第29話 ハトになったら恋をした


 ミレイユによる誘拐事件から、およそ1週間後。


 ミレイユによるウィン誘拐(正確にはハト)は示談が成立した。

 なんとジェオジュオハーレーは激怒する両親を説き伏せ、鉱山の所有権をキャンベル家に譲渡したのだ。

 なんでも、1年以内に鉱山喪失による損益を挽回するという約束で家族とは決着したらしい。そんな一手が見つかるかどうかは分からないが、ジェオジュオハーレーはそれを見つけるため、領内の山や鉱山をかたっぱしから渡り歩いて調査しているらしい。

 首謀者のミレイユは、ジェオジュオハーレーと共に行動している。定期的にキャンベル家が付けた監視役から報告が入るが、今のところ大人しくしているようだ。

 先日のジェオジュオハーレーの態度に、感じ入るものがあったのかもしれない。


 キャンベル家もウィンが人間に戻ったことで、男爵たちの求婚もなくなった。ハトに関するうわさも下火になり、少しずつ落ち着きと平穏を取り戻していった。


 そして、ウィンの現在は。


(ああああ、どうしよう、どうしようかなああ)


 ちっとも平穏が戻っていなかった。


 なにせ先日、憧れの錬金術師の少年=リオという大事実が発覚してしまったのだ。

 しかもその後、キャンベル家はハイル家との示談や、求婚していた男爵たちの対応でごたついていた。そのためリオとはあれ以来話せていなかったのである。


 そして今日、ウィンは久しぶりにキャスパー領の森にやってきていた。

 「先日のお礼に錬金術師の2人をお茶会に招待しよう。ウィン、誘ってきなさい」というサン・キャンベルの一言のためだ。

 普通ご令嬢みずから招待状を渡しに行かせたりはしない。父親の顔には「おもしろそうだから行かせたい」とありありと書かれていた。

 リオのことなど一言も話していないのに、何を感づいたのか。敏腕領主、怖い。


 そんなわけでキャスパー領まで足を運んだのだが、ウィンはレンガの家のすぐそばをぐるぐるとうろつき回っていた。


(私、「錬金術師の少年に出会ったら結婚を申し込むかもしれません」なんて言っちゃったし! なんでそんなこと言っちゃったんだ!)


 結婚を申し込むかも、と呑気のんきに画板を掲げていたハト頭を心の中でぽかすか殴る。

 本人とも知らず褒めちぎってしまったし、普通に気恥ずかしい。

 いったいどんな顔をして会えばいいものか。


「いっそもう1回ハト人間に変身してから――」

「やめてください。レグルスが大騒ぎするから」

「ぴぎゃーっ!?」


 ウィンが飛び上がって振り返ると、後ろには悩みの種がいた。


「何やってるんですか、ウィンさん。人の家の周りをうろうろと」

「りり、リオ。いや、あの、ちょっと考え事をね」

「ちょっとハトの動きに似てましたよ」

「えっ嘘。首とか振ってた?」


 思わず自分の首を触るウィン。


「そういえばウィンさん。まだ錬金術を学ぶ気あるんですか?」

「え、あるよ?」

「あるんだ……」


 驚かれた意味が分からず、ウィンは首を傾げた。


「普通はもう嫌になるもんですよ。あんな目にあったんだから」


 ウィンはぱちぱちと目を瞬かせて、それからにこっと笑う。


「でも、楽しかったよ」


 それは本心だった。宝箱のようなのみの市で素材を探して、リオとレグルスに教わって指輪を作って。ずっと欲しかった時間を、一気に手に入れることができたのだ。


「キャンベル家を狙う悪事もひとつ潰せたし、鉱山も手に入ったし、結果的にいいことのほうが多かったかなー」


 うんうんと頷くウィンを見て、リオは呆れ顔で笑った。

 ウィンの若草色の髪を一房、指でそっとすくい上げ、ヘーゼル色の目をやわらかく細めて、口元だけ少し意地悪く笑う。


「それに初恋の少年にも、出会えましたもんねえ?」

「――! あ、あのですね、リオさん」

「はい?」


 リオは笑って首を傾げた。ものすごく楽しそうだ。


「その、ええと、その件に関するここ数日の記憶は忘れていただけると」

「どの件でしょう」

「だから、その、結婚とか」

「……へえ。忘れていいんですか?」


 ぐい、と顔を近づけられて、ウィンの視界はヘーゼル色でいっぱいになった。

 思わず「ぽう!」と鳴きそうになる。

 リオは「ま、いいや」とぱっと手を離し、家の方に向かって歩き出した。

 ウィンはその背中を見ながら、ちょっと離れて後ろを歩いていく。


「じゃあ、一旦忘れます。それで、錬金術」

「へっ」

「まだ学ぶ気、あるんですよね」

「あ、へえ、はい」

「じゃあ俺が教えてあげますよ」

「えっ! ど、どうして?」


 予想外の申し出に、思わず問いかけてしまう。

 あれだけ迷惑をかけたのに、しかも嫌いなはずの貴族である自分に錬金術を教えてくれるというのか。

 リオは背中を向けたまま淡々と返す。


「あんた、ほっといたらまた暴走しそうですから。それで、失敗したらまた俺たちを頼ってくるでしょ? ハト人間になってから来られるより、未然に防止したほうがいいと思って」

「ぽお……」


 あからさまな危険物扱いに、思わずハトの声が出た。

 けれど、これはひねくれたリオなりの優しさなのだ。本心ではない。多分、きっと、おそらく。


 また錬金術を学べるという事実と、これからもリオとレグルスに会えるきっかけができた嬉しさで胸がいっぱいになる。ウィンは満面の笑みを浮かべて、リオの背中にお辞儀した。


「それじゃあ、これからもよろしくお願いします。リオ師匠」

「はい、どうも。――ああ、それと」


 リオは振り返り、にやりと笑った。


「思い出して欲しくなったら、いつでもどうぞ?」


 ウィンは思いきり固まった。

 ああ今すぐハトになりたい、と心の底から思う。

 真っ赤になるこの顔を、羽根でおおい隠せてしまえたら、と。


 かくして、キャンベル家を騒がせたハト騒動は幕を閉じる。

 キャンベル家の長女に、とある錬金術師の兄弟子が新たに指輪を贈るのは、もう少し先の話。



 □■□■□■


 ハトになったらモテ期がきた、これにて完結です!

 お付き合いいただいた皆々様、ありがとうございました。

 道端のハトを見て、思い出し笑いをしていただけたら幸いです。


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