【ボツ案】二人の初夜導入部
限定ノートの方で先行公開した、書いたは良いけど没にした初夜導入部です。
いま書いてる『シラハエマチコの妊活』もこれ系の導入から始まる予定なのですが、ちょっと違う感じになっているので、こちらは幻(?)の初夜導入です。ちょっとふざけすぎたという理由で幻になったお話です。
「すみません。あの、大変申し訳ないのですが、それ全て却下させていただいてよろしいですか?」
至極申し訳なさそうにそう言って、目の前に座る彼女――真知子さんは深々と頭を下げた。珍しく下ろしている髪がさらりと垂れる。
予想はしていた。
していたけれども、それでもせめて一つくらいは許可が下りるのではと、うっすら期待していたのだ。全部は駄目でも、一つくらいなら、と。
「駄目? 全部?」
「全部です。あの、なんていうか、その、やりすぎだと思うんです」
「そうかなぁ」
一体俺のプレゼンのどこにおかしなところがあったのだろうと企画書を一枚ずつ確認する。仕事柄この手のプレゼンは割と得意だと思っていたんだけど。
「まずですね。あの、まさか私、こんなプレゼンまでされると思ってなくて」
「え」
「だ、だって、なんていうか、こういうのって、その、そういう雰囲気で? みたいなのがあるのかな、って思ってたというか」
「いや、俺もそんな気はしてたんだけど、マチコさんはほら、初めてだしさ。何も知らない状態で、雰囲気だけで押し倒されたら警戒するかな、って思って」
「それは、そうですけど」
そう言って、俺の手から企画書を奪う。
「リムジンでお迎え。バラの花束付き。リムジンって、何ですか、リムジンって。私こんなのドラマでしか見たことがありません。それにバラの花束まで!」
「いやー、やっぱりお迎えと言えばリムジンかな、って。それにさ、よく見てここ。バラの花束。さすがに俺も考えたんだよ。百本はやりすぎだな、って。かといって九十九本もさ、大差ないじゃん。だから常識的な本数にしたわけ。十一本だよ? 意味は『最愛』。ね? 常識的でしょ?」
「リムジンが常識的じゃないと思います!」
もう、と眉間にしわを寄せる彼女がたまらなく可愛い。
そうかそうか、リムジンがアウトだったか。仕方ない。じゃあリムジンは諦めるとして。でも、バラはOK、と。密かに心でメモを取っていると、「それから」と真知子さんは企画書を指差す。
「プレゼントもいりません。ま、またこんっな、0の数が恐ろしい……! 何ですか、これ!」
「え? バリー・ウィンストンだけど?」
「私でも名前を知ってる超有名ブランドじゃないですかぁ! いりません! いりませんから!」
「えー。そう? 一つくらいこういうのあっても良くない?」
「大丈夫です! あの、私、冠婚葬祭用の真珠のネックレス持ってますから! それで事足りますから! 万能ですから、真珠は!」
「そ?」
「値段だけで私の首がちぎれそうです!」
「うわ。それは大変だ」
そうか、やっぱり駄目か。
一つくらい良いやつプレゼントしたかったんだけどなぁ。
でも、そうか、真珠ならアリなのか。じゃあ真珠のアクセサリーにしよう。よしよし。
「あと」
「あれ、まだある?」
「まだあるも何も、全部駄目ですから」
「そうだった。それで? 次のはどの辺が駄目?」
「ここ、半年前から予約必須なフレンチレストランじゃなかったです? ミシュランがどうとかってテレビで見た気がします」
「お、何、マチコさん知ってたんだ! そうそう、そうなんだよ」
「ということは、少なくともいまから予約しても半年後になるわけですよね」
「そういうことになるけど……って、あぁそうか、マチコさんも半年なんて待てないよね?! そっかそっか! でも大丈夫。いざとなったらどうとでもなるというか」
「あの、お父様の方のコネとかやめてくださいね。ていうか、あの、そんな高級なお店、たぶん私には味なんてわかりませんし。あの、ほんとに、そこまでのお店じゃなくて良いんです」
「そ?」
そうか、じゃあ仕方ない。
多少ランクを下げるか。
「それと、このホテルの最上階にあるバーって……」
「あ、これ? いや、ほら、どうせその後はそのまま泊まることになるわけだし、だったら」
「いや、あの、私こういうところ行ったことなくて。そんなオシャレなカクテルも楽しめる自信も正直……」
「何だそんなこと?」
「それと、何よりも恐ろしいのが」
「ん?」
「この、一泊〇〇万のスイートルームって……。あの、泊まるだけですよね? ここで生活するわけじゃなくて」
「そうだね。それともここで生活したかった? となると、俺の秘蔵の」
「まさか! そういうことじゃなくて! 何ですか『秘蔵の』って! 何を隠し持ってるんですか?! 怖いので隠したままでいてください! 違うんです! そういうことじゃなくて!」
「え、何?」
いや、こないだまた父親の方からあれこれもらったらそれを使おうかと思っただけなんだけど、それはまぁ伏せておくか。何か凄い怖がってるし。
「あの、一晩そういうことをするだけでどうしてそんなお金を使おうとするんですか、って話です!」
真っ赤な顔で拳を震わせる真知子さんのまぁ可愛いこと可愛いこと。たぶんめちゃくちゃ怒ってるんだろうけど、全然怖くない。
でも。
「あの、私はほんと、ほんとに、その普通で良いんです。す、好きな人と、その、するんですから、それだけで特別ですから」
拳どころか全身を震わせて、たぶん、相当の勇気を振り絞ってんな、って見てわかるくらいにぷるぷるしながら、そう吐き出す。
「私には、その特別で十分なんです。いろんなことがありすぎたら、その特別が、その霞んでしまいそうですし……」
いやもう。
そんな可愛いこと言われたらさ。
「俺も、マチコさんが特別」
「え」
持っていた企画書を奪ってテーブルに置き、その手を取って立ち上がらせる。そのまま連れて行くのはもちろん寝室だ。
「え? え? ええ?」
何だ何だと混乱している様子の彼女も、さすがにベッドを前にして気付いたらしい。
ベッドに腰掛けると、彼女は少しためらう素振りを見せてから、隣に座った。
「あ、あの、えっと」
「さっきマチコさん言ったもんな」
「え、と。何でしたっけ、私、なんて」
「『そういう雰囲気で』って。そういう雰囲気になったと思うんだけど、俺」
「え」
「特別なマチコさんだから、めいっぱい飾り付けたら、もっと特別なマチコさんになると思ったんだけど、その必要なかったわ」
そう言って、彼女の背中に手を回す。長い髪に隠れている形の良い後頭部をするりと撫でると、彼女の身体がぴくりと跳ねる。
「そのままで十分だった。良い?」
「ど、どうぞ」
どうぞと言いつつも、怖いのだろう、ぎゅっと目を瞑る彼女の眉間に口づけをする。
「力抜いて、マチコさん」
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サワダマチコの結婚 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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