五:隠者
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「黄香通り/ほあんしゃんどおり」
三番街にある伝統的な市場。衣類や食事、生活必需品などを売っている店が立ち並んでいる。規模こそ商業区である五番街に劣るが、今でも、特に三番街の住民にとっての憩いの場となっている。
***
「おじいさん、なんなの話って。聞くだけならいいけど」
すると老人は二、三回大きな目を
「あんたぁ、見るからに新入りだ。ここでの生活は慣れたか」
「いや……その、慣れたも何も、昨日来たばっかりなの」
「おお、ちょうど良かった。わしぁ薬売りなんだよ。良かったら一粒試してみないか。病気じゃあなくても元気が出るぞ」
そう言うと老人は腰に着けていた袋から一粒の
「ほれ、これだ。一粒やる。タダだよ」
老人はニンマリと笑った。それに対し胡は何か不穏なものを感じ取った。老人の皺だらけの掌に乗った丸薬を睨み、手に取ろうかどうか悩んでいた。老人は手の上で丸薬を転がして催促している。そんな無言の問答が数秒続いた時、ちょうど
「どうしたんだい胡、そのおじいさんは。……っ、それは!」
常は丸薬の乗った手を払い除けた。すると老人は血相を変えて「な、何をするんだ!」と怒鳴った。
「ねえじいさん、分かってるよその手口。天帝信仰の過激派だろう? こいつはうちの患者でね、手出しはさせないよ」
冷たい声で言うと常は老人の顔を睨みつけた。老人はその気迫に押されて、次第に怒りと自信を失っていった。
「ゆ、許してくれ……見逃してくれ……」
「お前みたいな奴のせいで余計にモクメの患者が増えているんだ。仕事が増えるのはいいことだけどね、あれは不治の病みたいなもんだ。そんなの増やして、どうするって言うんだい?」
「モクメは……病気じゃない! あれは天帝様の試練なのだ」
「出たよ。天帝信仰の奴らはみんなそう言うね。もういい、このことは自警団には黙っとくから早くどっかに行くことだよ」
常が終始冷ややかな声で話終えると、老人は細い路地へと逃げていった。老人はしおらしい様子だったが、最後まで常を睨んでいた。
「……えぇっと」
胡は何が何だか分からずにいた。それに気がついた常は「あ、あぁ。ごめん」と少し慌てた様子だった。
「えっと、そうだな。予定変更! 一旦外へ出よう。日差しが暑いだろうけどここらよりは快適だと思う。順を追って説明するから、豚肉饅頭でも食べながら話そう」
「その、常。なんなの? モクメとか、天帝信仰だとか」
胡ら聞きたいことばかりだった。知らない言葉が一度に幾つも出てきたのだから当然の反応だ。常はどこから話そうか、と少し考え込んだ。
「うん、そうだな……まずモクメについて。仮面を被った人は見ただろう? 彼らに関係があるんだよ。この街、あるいは外でも発症する原因不明の現象だ。発生方法は二つあって、一つはよく分かっていないんだけど、もう一つはあの丸薬を食べることだ。身体のどこかが黒く変色して、痩せていく。そして段々木目みたいな紋様ができてくる。それがモクメって名前の由来になっているんだ」
常はそこまで話すと「ここまではいいね?」と胡に訊ね、饅頭を一口食べた。胡は顔を顰めつつも、頷いた。それを見た常は饅頭を飲み込み、話を続けた。
「よし、じゃあ続けよう。あれは日光で進行する。逆に月光を浴びると抑制されるんだけどね。治せるわけじゃないけど、進行を遅くする漢方ならある。でも止まるわけじゃない……。そして末期になると角や枝みたいな物が生えてきて、紋様が顔まで来るとあの仮面をつけないといけなくなる」
「なんでなの?」
「顔を見られると自我を失ってしまうんだ。仮面自体はなんでもいい。顔を隠せるかどうかが大事だ。あと、あれは呪いだとか、病気だとか、試練だとか色んな説があるけど……ひとつ言えることは完治した例がないってことだ。だから厄介なんだよ」
胡はそれを聞くと不安そうな顔をした。それを見た常は笑って彼女の肩を軽く叩いた。
「大丈夫。これだけは分かって欲しいんだけど、感染性では無い。彼らは外では伝染るからって差別されてるんだ。僕も昔……あ、いやこの話はよそう。まあ、この街でも差別が無いわけじゃないけど……」
「療師? の、あんたが言うなら信じるわ」
胡は何やら引っ掛かりを覚えたが気にしないようにした。
「それにしても、もしも君がこの国の人間なら少なくともモクメや異形は見慣れているはずだったけど……本当に記憶が無いのか、もしかしてこの国の人間ですらないのかな?」
胡は首を横に振った。分からないという意味だと常は「やっぱりわかんないか」と言った。
「まあいいや、君の記憶に関しては、手がかりをつかめる方法は幾つかあるしそれはいつか試すとして……まあ今は、さっき言ってた天帝信仰についても話しておかないといけないかな」
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