第28話 ミレイユのその後
それから1時間後。
「はあ……、戻った」
「まだ羽根が生えている気がします」
サン・キャンベルとアリエラは、腕や背中をさすりながらため息をついた。
時間経過で薬の効果は消え、彼らは無事に人間の姿に戻っていた。
ウィンのいい加減な薬とは違い、ミレイユの作った薬は1時間できっちりと効果が切れるようになっていたようだ。
白ハトのリリーも無事に保護されて、当初の目的は達成だ。
「さて、と」
口をなんども触って、クチバシがついていないことを確かめたサン・キャンベルが視線を横に滑らせた。
そこには今回の犯人、ミレイユ・ミラージュが座り込んでいる。
ミレイユは
今まで自分がやってきた復讐がすべて無駄だった。その事実に打ちのめされてしまったらしい。
サン・キャンベルが一歩前に踏み出したとき、彼女を庇うように前に出た者がいた。 ジェオジュオハーレーだ。
「なんのつもりだい、ジェオジュオハーレー」
「……今回の件、彼女の婚約者としてハイル家が責任を取ります」
その場にいる誰もが目を見開いた。ミレイユも、信じられないものを見る目でジェオジュオハーレーを凝視している。
ミレイユはジェオジュオハーレーに惚れ薬を用い、キャンベル家を
その事実が分かってなお、ジェオジュオハーレーは彼女を守る姿勢を示したのだ。
サン・キャンベルはジェオジュオハーレーを見下ろした。
「本気かい? 今なら彼女に操られていたということで、これまでの君の愚行が全部なかったことになるんだよ」
「……確かに私は惚れ薬を使われたのでしょう。ですが、すべての行動を操られていたわけではありません」
ジェオジュオハーレーはミレイユに向き直った。
「君が言ってくれたことは覚えている。私には感情がちゃんとあると言ってくれたこと、嬉しかった」
服も、学校も、婚約者も、両親の言いなりだった。
まるで操り人形のようだと兄弟に笑われた。反論する気も起きなかった。
だけど彼女だけが言ってくれたのだ。
自分にはきちんと感情がある。ただ、大人しいからそれを出せていないだけだ、と。
「君にとっては私は利用するだけの道具だったのかもしれないけど、私は自分の意志で君を好きだったんだ」
「あ……」
ジェオジュオハーレーの言葉にミレイユは震え、目を伏せた。彼はサン・キャンベルに向き直り、もう一度頭を下げる。
「ですからサン・キャンベル様。どうか彼女のことは許してください」
「ハイル家として責任を取る……か。なるほど」
サン・キャンベルはにっこりと笑うと、しゃがんでジェオジュオハーレーの肩をぽんと叩いた。
「いいだろう! いやあ、その男気に免じて特別に示談にしてあげるよ。東にエッジ鉱石が取れる鉱山があったよね。あそこの所有権で手を打つって、お父さんに伝えておいて」
「えっ」
明るく言われた交渉内容に、ジェオジュオハーレーが固まった。
「いや、あの、お、お待ちください。示談はありがたいのですが、その、あの鉱石はキャスパー領との貿易の
「いやあ、ハトになって山がもらえるなんて儲けたなあ。はっはっは。みんな、帰るぞー」
サン・キャンベルは笑いながら、弁解を一切許さずに身をひるがえした。そのあとをアリエラとウィンが、さらにその後ろをリオとレグルスの2人がついて歩く。
「旦那様、全然男気に免じていなかったですね。あの山を1つ失ったらハイル領は相当な痛手ですよ。ハイル家当主が許すとは思えないですが」
交渉は相当難航するだろう。果たしてジェオジュオハーレーは、最後までミレイユを守り切ることができるのか。
「ん? いやあ、だってムカつくでしょう。人の家の娘を婚約破棄しておいて、格好つけるんだもの」
くるりと振り返ったサン・キャンベルはにこりと笑う。
「だったら、若造の分際でどこまで恰好つけられるか見せてもらわないとね。はっはっは」
「か、格好つけさせてあげようよ……」
容赦のない父親を前に、当事者であるウィンが思わず相手に同情してしまう。
「さあ、みんな帰ろうか。リリーもたっぷりねぎらってやらないとね」
ウィンは白んできた空を見つめる。いつの間にか夜が明け始めていた。
かくして、婚約破棄から始まった大騒動はここに終幕を迎えたのだった。
□■□■□■
ハト事件から数日後。
──ハイル領、別宅。
「ミレイユ、入るよ」
ミレイユは冷めた目をドアの方に向けた。
入ってきたのはジェオジュオハーレーだ。随分と大きな荷物を背負っている。ここ数日の間にずいぶんやつれたように見える。
理由はもちろん、ミレイユの身柄をキャンベル家に引き渡すのを阻止すべく、連日連夜家族と話し合いをしているからだろう。
当のミレイユは、この別宅に
彼は重たい荷物によろめきながらミレイユに近づき、へらりと笑った。
「鉱山の件だけど、なんとか父さんたちに納得してもらったよ」
「は?」
ミレイユは思わず耳を疑った。
ミレイユによるキャンベル家ハト化事件。
当たり前だが、ハイル家の人たちは激怒した。
ハイル領の将来がかかった婚約を台無しにし、あまつさえキャンベル家の当主に弓を引いた愚か者。ハイル家としては一刻も早くミレイユを切り捨てたいだろう。
彼女の目の前にいる、ただ1人の男を除いて。
だからミレイユは、ジェオジュオハーレーが両親の説得に毎日向かう姿を見て、無駄なことをすると呆れていた。
サン・キャンベルが彼女を引き渡す条件として提示した鉱山は、エッジ鉱石が豊富に採れる金山だ。ハイル領にとって重要な資産を、こんな女と引き換えに手放すはずがない。
それが、今この男はなんと言った。両親の説得に成功した?
「嘘よ」
「本当だよ。ただし、ハイル領内でエッジ鉱石に代わる新たな資材を見つけるまでは家に帰ってくるなってさ」
「な……っ、馬鹿! そんなの絶縁もいいところじゃない!」
「そんなことないよ」
ジェオジュオハーレーは笑って荷物から地図を取り出して広げた。
「こうして見ると、ハイル領は未開拓の森や鉱山が結構あるんだ。そこを辿っていけば、新しい素材に出会えるかもしれない」
「馬鹿言ってんじゃないわ。開拓されていないのは、開拓費用と発見できる素材の価値が見合わないと判断されているからでしょ。つまり、調べてもなんの意味もない山や森ってことよ」
「あくまで予測、だよ。そうでない可能性だってある」
「一体どうしちゃったのよ、あなた……」
ミレイユは信じられないものを見る目でジェオジュオハーレーを見た。
少し前まではただの自己主張のない男だった。
こんなわけの分からない夢物語を語るような男ではなかったのに。
ジェオジュオハーレーは地図の上でぐっと拳を握った。
「私の意志で、ハイル領として責任を取ると言ってしまったからね。可能性が少しでもあるなら調べたいんだ」
ジェオジュオハーレーは地図を大荷物にしまい、立ち上がる。
「そういう訳で、この鉱山や山を視察に行ってくるよ。当分帰れないとは思うけど、ここは好きに使っていいからね。ハイル家の人たちには入らないように言ってあるし、心配しないで」
ミレイユはぐしゃり、と髪をかき回してため息をついた。
「……私も行くわよ」
「えっ!?」
「もしかしたら、錬金術で使える素材があるかもしれない。錬金術で珍しいアイテムを作れれば交易に使えるわ。あなた、錬金術の知識はないんでしょう。だったら私も一緒に行くわ」
身支度をしようと、ミレイユはさっさと立ち上がる。
「言っておくけど、私は早くハイル家から解放されたいだけだから」
「……ああ! ありがとう、ミレイユ!」
ジェオジュオハーレーの笑顔に、本当に馬鹿な男だと顔をしかめた。
境遇も違う、性格も違う。何1つ理解できない相手。
唯一理解できることがあるとすれば。
「くるっぽう」
「「ッギャーッ!」」
どこからか聞こえた鳴き声に、2人はそろって飛び上がる。
おそるおそる窓の方を見ると、どこからか飛んできた1羽のハトが、2人を丸い目で見つめていた。
2人の頭に、あの日のハト人間が去来する。
「ぽっぽう」
「「……ハト―ッ!!」」
──唯一、理解できることがあるとすれば。
ハトが苦手だという、その1点だけだろう。
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