七:三番街探訪

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「天帝信仰/てんていしんこう」

 神話に登場する「天帝」を信仰する矜羯羅街発祥の民間信仰。モクメという現象は天帝の与えた試練であり、天帝再臨に際し世界帝国を創るための選別であり餞別なのだとする考え方。勧誘時には天帝に誓って決まった文言を唱える規則があり、信仰も自由意志であるが、その誓文をも無視し思想を強制する過激派も存在している。外の世界では古い文化を学ぶこと自体が禁止されているためこの宗教は邪教とされ、矜羯羅街の中でも、過激派の存在によって比較的寛容な自警団でさえ規制を強化している。

 ***


 街へ戻った二人は黄香ホアンシャン通りを抜けて更に奥へと進んだ。人通りはさっきよりも減ったが、反対側の入口に近いそこは八百屋や肉屋など、より日常の色を濃く醸し出している場所だった。

「ここになんでも屋がある。生活用品から外国のスナック菓子まで、本当にどんなものでも売ってるんだ」

 その店の一角、「萬事堂」という看板のある店の前で立ち止まったチャンフーにその店を紹介した。

「ここでちょっと売りたいものがあってね」

「え、質屋でもあるってこと?」

「そうそう、ここは外国のスナックとか、日用品とかを売ってる店なんだけど、ここにある商品の中には中古品とか外から個人が仕入れた珍しい物もある。」

 常は中へ入って店主らしき男に挨拶をした。

「やあ、狐雨袁グウェンさん。親父があんたの店にって外で買ったアンティークのアクセサリーがあるんだけど、どうだい?」

  狐雨袁と呼ばれたその男はモノクルと城の形をした風変わりな帽子を着け、首には龍のような真っ黒の生き物のような飾りをかけている細身の男だった。脈絡とただならぬ風貌から、胡はこの男をこの萬事堂の店主だと判断した。

「おぉ、アナタは常さんじゃあありませんか!」

 店主は紳士的な口調で嬉しそうに言った。それに合わせて首にかけていた物が動く。

「い、生きてる……」

「アレ、お嬢さん。灰ネズミの成体をご存知ない……? というよりも、見ない顔デスねぇ……あぁ、騒ぎになってた新入りの方でしょうか?」

「え、なんで知ってるわけ? あんたも自警団なの?」

 胡は店主が自分の身の上を察したこと、そして首からかけていた飾りが例の灰ネズミの成体であることに驚き後ずさった。

「胡、この人は狐雨袁さん。この店の店主で、顔も広くてね……そして狐雨袁さん、この人は胡。外から来たうちの患者だ」

「へぇ、患者様でございましたか。ここはどうにもオカシな場所デスが、ワタクシ皆様の良きパートナーデスので、今後ともよろしくお願いしマスね、お嬢さん」

 狐雨袁は紳士的な振る舞いを崩さずに挨拶を済ませ、「ところで、例のものを」と本題を戻した。常はポケットから小さな木箱を取り出し、狐雨袁に手渡した。

「ふむ、これでございマスか。木箱はこの国の物でしょうが、中身は……おぉ、おぉ!」

 狐雨袁はさっきまでの口調や雰囲気とは打って変わって、「間違いない! これはすごいぞ!」などと興奮気味に独り言を叫んでいた。あまりに大きいので路地にそれがこだましている。

「いや、これは凄い物を手に入れましたね! 間違いなくこれは異国のものデス。それも数百年前に存在した王朝の、貴重なオパールのリングだ! これは何としても買いたい……金銭二十枚と銀銭五十枚はどうデスか!」

「言い値でいいのかい? 僕も父さんからいくらで買ったか聞いてはいないけどさ……」

「いいのデス! あなた方がいちばんよく分かっているハズだ。ワタクシは良い物には惜しみなく、相場以上の価値を与えるのデスよ。このようなものと巡り合わせてくれたお客サマへの敬意を込めて!」

 常は笑いながら「知ってるとも、いつも親父が助かってるってさ」と言った。

「大丈夫なの? 安く買ってることとかないの……?」

「安心してよ、この人は初対面じゃ怪しいかもしれないけど、商売においては嘘をつかない。うちの親父がそう言って十年ここと商売しているんだ。間違いない。この場所は覚えておいて損は無いよ。」

 胡は常がそう言うなら、と信じてみることにした。狐雨袁がリングを買おうと金を用意しようとした時、常がそれを止めた。

「あぁ、狐雨袁さん。お金はまだ出さなくていい。『形の無い商品』を買いたくてね」

 その言葉を聞き、狐雨袁はピクリとした。そして顔を上げて怪しそうに笑う。

「ナルホド、当てましょう……彼女についての情報。……いえ、その手がかりが欲しいのデスね?」

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