ホラー映画を観よう

※13日の金曜日に考えたネタです。13日の金曜日には間に合いませんでしたが。お遊び短編ということで、緩い気持ちでお読みください。




「おーい、遊びに来てやったぞー」


 そんな事を言いながら、手土産片手に義が来たのは、金曜日のことだった。


「何だよ、、って」


 あのなぁ、こっちは新婚なんだぞ? しかも金曜日。明日は俺も真知子さんも休みだ。新婚夫婦、明日は休み、これが意味するところがわかるか? わかるよな、男なら!


 そんな思いを乗せて、ギリリと年上の義弟――義孝よしたかさんを睨みつける。


「わかる。わかってるって、お前が言いたいことはな」


 俺に憐れみの目を向けて、肩に優しく手を乗せる。畜生、触るな。わかってんなら帰れ畜生。


「んで? 姉さんは? っつーか俺、姉さんに会いたくて来たんだけど」

「隠しもしなくなりやがったな、シスコンめ……。マチコさんはいまお風呂入ってる。つうかさ、蓮君はどうしたんだよ、蓮君は」


 まぁ立ち話もなんだし、とスリッパを出してやる。サンキュと短く呟いて、義孝さんはのしのしと部屋に入ってきた。


「蓮は今日、園のお泊まり会なんだ。そんで俺は明日は遅番」

「遅番なんてあんのか、さわだは」

「導入した。たまには親父にも働いてもらわんとボケる」

「たまに働くも何も親父さんは毎日働いてるだろ」

「そうなんだけどな、いや、親父が言ったんだぞ? たまに俺も仕込みから何から全部仕切りたいって」


 料理人の血が騒ぐんだろ、知らねぇけど、と言ってケラケラと笑うが、それは半分本当で、もう半分は違うんじゃないかと俺は思ったりする。


 沢田家のゴタゴタ――俺は膿を出したようなもんだと思っているが――が片付いて、数ヶ月。ただ単に、家族が一人減っただけと言ってしまえばそれだけだし、何なら、いない方がいろんな意味で平和な人ではあったけれども、それでも皆疲弊したのは事実だ。怒りや安堵で感情はガッタンガッタンのジェットコースターだっただろうし、母親を失った子ども蓮君のケアもある。やることもたくさんあった。


 それでも忙しい方が楽なのだ。

 余計なことを考えないで済むから。

 だからお義父さんも、ただひたすらに黙々と仕事――料理に向き合いたいのかもしれない。


 それと、あとはたぶん、純粋な親心というか、義孝さんを休ませたい気持ちもあるんだろう。


 そんなことを勝手に読み取ってしまうから、俺はこの傍迷惑な突然の来客を拒めないのだ。それに、愛する妻の大事な弟である。俺だって大事にしないわけにはいかない。弟っつったって俺より年上だけど。


「えっ? 義孝?」


 髪を拭きながらリビングにやって来た真知子さんが驚いた声を上げる。おい、やっぱりアポ無しなのかよふざけんな。

  

「どうしたの? 来るなら言ってくれれば」

「さっきメッセージ送ったじゃん。既読になってたからてっきり」

「……え?」


 そう言うや慌ててテーブルの上のスマホを見る。そして小さく、「あ」。


「画面開いたままお風呂行ってたみたい。ごめんね、読んでなかった」


 実弟に対してもあわあわする真知子さんが可愛い。クソッ、義孝さんは小さい頃からこんな真知子さんを見てたのかよ。ちょっとズルすぎねぇかな、そのポジション!


 というのを読み取ったのか、義孝さんがフフッと鼻を鳴らして俺を見る。畜生、帰れよ。


「ええと、それで? この、見せたいものって何?」


 と、スマホ画面をこちらに見せてくる。弟とのやりとりだから見られて困ることもないのだろう。


「あーハイハイ。……いや、その前にさ、姉さん髪乾かしなよ。やってやろうか?」

「え? 良いよ自分で出来るから」

「昔はよくやったじゃん」

「えっ!? マチコさんほんと!?」


 俺にはさせてくれないのに! と叫ぶと、またしても義孝さんは得意顔だ。


「あのっ! ほんと昔の話ですから!」

「昔ったって、高校くらいまでやってたじゃん」

「ちょ、義孝!」

「何だよぉ、義孝さんにやらせるんだったら俺でも良いじゃん」

「だ、駄目です、恭太さんは!」

「何でだよぉ」


 真っ赤な顔で手を振る真知子さんにずずいと近づけば、それに合わせて彼女も後退する。あぁこの距離感、なんか久しぶりだ。昔は、ちょっとショックだったけど、いまはこれもちょっと楽しい。夫婦の余裕ってやつだな。ただ、勝ち誇ったような笑みを浮かべる義孝さんにひたすら腹が立つだけで。


 でも。


「だって、その、恭太さんに触られるの、まだ慣れてないというか」


 うん?


「義孝は弟ですけど、恭太さんは、その、好きな人、なので」


 ア――――――――――ッ!!!!


 っぶね!

 叫ぶところだわ!

 危ない!

 ご近所迷惑!


 慌てて、パァン、と音が鳴るほどの勢いで口を塞ぐ。


 危なかった。

 マジ危なかった。


 おい聞いたか義孝さん。『夫』とか『旦那』とか、そういうワードじゃねぇんだぞ。『好きな人』だ。わかるか、この違い。単なる肩書の話じゃねぇんだ。好きな人に触られたらドキドキしちゃうから駄目だっつってんだ、真知子さんは! そこまでは言ってないけど、つまりそういうことだろ? 恭太さんに触れられたらドキドキしちゃって、何ならこの後のことを考えちゃったりするから恥ずかしくて駄目ですハート、ってことだよな、真知子さん!?


 今度は俺が勝ち誇る番だ。

 ちら、と彼を見れば、歯を食いしばって俺を睨みつけてやがる。へへん、お返しだ。どうだ。俺の真知子さんだぞ。


 結局、真知子さんは自分で髪を乾かした。まさか自分の髪が争いの火種になるなんて、とちょっと青い顔をしていたから、これは後で全力フォローしなければなるまい。


 それで、である。

 

 義孝さんの目的である『見せたいもの』というのが何なのか、という話になるわけだが。


 映画のDVDだった。

 それも――、


「義孝、これって、ホラー映画よね?」

「そ」

「しかも『13日の金曜日』って」

「ふはは。今日は何日の何曜日だ?」

「13日の……金曜日……」

「見るしかないだろ、これは!」


 高らかにそう言って、持参したエコバッグからスナック菓子やら度数が低めのビールやらチューハイ、ノンアル飲料を取り出す。


「いや、見るしかない、ってことはないだろ」


 まぁ正直に言えば、俺はあんまりその手の映画が得意ではない。心霊系とか、スプラッタとかはちょっと。まだホラージャンルでも、推理要素のあるサスペンスなら何とかなるんだけど、超常現象というか、悪魔だの幽霊だの祟りだの、人間にはどうしようも出来ないやつとか、何度殺しても蘇るような不死身の殺人鬼が出て来るやつは苦手なのである。だって逃げらんねぇじゃん。


「おっ、何? もしかして恭太ってこれ系駄目なん?」


 義孝さんが、弱点見つけたり、とでも言わんばかりの顔で俺を見る。


「は、はぁ? 別に駄目とかじゃねぇし!」

「平気なんですか、恭太さん?」


 すごいですね、と真知子さんが尊敬のまなざしを向けて来る。うっ、これはもう断れない流れ。


 

 で。


「いやー、まさかあんなラストだったとはなぁ」

「思ってたのと違ったね。私てっきり、あの有名なホッケーマスクの人が出て来るものだと思っていたのに」

「な、いつチェーンソーが出て来るのかと身構えてたのになぁ」

「でも、すごくハラハラしたし、怖かったね。……恭太さん、あの、ありがとうございました」

「――え、あ、ああ、うん」


 多少の下心込みで買った大きめのソファは、大人三人が並んで座れる大きさだ。そこに、真知子さんを真ん中にして座っている。「何が?」と義孝さんが身を乗り出してこちらを見、


「……何だよお前、ちゃっかりしてんな」


 しっかりと繋がれた俺と真知子さんの手を見て、にやりと笑った。


「いや、ちゃっかりっていうか」


 俺が怖くて繋いだんだけど、正直に話すのは恰好が悪い。どう誤魔化したものか、と思っていると、真知子さんがぶんぶんと頭を振った。

 

「だってやっぱり怖くて」

「え」

「何、姉さんからなの?」

「私からではないけど」

「何だよ、察して動くとか男前か。姉さんもさ、遠慮しないで俺に抱き着いてくれりゃ良かったのに」

「そんなこと出来るわけないでしょ」

「そうそう、だとしたら俺に抱き着くよな、マチコさん?」

「っだ、抱き着きません! 何とか耐えます!」

「耐えるくらいなら来てよ」

「良いじゃん、姉弟なんだし」

「いや、義孝さん。もうマチコさんは俺の妻なんだし、いざって時に頼るのは俺だから」

「ハッ、まだ知り合って数年だろ? 俺と姉さんは俺が産まれた時からの付き合いだから」


 真知子さんを挟んでバチバチと火花を散らす。負けられない戦いの勃発である。互いに彼女の腕を取り、俺のものだと両側から引っ張る形になる。


 ぎゃいぎゃいと口論していると、その真ん中にいる真知子さんが、「二人とも!」と声を上げた。


「ケンカしないで! 仲良くしてください! お願いします、あの、こんなことで!」


 それに腕もちょっと痛いです! と涙目で訴えられれば光の速さで謝るしかない。俺達はほぼ同時に手を離して床に正座し、手をついて詫びた。


 ただ――、


「でもマチコさん、これだけは言わせてほしい。これは決して『こんなこと』ではない」

「そうだぞ姉さん。俺達にとっては重要な問題なんだ。大体姉さんは、自分を低く見過ぎなんだよ。なぁ、恭太」

「そうだよマチコさん。義孝さんの言うとおりだ。マチコさんはもう少し自分の魅力を自覚した方が良い」

「そうそう、まず姉さんは優しいし、なんか安らぐし」

「わかる。癒しなんだよな、なんかもう」

「おっ、わかるか恭太。そうなんだよ。たぶんあれだろ、マイナスイオンとか出てる」

「間違いないな。絶対出てるわ。たぶんパワースポットとか、そういうジャンル」

「ほんとそれ。ちょっと恭太良い機会だから、姉さんの良さを語り明かそうぜ!」

「そうだな、マチコさんにわからせるためにも、そういう場は必要だと思ってたんだ!」


 何度か真知子さんからの「もうやめてください」「勘弁してください」「私この場に必要ないですよね?」「もう寝て良いですか?」という声が聞こえたが、俺達はひたすら語り合った。最終的には肩を組み、涙をにじませながら、ノンアル飲料と低アルコール飲料で語り合った。


 さんざん語り尽くして程よい疲労感と達成感を感じながら、「わかってくれた、マチコさん?!」と顔を上げたが、真知子さんは自室に引っ込んでいたようで、その場にいなかった。

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