六:天帝
***
「モクメ/もくめ」
この国にのみ存在する謎の現象。病気とも呪いとも、様々な推測が存在しているが正体は不明。身体の一部が徐々に黒変していき、木目のような紋様が現れる。日光によって病状が促進され、月光によって抑制される。末期には角のような物体が生え、紋様が顔に達すると顔を見られてはならなくなるため、仮面をつけなくては生活できない。しかし身体能力の向上などの良い影響もある。どうであれ、この世界に存在してはならない災厄であることに変わりは無い。
***
「天帝信仰……聞いた事ない宗教だけど」
「そうだろうね、この街から広まってるし、そもそも異教扱いされてるから大っぴらに信仰している人間なんか外にはいない。天帝ってのは神様の一人だね。神話の時代にこの世界を創ったって言われてる。昔学説を読んでみたんだけど、実在の英雄が最初の王朝を築いた話を脚色したものだとか、太陽と同一視された存在だとか、その両方だとか、色々ある。おっと話が逸れてしまった。とにかくその神話をベースに矜羯羅街で信仰されているのが天帝信仰」
「この国の伝統的な神話……あーなんか、知ってるような……」
「お。覚えているのかい?」
「いや……朧気だけど雰囲気が想像ができるだけで、内容はよく分かんないわ」
常は「それは知ってるって言えるの?」と言ったが、「な、なによ。仕方ないじゃない」と胡が逆上しかけたために咳払いをして話を戻した。
「えっと……続けよう。変だと思わないかい? 天帝はこの国の神話に出てくる神様だ。なんで天帝信仰が異教扱いされてるんだろうね」
常は胡に問いかけた。彼女は少し考えたあと、「あ、」という表情をし
「禁止されてる?」
と答えた。
「そう、それも理由の一つだ。正確に言うと白陽教って言う外国から入ってきた宗教を信仰するように国が促進してるんだよ。外国の力に追いつくために外国の文化を取り入れようとしてる。知ってる?」
胡はまた首を横に振った。常は首を傾げた。
「やっぱり君は国外の人間なのかな……この国のことなら少しは知っていると思ったんだけど」
胡は常と首を傾げた。無論答えは出るはずもなく、常は話を戻した。
「もう一つは、忌まわしい存在だとされているモクメを天帝が与えた試練だとして迎合している点だ。そこまではいいけど、さっきのじいさんみたいに人に思想を押し付ける輩もいる」
常は余程怒っているのか、少し声に怒気が篭っていた。
「療師である常にとって、治らない病気を患った人間が増えることは辛いことなの?」
常は「そりゃあそうさ!」と声を上げた。そして饅頭の、最後の大きな一口を頬張って飲み込むと立ち上がり、
「僕はね、モクメを治療する薬を作りたいんだ。でも別に儲かりたいんじゃない、一人でも多く治したい。それだけさ」
と高らかに言った。その後、彼は下を向いて黙り込んだ。
「どうしたの、常。お腹でも壊した?」
「そ、そんなことないよ。ただ……あぁ、やっぱり君には話しておくべきだ」
常は独り言のように言うと溜息をついた。
「普段はこんな話したくないんだけどね……僕の母さんはあのモクメのせいで死んだんだ」
胡ははっと息を飲んだ。「そ、そんな話ならしなくても……」と言ったが、それを遮って常はゆっくりと口を開いた。
「親父が言ってたんだ。僕が物心つく前に、母さんはモクメに罹った。親父が必死に治そうとしたけど無理だったし、今よりも分からないことが多かったから、病状は進行するばかりで、家族全員……そこで唯一の医者だった親父でさえ、集落の人間に差別されたよ」
常はそこまで話すと、一呼吸置いて上を向いた。前髪で隠れていても、胡にはその目つきに含有した哀しみが見て取れた。
「ある日母さんは身投げした、海の中に。それで死んだ。僕達の差別は自分のせいだって思ってたみたいだった。でも母さんが死んでからも差別はしつこく残ったって親父が言ってた。それで結局、母さんが死んでからここに来た」
常はなるだけ感情を顔に出さないために、淡々と父親から聞いていた事実だけを話した。胡は最後まで黙り込んでいた。本当に短い付き合いだが、胡にとって常のこのような悲痛な一面は意外だった。
「常……ごめん、こんな話させて」
「あ、いや良いんだよ。この話は知っておいて貰いたかったんだ。この国で、モクメであるだけでどれだけ悲惨な運命を辿るのか。まあ、安心してよ。この街は外よりも優しい。外が拒む全ての受け皿なんだ。この街は今更何も拒みやしないから、上手くやれるさ」
常は話終えるともういつもの調子に戻っていた。
「さてと、行くとしますか」
「三番街の案内?」
「そうさ。まだ一日は長いんだからね。今日中に行きたいところもあるし。戻ろうか」
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