第12話
共同軍事演習は、国際的な平和と安全を促進するため、三年に一度開催される重要なイベントだ。これは各国が軍事的な技術と戦略を共有し、相互の理解を深める機会となっている。また、この演習は異なる国々間の信頼を築き、将来的な紛争を防ぐための予防措置としても機能している。
毎回開催される国が異なるのは、各国の軍事文化と戦術を広く理解し、国際的な視点を養うためである。さらに、異なる地域での演習は、様々な気候や地理的条件下での対応能力を鍛える目的もある。
今年は、エミネール王国がグラント王国に来て、共同軍事演習が開催された。両国からの軍の総勢は約1万人に上り、エミネール王国はその軍の約2割を動員して参加した。この大規模な演習は、軍事技術の展示だけでなく、両国間の友好関係を深める重要な機会と見なされている。
共同軍事演習の初日、午前中には特別な食事会が開催されていた。この食事会は、エミネール王国とグラント王国の関係者たちを招いてのもので、外交的な意義を持つ重要な集まりだった。会場は優雅で落ち着いた雰囲気に包まれ、様々な国の代表者たちが活発に交流していた。
この食事会には、グラント王国の筆頭魔術師であるラウルの姿も見受けられた。彼はその場にふさわしい落ち着いた服装で、自然な態度と教養の深さを兼ね備えた振る舞いで、他の参加者と交流していた。彼の存在は会場に風格と重厚感をもたらし、彼の周りにはいつも人々が集まっていた。
エミネール王国の外交官達が、ラウルに新しい勇者について尋ねて来ることは多く、彼らの興味の中心であることは間違いなかった。
ラウルは、その都度、
「午後に行われる模擬戦でご覧いただけますので」
と巧みにかわしていた。彼は詳細を明かさず、外交官たちの期待を高めるように答えていた。
その時、ラウルは人混みの中に見慣れた姿を発見した。長い白髪を束ねた老人―それはエミネール王国の筆頭魔術師、ヘンベル・シュターゼンだった。ラウルはすぐさま彼の方へ歩み寄った。
ヘンベルはラウルに気づき、穏やかな笑顔を浮かべて応えた。彼の表情には、ラウルとの再会を喜ぶ様子が見て取れた。年を重ねた彼の顔には、経験と知識が刻まれており、その眼差しには深い洞察力が宿っていた。
ラウルはヘンベルに近づき、互いに敬意を表しながら挨拶を交わした。
「お元気そうで何よりです、ヘンベル様」
ラウルの声には温かみがあった。
ヘンベルは特徴的な豪快な笑い声を上げながら答えた。
「ホッホッホッ、息災じゃのうラウルよ。こう見えてもまだまだ現役じゃよ」
「グラント王国までよくぞお越しいただきました」
ラウルの言葉は感謝と歓迎の意を込めたものだった。
しかし、ヘンベルは独特の機知に富んだ言い回しで応じた。
「この歳になると、長旅も一苦労じゃ。だが、若い衆には負けられんのう」
ラウルはヘンベルの気丈さに感心しながら、もう一つの重要な話題に切り替えた。
「午後よりの勇者模擬戦、ヘンベル様の胸をお借りしたいと思います」
ヘンベルは少し目を細めて、思いがけない告白をした。
「そのことじゃがのう、実はわし、筆頭魔術師を引退したんじゃ」
ラウルは一瞬言葉を失い、驚愕の表情を浮かべた。
「引退?ヘンベル様が、どうして・・・・」
この告白はラウルにとってまさに稲妻のように突然で、彼の心に混乱をもたらした。彼はまるで伝説の一部が終わりを告げたように感じたのだった。
「ふーむ、お主はもう気付いておろう。勇者召喚は召喚者の魔力量が重要であると。お主の潜在魔力を見れば一目瞭然じゃわい」
ラウルは謙虚に頭を下げた。
「ヘンベル様のお考えの通りかと存じます」
ヘンベルは会場を一望し、何かを探すように目を凝らしていた。
「まあちょいと待て」
彼が会場を見渡していると、やがて声を大にして呼びかけた。
「おーいリリィ、ちょっと天音を連れてきてくれんかー!」
ヘンベルの声に反応したのは、まだ幼い女の子だった。彼女は一瞬慌てふためいたが、すぐに隣で食事に夢中になっている黒髪の女性を半ば強引に引っ張ってきた。女性は食事を胃に流し込むのを一旦中断し、女の子に引っ張られながら、少々戸惑いつつもヘンベルとラウルの方へと歩み寄ってきた。
ラウルはその様子を見て、ヘンベルが何か計画を持っていることを感じ取り、好奇心と期待が混じった視線で二人を見つめた。
ヘンベルはリリィに向かって言った。
「リリィ、こちらはグラント王国の筆頭魔術師、ラウル・バートランドじゃ。挨拶せい」
リリィは一瞬戸惑いつつも、一生懸命に挨拶をした。
「え、え、あ、あの・・・・」
彼女は緊張しながらも勇気を振り絞って言葉を続けた。
「私はエミネール王国の筆頭魔術師をやらせてもらっています、りりぃ・しゅたーぜんと申しますです!」
ラウルは彼女の言葉に少し驚きながらも挨拶を返す。
「あ…こちらこそ、ラウル・バートランドと申します…」
「ワーハッハッ、お主もそのような顔ができたんじゃのう、ラウル」
ラウルは混乱しながらヘンベルに尋ねた。
「ヘンベル様、これは一体どういうことですか?」
ヘンベルは優しく語り始めた。
「うむ、リリィは私の孫じゃ。まだ早いとも思ったんじゃが、魔力量が影響するとわかった以上、今回の勇者召喚ではリリィを押す声が大きくなってのう」
「ということは、ヘンベル様よりも…」
「そうじゃ。こいつの魔法はまだまだ未熟じゃが、魔力量だけはわしを遥かに凌ぐ。お主ともいい勝負になるんじゃないかのう」
「ご謙遜を・・・・」
ラウルが謙虚に答えたその時、天音と呼ばれる女性が割り込んできた。彼女の声にはいら立ちが含まれていた。
「おいじーさん、もういいのか?ここの飯全部食うって決めてんだよ、こんなことしてる場合じゃねーんだよ」
その場の空気は一変し、ラウルは天音の突然の登場に少し驚きながらも、彼女の存在感に圧倒されていた。
「ちょっと天音、だめだよー。この人はこの国の筆頭魔術師様なんだよー」
天音はラウルを驚きの眼差しで見つめ、皮肉っぽく言った。
「なに、お前が筆頭魔術師なのか?」
彼女は次に輝弥を睨みつけて尋ねた。
「じゃあ勇者はどこだ?」
ラウルは少し動揺しながら答えた。
「ゆ、勇者ですか?もうそろそろ来る頃かと・・・・」
リリィは天音に向かって言った。
「だめだよー、困らせちゃー」
「勇者とやりに来たんだからいいじゃねーかよ、早くやりてーんだよ」
「天音さっきまでここのご飯全部食べるんだって言ってたよー」
天音は一瞬黙った後、決断したように言った。
「飯食うぞー!」
彼女はさっきのテーブルに向かって走り出し、リリィが慌てて追いかけていった。
ラウルは深刻な表情でヘンベルに向かい、言葉を紡いだ。
「ヘンベル様・・・・」
「すまんのう、あれが今の勇者じゃ。」
ラウルは疑問を投げかけた。
「歴代勇者は確か礼節を重んじる武闘家だったはずですが・・・・」
「その予定じゃったんじゃがのう…。リリィにはまだ早かったんじゃ。ほとんどやる気に割り振ってしまってのう」
「やる気…ですか・・・・」
ラウルは内心で混乱を感じ始めた。彼の顔には、人ごとではない状況への焦燥感が表れ、冷たい汗が止まらなかった。
ヘンベルは好奇心に満ちた眼差しでラウルに尋ねた。
「ところで、グラント王国の勇者はどうなんじゃ?」
「グラント…王国の・・・・勇者ですか?」
彼の声には明らかな焦りが含まれていた。
その瞬間、ラウルは後ろから聞き慣れた声で呼ばれた。
「お兄様、勇者様をお連れしました」
その声に導かれるように、ラウルは光の速さで振り返った。しかし、目の前の情報が整理できずに、彼は一瞬固まってしまった。
「楓・・・・なのか?」
ラウルの記憶に刻まれていた楓は、10歳にも満たない少年の姿をしていた。しかし、目の前に立っているのは、十六歳か十七歳くらいの青年と呼べる成長した楓だった。
楓はあっけらかんとした態度で話し始めた。
「いいよ、別に挨拶なんかさー」
「何言ってるのよ楓、あなた今勇者なのよ」
「へいへい、分かったよお袋」
この光景に、ラウルの情報処理能力は限界を迎えようとしていた。彼の心は、突如変わった現実の前で驚愕と混乱の渦に巻き込まれていた。
ヘンベルはその様子を見て、心からの笑い声を上げた。
「ホッホッホッ、母親同伴の勇者とはのう。流石に一本取られたわい」
その時、遠くの方からリリィを引きずりながら、両手に料理を持って走ってくる天音の姿が目に入った。
天音は驚きの表情を浮かべながら、まさかという声を漏らした。
「まさかモグモグ・・・・お前がモグモグ・・・・勇者ゴクン・・・・なのかー!」
その場にいたリリィがすぐに反応し、天音をたしなめる。
「だめだよー、今はまだ戦っちゃだめなんだよー」
天音は楓を見下ろし、少し揶揄するように言った。
「おいおい、まだ子供じゃねーか。まあ、全然問題ねーけどなー」
楓は自信満々に反論した。
「子供じゃねーし、見下ろされんのも俺やなんだよねー」
「いいじゃねーか、今すぐやろうぜ!」
「ちょっと天音、だめだってー」
その時、ヘンベルが笑いながら言葉を挟んだ。
「ホッホッホッ、模擬戦闘はもうすぐじゃて。それより早くせんとご飯なくなってしまうがいいんかのう?」
天音は決意を固めて言った。
「まずは飯だ、その後戦う。これが一番いい。いくぞ、リリィ!」
天音はリリィの手を掴み、引きずるようにして走り去っていった。
楓は呆れたように呟いた。
「なんなんだよ、あれは・・・・」
その時、ミシェールが楓に向かって叱った。
「ちゃんと勇者っぽくしなさいって言ったでしょ!」
「へいへい」
ミシェールは厳しく言い返した。
「返事は『はい』よ!」
「はいはい」
その間、現実から逃避していたラウルが現実に戻ってきた。
「楓・・・・お前・・・・」
楓は何かを思い出したかのように言った。
「そういえば、おじさんに言っといてって言われてたんだっけ。なんとかしようとは言ったが、行ってやるとは言ってない・・・・だったかな?」
ラウルは頭を抱え、現実から離れそうになっていた。
ヘンベルは興奮気味に言った。
「こりゃ面白そうになってきたわい。それじゃ、ラウルよ、また後でのー」
彼は返事を待たずにリリィたちの方へと足早に向かっていった。
一方、楓はラウルに向かって安心させるように言った。「まあおじさん、俺に任せておけば問題ないからさ、心配すんなって」
ラウルは少し心配そうに尋ねた。
「しかしお前、戦いの方は大丈夫なのか?」
楓は自信満々に答えた。
「大丈夫だって。俺は戦闘型だし、それに何かあったらこれを使うからさ」
そう言って、楓はポケットから手を出し、見せた。その5本の指にはそれぞれ違う造形の指輪がはまっていた。
「指輪・・・・いや、魔道具だな。」
「親父がくれたんだけどさ、めちゃくちゃカッコいいよね、これ」
「しかしお前、ずいぶん変わったな」
楓は笑いながら反論した。
「大人になったんだから当たり前じゃん。何言ってんのさ」
ラウルがミシェールに視線を送った。ミシェールは半ば愚痴をこぼすように言った。
「ほんっと、反抗期なのかしら。全然言うこと聞かないのよ、この子ったら」
言葉とは裏腹に、彼女の表情はどこか嬉しげだった。
「・・・・・・・・・・・・」
ラウルはどうしようもない気持ちでいっぱいになっていた。
勇者を召喚したらステ振りミスって変なのが来た! @nekomaruko
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