【後編】

「来夢! プゥイ!!」

 素で叫び、怪物を無視して駆け寄った。

 来夢は変身が解けてて、どこから出てきたかわからない砂まみれだった。プゥイもだいたいそんな感じだった。生きてはいそうだ。ひとまず安心した。

――グオオオオオオオ……

 地響きのような鳴き声で怪物の存在を思い出す。そっちを見ると、流石に私より大きかった。ちょっと感動する。モチーフは「カビた食パン」みたいだ。

『ちゅあ!』

 腹の辺りの黄緑色の檻の中に「何か」が閉じ込められていた。ああ、あの精霊だ。朝の食パン、印象に残っちゃったか。それで、なんだっけ、怪物に取り込まれる条件。確か「弱み」だった気がする。「何か」は必死に何かを叫んでいるが、怪物のせいで聞こえない。

『…ほ…し……じょに…るっ……あ!』

「なんて?」

『ユカリ! 魔法少女になるっちゅあ!』

私はしばらく固まった。

【幹部たちが話していたのはお前かい? 魔法少女候補……アタシ達にたてつこうなんて百年早いよ。さあ、やりな!】

 女の声がしたが、私は怪物の中の檻から目が離せない。

『やっぱりユカリには魔法少女の素質があるっちゅあ! もっと自信をもつっちゅあ! 魔法少女になってみんなを救って欲し……ちゅーっ!!』

 そこで怪物が動き出したため、檻が傾いて「何か」は……いや、おそらく名前は「ちゅあ」だ、ちゅあはコロコロところがってしまう。怪物は私に向かって拳を振り上げた。思わず両腕で顔を守った。

「……っ!」


 私の身体から、ピンク色のオーラが溢れ出る。

【な、何だ!?】

『ちゅあ!? ユカリ、魔法少女の力が……!』

 これが魔法少女の力。妖精が頻繁に飛んでくるのも、プゥイ達の戦闘中の会話が遠くでも聞こえることも全部私の素質。だから、魔法少女になって欲しいって。ねえ、その打診、何回目だっけ。

『ユカリ! 思いついた言葉を唱えるっちゅあ!』



「やだ」

 私は、笑った。一瞬空気が凍りついた。ゆっくり腕を下ろす。テンションを意図的に下げる。ピンク色のオーラが、霧のように宙に溶けて消えていく。

『ちゅ!?』

 怪物が拳を止めている。怪物のそばに浮遊する女が、顔を顰めた。

「……魔法少女にはなりたくない.......」

【何?】


「私は、魔法少女にはならない!!」


 大声でそう叫んで、駆け出した。怪物から逃げられる方向に向かって走る。

【ふーん、いい度胸してんじゃないの。大事な友達を見捨てて逃げるなんて。追いかけな!】

 怪物の重い足音が聞こえる。あちらのスピードは遅いけど、私より歩幅が広い。何で来夢を先に潰そうとか思わないのかな……私としてはその方が都合がいいんだけど。あー、疲れてきた。逃げ切れるかな。

【あれまあ、思ったより遅いじゃない】

怪物の足音はすぐ後ろまで迫ってきている。

『ちゅあー?! なんでっちゅあ!?』

「……っふ」

 私はいきなり振り向くと、今度は怪物の方に向かって走り出す。そして、怪物の足の隙間を潜り抜けた。

――グオオオオオオオ!?

 やっば、頭打つところだった。

 そのまま何の語りもなく走る。今この状況で特に怪物に語ることなんてない。あの巨体じゃあ振り向くのに時間かかるでしょ。私もそうだけど。

【何をチンタラしてんだい! こんな小娘一匹に惑わされるんじゃないよ!】

 デカ娘だけどね。

 後ろから重たい足音が追いかけてくる。今度はビュンビュンと黒い塊が飛んできたけど、当たったらそれはその時。まあ当たらないとは思うけど。私がジグザグに走っているのが分かるかどうかの問題だ。


 常々思う。

 来夢とは違って、私には思いやりの欠片もない。私は私が助かればいい。だって、誰しも最終的にはみんなそうでしょ? 誰かを助けることで自分も満たす、そんな生き方もいいかもしれないけど、私はそうじゃない。


 私は……私は。


 目の前に黒い塊がいくつか突き刺さった。足止めだ。立ち止まり、振り返って檻の中を見つめた。

『どうしてなりたくないっちゅあ!?』

 ちゅあは目に涙を浮かべて、私を見つめ返す。もう希望はなさそうだという目だ。だからさっきからだんだん強くなってるんだ。

「私は、フリフリでかわいい表舞台の世界なんて似合わない。身長181cmだし、この見た目でドレスなんて似合わないでしょ?」

『そ、そんなことないっちゅあ! 身長が高いからって、関係ない……』

「あるよ。私にとっては切実に」

 ちゅあは息を飲む。胸に手を当てる。

「自分が嫌な見た目にはなりたくないし、テンションは『みんなに合わせたい』から取り繕ってる。あと、私は痛いのもヤだから。マジカルクリームみたいに相当の覚悟がないと無理」

 きっぱりと言い放つ。まだ呆然としているちゅあの入った怪物が、私に迫ってくる。だけど、逃げなくても大丈夫そうだ。


……3。

「ちゅあ、だよね? ごめんけど……」

2。

「素質のある女のコみんなが魔法少女になりたい訳じゃない!」

……1……

「……だってそれぞれには、それぞれのやり方があるから!!!!」


 怪物の後ろで薄色の光が舞った。

 クリームが怪物を囲った。甘い匂いが漂う。怪物の頭上からフリフリの服を着て、赤色の泡立て器を持ったかわいい少女が現れた。マジカルクリームだ。

【あ!?】

「どうか甘さで寝落ちして! マジカル・エンド・シュガリーズ!!」

 薄色の花火がぱちぱちと輝いて、怪物を包み込む。

――グアアアアアッ!!

 光はどんどん大きくなって、怪物を飲み込んだまま消えていった。



【な……なっ】

 なんかサソリかクモかわかんない格好の女が、私達の方を睨みながら焦っている。

【……覚えてなさい!】

 そういって、闇を出しながら消えた。分かった、すぐ忘れとく。



 私の手に、ちゅあが収まった。光にやられたのか、目を回している。私もくらくらする。ちょっと座ろうかな。

「紫ちゃん! 大丈夫~!?」

 程なくして、変身が解けた来夢が私に駆け寄ってきた。おっと、繕わなきゃ。私は手をパチっと合わせる。

「ごめん来夢っ、結局戦闘に介入しちゃった」

「ううん。こちらこそごめんね、ダウンしちゃって」

「気にしなくていーよ! かっこよかったよ、マジカルクリーム!」

 笑顔を意識してそう返す。正直無事じゃなかったらどうしようかと焦ったけど、見た感じは無事そうでよかった。

「……紫ちゃん、分かってたんでしょ~?」

「ん? 何を?」

「私が戦闘中に戻ってくること」

 私は笑顔を壊さずに答える。

「ふふっ、そんなの当たり前だよ! だって来夢強いじゃん!」

 来夢の肩の傍に飛んできたプゥイは、ジト目で私を見ていた。内面とのテンションの差に気づいているんだろうけど、中学生なりの拘りにいちゃもんをつけるほど子供では無いみたいだ。まあテンションは違っても言ってることは本当だからね。

『……ちゅあ……』

 忘れてた。手の上でちょこんと座っているちゅあは、まだ絶望の中にいた。 来夢が心配そうにしゃがみこむ。

「だ、大丈夫……?」

『ちゅああああぁっ!』

 ちゅあは私の手から飛び、来夢の胸の方へ飛びこんだ。来夢はちゅあを撫でてやっている。さっきの会話の内容を知ってか知らずか。うーん、切羽詰まってたからやんわりと断れなかったんだよね。

「ごめんね、ちゅあ。言いすぎた」

『ちゅあっ……ぐすっ……』

「ちゅあくん?」

 来夢が柔らかい声で名前を呼んで、両手でちゅあの体を優しく包んだ。

「ちゅあくんは悪くないよ~、ちょっと運が悪かっただけだよ! ねっ、次の子探そ?」

『……でも、ボクは、いやがってる子にむりやりやらせようとしたちゅあ……』

「失敗しても大丈夫だよ~」

 来夢は甘く微笑んだ。ちゅあを地面におろしながら更に続けた。

「今回もね~、私失敗しちゃったけど、最後はちゃんと倒せたし、それにね……次に生かせるって考えたら、失敗も宝物、だよ!」

『ちゅ……宝物っちゅあ?』

 先生やクラスメイトが走ってくるのが遠くに見え、来夢は立ち上がるとそちらに走っていく。プゥイが慌てて来夢の方に飛び、スカートのポケットの中へと飛び込んで行った。私とちゅあだけが取り残される。

『……ちゅあ、失敗も……』

「成功に繋げることが大事、かな?」

 ちゅあは返事をしなかった。嫌われちゃったかもしれない、と思ったら、てとてとと私の方に近づいてきた。小さな手で、私の大きな膝を掴む。

『つなげてみるっちゅあ!』

「え?」

『他の子、さがしてみるっちゅあ……! ユカリやライムみたいないい子をみつけるちゅあ!』

 ちゅあはふにゃっと笑った。大丈夫らしい。私は黙って膝の手に人差し指を重ねた。妖精と約束をする時の、ありふれた作法だ。

「……あとね、ちゅあ……」

 先生やクラスメイトが不自然なほど大袈裟に来夢を心配している方を見る。私は苦笑いした。このセリフを言うことになるのは数ヶ月ぶりだ。


「毎日私に妖精が飛んでくるせいで、この学校魔法少女だらけだから。隣町に行った方が絶対いいよ……」





―――



 数日後の朝。普通に家を出て、来夢と学校に向かう。


「そのちゅあくんが……へえぇ~!」

 隣町でちゅあが女の子と飛んでいるのを目撃した、と伝えると来夢は目を輝かせた。

『あっさり見つかったプゥイ』

「らしいねっ! うん、ホント良かった!」

 あはははっと高らかに笑いながら、しっかりと歩幅を調節する。さっきから来夢が小走りになっていた。

「魔法少女って結構いるんだね~、私もあんまり会ったことないなぁ……」

「割と見かけによらないと思うけどね」

 赤信号で立ち止まると、来夢とプゥイが二人で話し始める。私は何かで頭を打たないか気にしながら考えた。

 結構どころではない、学校の三分の一だ。美人が選ばれやすいとか妖精との相性とかもあると思うんだけど……最終的には魔法少女に適正があるかどうかで選ばれることが多い。でも、選ばれたら否応なしに受けなきゃならないなんておかしいって私は思う。だから、断りたい時は断った方がいいって思わない?


「私、もっと強くならなきゃダメだね」

「えっ、そう? 十分強いのに?」

「……世界の平和、守らなきゃ」

 まあ、隣にいる来夢は断らなかった、いや断らないことを選んだみたいだけど。大事な信念があるのなら、貫き通すのは悪いことじゃないと私は思う。例えそれが私くらいひん曲がってた決意でも。



『プゥイ!?』

 鞄に隠れていたプゥイが声をあげた。来夢が空を見上げる。それから、「あ」の口をした。

『ミュニーーーー!?』

 私はすぐさま手を伸ばし、上から落ちてきた「それ」を受け止める。キュルキュルした目で、ネコ耳をつけて羽が生え……うーん、せっかくだから内面のテンションも変えよっと!

「紫ちゃん……」

『お前まさかまた……』

 私がにこっと笑いかけると、「それ」は目を点にした。おっ、怖がらない。それとも固まってるだけかな? 普通に笑っただけなんだけどな? まあ仕方ないねっ! 面倒事になる前に、と私は口を開いた。

「えーと、ごめんね?」



「私、魔法少女にはなれないから。残念だけど、別の子を探してね!」

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181cm ~私は魔法少女にはならない~ 甘衣君彩@小説家志望 @amaikimidori

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