181cm ~私は魔法少女にはならない~

甘衣君彩@小説家志望

【前編】

「いっけな~い! ちこくちこくぅ!!」

 大変だ大変だ、遅刻しちゃうよ~っ!

 目覚ましのアラームの音に背中を押されながら、食パンをくわえて、思いっきりドアを開けて走り出した。私ったらまた寝坊しちゃった! えへへっ!


 私、赤黄あかき ゆかり

 普通の中学二年生!!



  ……だったらよかったのに。



 気を取り直して……やっばーい! また先生に怒られちゃうよ~っ!!

『ちゅあぁぁぁぁぁ!』

「えっ?」

 正面から何かが飛んでくる。なんだろうと立ち止まる隙もなく、それは私の頭にぶつかってきた。

 ――ごっちぃぃぃんっ!

「ったぁ!!」

 尻もちをつく。食パンが地面に落ちてしまった。辺りを見回した先にいたのは、チョーゼツイケメンのお兄さん! とかではなく……

『ちゅ、ちゅあ!?』

「あー……先に言っとくけど」

 私は「それ」を顔から引き剥がした。そして、ふわふわして羽の生えた「それ」に向かってにこっと笑いかけた。「それ」はひっと声を上げて固まる。漫画みたいな汗がだらたらとでていた。あっれぇ、普通に笑っただけなんだけどな? おっかしいなー?


「私、魔法少女にはなれないから。残念だけど、別の子を探してね!」


 そのまま立ち上がる。「それ」は1mくらい飛び上がった。

『え、あ、ぶつかってごめんちゅあ!! そのっ、ユカリ?』

 私は長く伸びた髪を軽く直す。あーあ、食パンもったいないな……ビニール袋を取り出しながら屈んだ。

『あ、あの、えっと』

 食パンを入れたビニール袋を、手早く鞄の中に入れた。立ち上がると「それ」が再び目に入る。さっきの言葉が聞こえなかったのかな?

「ごめん、今急いでるから! それじゃ!」

『あっ!』

 また走り始める。えっと……いっけなーい、あと数分しかなーい!! 近所の人達が私の方をジロジロ見てるけど、仕方ないよねっ! だって、


 私の身長、181cmあるから。


 ダメだ。このテンションやめよう。

 赤信号で立ち止まり、何かで頭を打たないか気にしながら考える。昨日テレビで見たからやってみたけど、やっぱり無理がある、この妙なテンションは。今どきこんな「いっけな~い!」なんて叫ぶ中学生いないし、いたとしても《ピンク担当の魔法少女》くらいだもんね。私にピンクなんてかわいい色は似合わない。この身長じゃちょっと……ね。

 ただ、「いっけな~い!」までとは言わずとも、私には「テンションを取り繕う」必要がある。少なくとも、私の周りの人に対しては。


 そうこうしてるうちに、信号が青に変わった。走るのもめんどくさくなってくる。大股で歩き始める。


――きーんこーんかーんこーん……


遠くで学校開始のチャイムが呑気に鳴っている。これはもう間に合わないかな。



―――



――ゴッ!!


 教室に飛び込もうとして、扉の柱で頭を打った。一瞬教室が静かになる。それから、クラスのみんながどっと笑った。

「ぷっは、それ今週二回目じゃね?」

「おっちょこちょいかよぉ」

 クラスのみんなは基本優しい。こういうことがあっても笑いに変えてくれる。睨んでくる子もいるけど気にしない。

「紫ちゃん大丈夫~!?」

 そんな中、ぱたぱたと走ってきた子がひとり。まだ廊下にいる私を、首が折れそうな程がんばって見上げて心配してくれる。おっと、テンションテンション。

「ふへへ、大丈夫。ごめんねっ!」

 明るく返しながら扉をくぐると、その子はほっと息をついた。碓氷うすい 来夢らいむ。クラスの中で誰よりも優しくて、少しぽっちゃりで、のほほんとしたかわいい女の子だ。

「あれっ、先生は?」

「それがよく分からないんだよね~……」

 来夢は小声で付け加える。

「……探しに行った方がいいかな?」

「どうだろうね、誰か行くんじゃない?」

 私は普通の声でそう返した。来夢は「そっかあ」と不安そうに呟いた。そのとき前の扉が開いて、担任の先生が戻ってきた。なぜか顔に大きな絆創膏を貼っている。

「うふふ、ごめんごめん。色々あって遅れちゃったわ。それじゃ、授業を始めましょうか? あら、なんで何人か立っているの?」

「……あ、ご、ごめんなさい……」

 私は慌てて一番後ろ、窓際の席に座る。来夢も慌てたように私の前の席に座った。来夢はほっと肩を撫でおろしている。

 来夢は身も心も、ちゃんとした魔法少女だ。


―――


「クリームスケール!!」

――ぱああああ……!


 ほらね。

 来夢、いや魔法少女「マジカルクリーム」がベージュ色のふわふわクリームで怪物を囲い、キラキラと光を瞬かせる。かわいらしい音付きで。怪物の身体をクリームで絞め、光を当てるとダメージが当たる。

 マジカルクリームはフリルがいっぱいのカフェモカ色のドレスを着て、クリームで出来たゴムで頭の右上の髪をちょっとだけ結んでいる。流石にスカートの下はドロワーズらしい。派手な色でもいいけど、やっぱり薄色もかわいい。

 その光景を遠くに見ながら、私は中庭でひとりお弁当を食べていた。

「え~いっ!」

 マジカルクリームはクリームのレーザーを放つ。ほかにも魔法少女はいっぱいいるけど、来夢達が属する「マジカル〇〇」系列に関しては、一般人が観ても分かるタイプの攻撃スタイルだ。戦闘を眺めていると、デザートなんてないのに、もうお腹いっぱいになってしまう。

「プゥイくん、いくよ~!」

『りょうかいプゥイ!』

 と、彼女の方に赤色の何かが飛んで来たのが見えた。エルフみたいな尖った耳の、得体の知れない妖精「プゥイ」だ。あの会話、なんでここまで聞こえるんだろうね。私の耳が人より高い位置にあるから、ってことはないと思うけど。笑えない?


――シュポンッ!


 とにかく、プゥイはキラキラと輝いて、赤色のステッキ……いや、泡立て器へと変化する。マジカルクリームはそれを危なっかしげに手に取って、


「どうか甘さで寝落ちして! マジカル・エンド・シュガリーズ!!」


 叫んだ。薄色の花火みたいなのがぱちぱちと輝き、怪物の方に向かっていく。わあ、綺麗。昼だからあんまり見栄えしないけど綺麗な花火は怪物を含んで……


 爆発音はしなかった。そんなの、女の子の夢を壊すからだって。


 代わりに、流れ星みたいな音がして光が踊った。そして、ゴゴゴゴ……と地響きがする。怪物が倒れる音だ。一瞬街が静まり返った気がした。戦闘終了。その後に興味はない。私はお弁当に目を落とす。ほとんど食べ終わってない。来夢を待とうと思っていたけど、そろそろ食べないと授業に間に合わない気がする。同じ授業に二人も遅れるなんて怪しい。ここは先に……



 全然間に合った。走ってきた来夢は息を整えながら、私の傍に座った。可愛いお弁当袋を片手に持っている。俯き気味だ。

「どうしたの?」

「紫ちゃんごめん、倒しきれなかった……」

「ふぇっ、そうなの!?」

 素直に驚く。あそこまでやられて、呻き声をあげても、逃げる怪物は逃げるらしい。

「まあ仕方ないよ! 来夢頑張ってたもん!」

『オレ達が力不足だった訳じゃないプゥイ、敵が土壇場で逃げ出したんだプゥイ』

「わっ!?」

 来夢の首元からプゥイが顔を出す。胸元に入ってたみたい。ねぇ、妖精じゃなかったらセクハラだよ?

『まあ序盤の攻撃は甘かったかもなプゥイ』

「……ごめんなさい……」

 序盤何もしていなかったプゥイに言われたが、来夢はしゅんとしている。声が小さくなったのを見て、私は一応笑みを浮かべる。

「さ、はやくお弁当食べよっ!」

 来夢は言われるがまま、お弁当袋のファスナーを開けた。開けたけど、お弁当を取り出そうとはしない。

「ん、どうしたの?」

「……紫ちゃん、やっぱり先に食べてて貰ってもい~い?せっかく待ってもらったけど」

 来夢が立ち上がった。プゥイが胸から落ちそうになる。

『うわっぷい! ちょ、急に……!!』

「五時間目、間に合わなかったらごめんね~」

「えっ」

 私が止める間もなく、来夢は駆け出していく。お弁当袋のファスナーは開いたままだ。


――きーんこーんかーんこーん……


 昼休み終わりのチャイムが少し悲しい音色に聞こえてくる。来夢と一緒にこのチャイムを聞かないのは久しぶりだった。ま……まあ、プゥイが一緒なら大丈夫かな。生意気だし戦闘はあんまりしないけど、あれでもフォローはちゃんとしているから。


「……無理しないでね」

 私はそれだけ呟くと立ち上がり、満杯のお弁当を袋に戻した。



―――



「……」

 五時間目が終わっても、来夢は戻ってこなかった。周りのみんなが喋り始める中、頬杖をついて窓の外を見つめる。私のかわいげのない姿が窓いっぱいに反射しているだけだった。なんの音も聞こえない。

「赤黄さん、ちょっといい?」

「……あっ、はい!」

 先生が机の前まで来て話しかけてきた。一時間目と同じ先生だ。私は慌ててテンションを取り繕う。上げすぎたら逆にマズいかな?

「えーっと、どうかなさいました?」

「五時間目に保健室に行ったんだけど、碓氷さんいなかったの。確か体調不良だったわよね、どこにいるか知ってる?」

「えーっ!? そうなんですか!?」

 大袈裟に驚きながら立ち上がる。先生は驚き仰け反った。しまった、身長私の方が高いから。

「わ、私、探してきます!」

「え、でも赤黄さんもまだ六時間目が……」

 六時間目自習だからサボりたい。中学生の自習はうるさい。来夢もいないのに、一時間くらいこのテンション使って話し続けるのはキツすぎるんだって。

「先生、わたし達も行きます!」

「私も!!」

 私に続いて、何人かが立ち上がった。 先にその子達が教室から駆け出していく――その正体は、分かろうとおもえばすぐに分かる。

「……あ、ちょっと!」

 私も転びそうな勢いを意識しながら後を追った。えーと、そう。

「来夢、どこー!?」

「まちなさーい!」

 先生の高い声が、後から追いかけてきた。


――きーんこーんかーんこーん……


 校庭まで走って、私は膝に手を当てて息をついた。

 走るのも疲れるし、あのテンションをみんなの前で出すのもやっぱり疲れる。

 でも、私はあのテンションを貫きたい。取り繕わないと、本性が見えてしまう。とことん冷淡で自分優先な私は、みんなには合わないだろうから。


 そのままの体勢で見回して、もう一度戦闘場所を探す。既にあの子達が探しに行ったのに――あの子達は来夢が魔法少女だということを知らない――魔法少女ではない私まで探しに行く必要はないというのは分かってる。サボりたいのも本当だけど、来夢が大切な友達だから探したいというのも本当のことだ。

 それに私は……迷惑の範囲外でマジカルクリームの戦闘を見ていたかった。

 マジカルクリームは、私とは違う。何かのために魔法少女になると決意して、何かのために戦っている。その戦う様は、憧れでもあり、教訓でもあるんだと思う。だからって魔法少女になる気はさらさらないけどね。


「よし!」

 もう誰も見ていないのだからテンションを取り繕う必要は無いんだけど、私は明るめの声でそう言った。

「うん、まだ探せるところはあるよね! 」

 来夢の友達として、絶対に探し出してみせ――



――どぉぉぉぉん!



 爆発音がした。


 私は振り返った。一瞬時間が止まったかと思った。


 校庭の真ん中に、怪物がいた。


 いや別にそれはいいんだけど全然。知らん。


 でも、怪物の傍に倒れていたのは……


 力なく倒れた、来夢とプゥイだった。

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