八:三番街探訪 其の二

***

「萬事堂/ばんじどう」

 黄香ホァンシャン通りにある雑貨屋。生活雑貨だけでなくや異国の菓子などの珍しいものを販売している。店主は異国の出身らしく、その外見の薄気味悪さから近所の子供たちに怖がられている。彼は優秀な商人で情報さえも取り扱う。適当な代価を支払うならば誰にでも平等に協力するが、「規則の上の信頼」に厚い。

***


 フーチャンの言う「形の無い商品」が情報であるということをようやく理解した。

「ほぼ合ってるよ、さすが狐雨袁グウェンさんだ。手掛かりっていうかね、これから酒場に行くんだけども……」

「酒場……あぁ、に渡すための紹介状デスね。用意しましょう。もしもそこで手に入れた情報をワタクシにも譲ってくれるのなら、特別に銀銭五十枚でどうデス?」

 狐雨袁の持ちかけた取引に、常は苦笑しながらも、

「さすがにそれはちょっとな。彼女はあくまでうちの患者だからね。それに狐雨袁さんは本当に『優秀な商人』だから、適正価格を払ってさえくれれば自警団あいつらにも情報を売っちまうだろう?」

 と即答した。狐雨袁はその言葉を聞いて「えぇ、ごもっともです!」と笑った。胡には笑い事だとは思えなかったが、彼はあくまでも中立者であるらしいということを心に留めておいた。

「あぁ、しかし勘違いしないで頂きたい……。ワタクシは打算的なのデスよ。今はとりあえず、アナタ方と商売をする方が有益ですからネ、なんの理由もなく、目先の欲望だけでアナタ方を売ったりしませんので、ご心配なく」

 狐雨袁は続けて「あぁしかし、それはあの傲慢な彼らが適正価格を支払ってくれるのなら、の話デスがねぇ」と言って不気味に笑った。胡は心が見透かされたような気分になった。関わりの無い胡にとって狐雨袁のその言葉に偽りがないとは信じ難く、さすがに常のことを過信せずに、この情報屋を疑っておこうと密かに心に決めた。

「それで、狐雨袁さん。本来の相場は金銭三枚ってとこなのかな。あ、合言葉は知ってるから教えなくていいよ」

「当たりデスよ、常さん。それにしても詳しいデスね、アナタは誰にも紹介状を依頼した事がないでしょうに……」

「昔酒に肝臓をやられた患者が教えてくれたんだよ。『坊主もどうにもならん時はソイツを頼れ、よく当たるぜ。金銭三枚も払って紹介状を貰ってまで奴に会ったというのに、やはり妻に逃げられる未来は避けられなかった!』ってね。ほんとに気の毒だよね」

 狐雨袁は「それはそれは……」と哀愁の漂う声色で嘆いたが、顔には平素の微笑みが張り付いたままだった。


「その紹介状、えっと……彼? に渡してどうするのよ」

 例の酒場に向かう道の途中、胡は常にそう訊ねた。

「声大きいよ……。うーんまあ、実は僕もよく分からないんだよね。彼とは酒場で会って話したことはあるんだけど、こうやって依頼するのは初めてだし、いやぁ、まさか自分が依頼をするなんて思ってもみなかったよ」

 常は困った様子で答えた。期待した回答を得られなかった胡は「ふうん」となんでもないような相槌を打って、湿った暗い階段を登った。

 しばらくすると、ようやく少し開けた場所に出た。床屋や、定休日で閉店した花屋のシャッターを通り過ぎると、白昼にも関わらず賑やかな音楽の漏れ出る一室があった。

「さて、着いたよ。ここがさっき言ってた酒場。特にこれといった名前が無いから、大抵『憩いの酒場』なんて呼ばれてるよ。安直すぎて、センス無いよね」

 そう言って常が扉を開けると、先程から漏れ出ていた喧騒が一気に解き放たれた。明るい照明と賑やかな音楽、酒に酔った客の声で溢れかえっているそこは、胡に今までとは比べ物にならない活気を感じさせた。

「こんな賑やかなとこに探してる人がいるわけ?」

「いやぁ、実はこの上の階にいるんだ。今彼は仕事中だから、ね」

 人混みを避けながら常は上へ通じる木製の階段へと登って行った。胡もそれに続く。上階の廊下はまるで部屋の外のような、無骨なコンクリート造りで胡はそれに少し困惑しつつまたしても常の後を追う。彼はそのうちの一室で立ち止まり、ドアを九回ノックし、インターホンを鳴らした。

「久しぶりワンさん。こんな嵐の夜分にすまないね。占って欲しいことがあるんだ」

「その声……常、来たか。卜算の通りだねぇ」

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矜羯羅街の鬱屈 外山文アキ @mennnasi-no-harusame

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