによって胃もたれを起こした腹を水によってなだめている頃には、無事に月森下蓮華から人外認定をされてしまった。


「よし、行くぞ」


「……わかりました」


 こうして俺達はカフェから席を外し、月森下蓮華に巣食う怪異に向け歩を進めた。




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