【番外編】ハトにときめきは生まれるか

 キャンベル伯爵家のご令嬢、ウィン・キャンベルには、最近気になる男性がいる。

 彼の名前はリオ。山奥に住む錬金術師だ。


 今はまだ、時々錬金術を教えてもらう程度の関係の2人。

 そんなある日のこと。2人はキャンベル領を散策する約束をした。

 きっかけは店で錬金術の素材を見たいとリオが言ったからか、ウィンが美味しい料理の店の話をしたからだったか。


 まあ、そのあたりはなんでもいい。

 要は2人で出かけることになったのだ。

 つまりはデートである。


 ウィンとて年頃の女の子。気になる異性と2人でお出かけなんて、ワクワクしないわけがない。

 若草色の髪を丁寧にとかし、着ていくドレスを選びに選ぶ。

 妹とは違い凡庸な丸顔だが、それでも精いっぱい綺麗に見せようと努力する。

 わくわくした気分でいっぱい。足取りは軽く、羽が生えたかのよう。

 そんな乙女思考で日にちを数え、満を辞してやって来たデートの日。


 ウィンは1匹の白ハトになっていた。


「ポオゥ……」


 ウィンは鳴いた。

 泣くしかなかった。



 □■□■□■



 羽根が生えたようだのなんだの言っていたが、本当に羽が生えるとは思いもよらなかった。


 こんなことになった経緯をざっと説明しよう。

 ウィンには美人な妹がいる。

 妹の名はプルウィア・キャンベル。そのモテ具合たるや、もらった宝石で家が建ち、舞踏会ではお誘いの列が会場の外まで続くほど。


 当然、妬みや逆恨みも多い。

 意中の男性にプルウィアが好きだからと断られたご令嬢が、プルウィアに牙を剥くことも少なくない。

 そう、まさに今回のように。

 犯行時刻は本日午前。どこかのご令嬢が「この泥棒猫!」とベタなセリフを言い放ち、錬金術師に作らせた「ハトの変身薬」をぶん投げた。

 ウィンに。

 要は人違いである。


 粉はウィンに見事命中。あら不思議、ゲホゲホという咳き込む声は、クルッポゥという鳴き声に。

 煙が晴れた時には、1匹のまるっとした白いハトが現れた。


 勢い余ってやってしまったご令嬢は、家の使用人たちに引きずられていった。

 多分明日には豪華なお詫びの品々と一緒に親が謝罪に来るだろう。

 情に厚い妹は、姉が自分の身代わりになったことをひどく嘆いた。


「姉さん、すまない! 私のせいで」

「クルッポゥ(妹が無事でよかったよ)」

「あのご令嬢め、今すぐ締め上げて鶏のような鳴き声をあげさせてやる…!」

「ポッポポウ(勘弁してやってください)」


 美人妹の隠れた特技は、父譲りの肉弾戦だ。

 必死の説得の末、1つの傷害事件を喰い止めたウィン・キャンベル。

 しかしまだ問題が残っていた。

 そう、今日のデートである。


 とても楽しみにしていたが、この姿では諦めるしかあるまい。

 首をひねり、しょげる白ハト。

 そんな彼女を見て、妹は長いまつ毛を震わせた。


「くっ、私のせいだ。せめて出来ることは、元凶であるご令嬢をやっつけることしか」

「ポッポォオオ(振り出しに戻っちゃった)」



 〜再び妹を説得して、数時間後〜



 デートの約束の時間。

 待ち合わせ場所にて。


「……で、その姿で来たんですね」

「ポウポポウ(私が行かないと傷害事件が起きそうだったんだ)」


 ときめきやドキドキを彼方に置き去り、ハトと青年のデートは始まった。



 □■□■□■



 錬金術師の男性リオ。

 キャンベル領から南にあるキャスパー領。その山奥に住む錬金術師の元で、日々研鑽を積んでいた。


 少し青みがかった髪に、日焼けした肌。

 柔らかいヘーゼル色の瞳は、いつも眠たげでどことなく無気力感がある。

 しかし錬金術の腕前はなかなかのもので、ウィンも時々手ほどきを受けていた。


 貴族はいけ好かないと思っているリオだが、ウィンのことは割と気に入っていた。

 それは彼女から、貴族特有の傲慢さを感じないからだろう。


 というか、本当に彼女の思考は読めない。

 今日だって待ち合わせ場所に来てみれば、やって来たのは、緑のリボンを首に巻いた白いハト。

 不幸な事故でハトになってしまった、というところまではともかく、普通そのまま待ち合わせ場所に来るだろうか。

 神経の細い令嬢なら、そのまま気を失っていてもおかしくない。ウィンの神経はごん太のうどんのように図太かった。


 ウィンの首には、リボンとは別に小さな袋が括り付けられていた。

 白い紙の束と小さな小さなインク瓶、それに四つ折りの手紙が入っていた。


 まずは四つ折りの紙を開いてみる。

 それは妹の手紙だった。

 自分のせいで姉がハトになってしまったこと、なにとぞなにとぞ姉をよろしくお願いします、という文章が綴られていた。

 いや、お願いされても。


「解毒剤作る方が先じゃありません?」

「ポゥ」


 ウィンは3本の爪のついた足を器用に動かして、白紙を取り出した。地面にインク瓶を置いて「開けてくれ」とクチバシでつつく。


 リオが従って小瓶の蓋を開けると、ウィンは足の爪先をひたして、白紙に文字を書き始めた。

 つま先立ちをして翼をはためかせながら、自分の体をペンの胴代わりにして文字を書いていく。

 その姿を見て「器用だなあ」という感心するより「人間やめてるなあ」という感想が先走ってしまう。

 ウィンは文字を書き終えると、たしたしと羽根で紙を叩いた。


『効果は今日中に切れるらしいです。だから安心してください』

「いや、当事者にはもう少し不安がって欲しいんですけど……」


 びし! と翼を掲げて丸のポーズを作るウィン。「大丈夫」のつもりだろうか、何も大丈夫ではない。

 リオはかなり不安だったが、自分のためにここまで来てくれたことを思うと、追い返すのもためらわれた。


 仕方ないので、ウィンを肩に乗せて出発した。

 どちらかというとデートではなくハトの散歩だった。



 □■□■□■



 2人は小さな広場に着いた。

 広場の真ん中には噴水があり、待ち合わせ場所によく使われる。

 陽の光を浴びてきらきらと光る噴水が美しい。


「なんか食べましょうか。買い食いもいいですね」

「クルッポゥ」


 デートらしい会話に、ウィンはちょっと嬉しくなった。


「でもウィンさん、今パンくずくらいしか食べられませんよね。パン買って来ましょうか」

「ポウ(面目ねえ)」


 デートらしさは5秒ともたなかった。


 せめてもの抵抗で、有名なパン屋でモッチモチのパン生地のサンドイッチを買った。

 リオが手のひらにパンくずを乗せてウィンに分けてやる。

 隣でご老人が同じようにパンくずをハトに配っているのは見ないフリをする。


(ああ、誰がどう見てもデートじゃないなァ、これ)


 空を仰ぐ。デートにぴったりの晴天が眩しいぜ、ちくしょう。


「ウィンさん」


 とんとん、と頭をつつかれて振り向くと、リオは懐から白い紙を取り出した。

 鳥の形に切られた紙の束だ。それにさらさらと粉をかけて、ふっと紙を吹く。

 すると白い紙はぱたぱたと空に飛んでいった。


 錬金術だ。ウィンは小さな黒目をきらきらとさせて、紙の鳥を見上げる。

 白い鳥が舞うと、降りかかった粉に太陽の光が反射してとても綺麗だった。

 楽しそうに跳ねるウィンを見つめて、リオは頬杖をついて微笑んだ。


「お気に召しました?」


 突然の優しい笑顔に心が躍る。

 きっとリオはウィンを楽しませるために準備をしてくれていたのだ。

 ウィンがいつもよりオシャレをしたように。

(なおそのオシャレは現在ふかふかの羽毛におおわれている)

 ハトと人間がいい雰囲気になりかけたその時だ。



「うあああああん!!」



 幼い子どもの泣き声が響く。

 慌てふためいた母親に、大泣きする少女。

 それにさっそうと空に飛んでいく一羽の灰色カラスが見えた。


「カラスにブローチ取られちゃったあああ」

「だから落とさないように、ちゃんと洋服に付けておきなさいと言ったでしょう」


 カラスにブローチを取られてしまったらしい。

 母親の言葉から察するに、手に持っていて地面に落としたところを掻っ攫われたのだろうか。


「今日はヘンデルに会うから、おしゃれにしたのに!」

「諦めなさい。もうすぐ待ち合わせの時間よ」


 そう言われて諦められるはずもない。女の子はわんわんと泣いている。

 ウィンは思わず翼をはためかせて空に飛んだ。


「えっ、ウィンさん?」

「ポー!(すぐ戻ります)」


 高度を上げる。視界を遮るもののない空で、カラスはすぐに見つかった。

 カラスはレンガの屋根に着地した。すぐそばの煙突のてっぺんには巣があった。


 ウィンが屋根に着地すると、振り返ったカラスがギロリと睨む。

「やんのかてめえ」と言わんばかりだ。

 そのクチバシにはきらりと光るブローチが。


 自分より2回りほど大きいどっしりとしたカラスのボディ。その威圧感に思わず後ずさりしたが、ウィンは首を振ってばさりと翼を広げた。


「ポオゥ……」


 ウィン流、威嚇のポーズである。

 少しでも体を大きく見せようとした結果だ。


「カァ……」


 灰色ガラスが一歩前に踏み出した。

 2羽の間に緊張した空気が走る。

 怯むな、前を見ろ。

 人間の恐ろしさを教えてやるのだ。


「ポォーッ!」

「カァーッ!」


 激しい鳴き声を合図に、2羽は翼をはためかせた!


 ──そして。


 灰色ガラスに、大量の紙の鳥が張り付いた。


「ポォーッ!」


 ウィンは飛んできた紙の鳥の勢いでひっくり返った。


「カァーッ!」


 灰色カラスは鳴き声を上げながら暴れた。

 咥えていたブローチが屋根を跳ねて下に落ちていく。


 ウィンが慌てて後を追う。

 ブローチはそのまま地面に落下し──、追って来たリオの手のひらにおさまった。

 ずいぶんと急いで走って来たのだろう。肩で息をするリオは、額の汗を拭い一言。


「ウィンさん……。女の子なんですから、カラスと戦わんでください」

「ポオ(ごめんなさい)」


 ど正論にウィンも謝るしかなかった。



 □■□■□■



「ありがとう、ハトのお兄ちゃん!」


 噴水の前で泣いていた女の子にリオがブローチを返してやった。

 鼻水をすすりながら満面の笑みを返されて、肩に止まった白ハトもご満悦だ。


「まったく、見ず知らずの他人のために無茶しないでください」

『ごめんなさい』


 ウィンは筆談で謝罪した。確かに今日は、リオに心配ばかりかけていた。

 ただ、あの女の子の言葉がどうしても気にかかってしまったのだ。


『好きな人のためにおしゃれした女の子を放っておくのは忍びなくって』


 その言い訳に、リオはちょっとだけ目を見開いた。そうしてまじまじとウィンのハト姿を見て「そうですか」と呟いたのだった。


「ま、分かりましたよ、もう言いません。せっかくですから錬金術の素材を売ってる店とか見に行きますか?」

「ポウ!(行きたい)」


 そうして1人と1匹はキャンベル領を練り歩き、買い物を楽しんだのだった。



 □■□■□■



 その日の夜。


 ウィンは自室の姿見の前でまじまじと自分の姿を見つめた。

 羽の代わりに2本の腕。クチバシの代わりについた桃色の唇。

 5本の指で頬を引っ張る。ウィンの姿はすっかり人間の姿に戻っていた。


「戻ってよかった……」


 ウィンはベッドに倒れ込んだ。

 姿が戻ったのは、デートから帰った数時間後だ。どうせなら後少し早く戻ってくれれば、少しでも人の姿で一緒にいられたのに、と思う。


 錬金術を見せて楽しませてくれた姿、カラスから助けてくれた姿。今日一日のリオの姿を思い出してはときめいた。


(ああ、かっこよかったなあ……)


 けれど逆に、リオがときめくシーンはなかっただろう。だってこっちはハトだったもの。


(次こそがんばろう、うん)


 気合いを入れ直し、ウィンは楽しい思い出と共に眠りについたのだった。



 □■□■□■



 同時刻。


「兄弟子、おかえんなさーい」


 リオは山奥の家に帰って来た。

 扉を開けると、弟弟子がにやにやしながら迎えてくれた。


「今日、ウィンちゃんとデートしたんすよね? どうでした? いつもと違うウィンちゃん、可愛かったっすか? ときめいちゃった?」


 女の子にぜんぜん興味がなさそうな兄弟子であるリオのデート。

 弟弟子はわくわくが止まらなかった。

 そんな彼に、リオは真顔で返答する。


「ウィンさんはハトになっていました」

「なんで!?」

「不運な巻き込まれ事故で。なので、一緒に噴水のそばでパンを食べました。パンくずを食べるウィンさんを眺めたあと、一緒に街を散歩しましたね」


 弟弟子は口をあんぐりと開けた。

 それもうデートやない。老人の日課や。


「あと、ウィンさんがカラスと戦ってました」

「野生に帰ってるじゃないですか」


 弟弟子はガックリと肩を落とした。

 男女のラブロマンスを聞くはずだったのに、男はハトの餌やりをして、女は野生に帰ってしまった。どうしてこんなことに。


「ええと、それはときめくどころじゃなかったっすね。まあ、次はきっと」

「………いや」


 リオは昼間のウィンを思い出す。


 ──好きな人のためにおしゃれした女の子を放っておくのは忍びなくって。


 あの言葉を見た時、ウィンが首に緑のリボンを巻いていた理由にようやく気づいた。

 きっとウィンは、今日のためにうんとオシャレしたのだろう。

 けれどそれは全部羽毛の下に隠れてしまった。

 それでもなんとかお洒落したくて、付けたのがあの緑のリボンだったのだ。


 ──リオに見てもらうために。


 それを思い出して、リオは口元を抑えた。


「……正直、結構ときめきましたね……」

「え……? 相手ハトだったのに……?」


 こうしてウィンとリオのデートは、お互いに相手にときめきを残して終わった。


 弟弟子に「兄弟子がハトにときめくようになっちゃった」という衝撃と一抹の不安を残して。



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ハトになったらモテ期がきた〜ぽっぽう、ぽぽう、ぽぽー!(訳:婚約破棄上等、錬金術で幸せを掴んでみせます)〜 結丸 @rakake

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