学食に新しい機械が導入された話

※Twitterの呟きから生まれた、多少のメタ発言もあるお遊び短編です。肩の力を抜いてお読みください。


「いよいよウチの学食にも新しい機械が導入されるわよ」


 五月の大型連休が明けたある日のこと、その一報は、学食のボスである安原からもたらされた。


「新しい機械?」

「何の機械ですか?」


 ピークも過ぎた午後三時、その場にいるのは正社員の真知子、小林、橋本と、遅番パートの真壁と笹川だ。


「ソフトクリームよ」


 ふふ、となぜか得意気に笑って、安原は一枚のプリントを五人に見せた。導入予定のソフトクリームマシンの詳細が書かれている。


「ソフトクリーム!?」

「そういやウチって、そういうデザート的なのないものね」

「イベント時の小さいケーキとか、それくらいよねぇ」

「でしょう? 前々から言ってはいたのよ、こういうのがあっても良くない? って。でもほら、アイスなら売店にもあるじゃない?」

「確かにねぇ。でも、ソフトクリームはまた別物なのよねぇ」

「わかるー」


 きゃいきゃいと楽し気に盛り上がる先輩達を見つめながら、真知子もまた、いくらエアコンが効いていても、建物内は結構暑いし、学生さん達も喜ぶだろうな、と密かに頬を緩ませた。


 さて、それから二ヶ月ほど経って、七月。その機械はやって来た。

 特にこれといって捻りもない、スタンダードなソフトクリームマシンである。味はシンプルにバニラのみ。売り上げや反響如何では、これを使用してのパフェやサンデーなんかもどうだろうか、などと、やけに機嫌のいい理事長からの口添えもあった。恐らくは彼自身が食べたいのだ。ランチタイムに余計な仕事を増やされるのは正直困るが、それでもたかだかソフトクリームだ。パフェを作るにしても、材料さえあらかじめ用意しておけばそこまで時間を取られるものでもない。ただし、ファミレスのように、食後に配膳というリクエストには応えられないため、注文と同時に作ることとなるが。


 それよりも問題は、これを誰が担当するか、だ。


 当然のように真知子にそのお鉢が回って来た。

 何せ、彼女は一番下っ端で、ただでさえ、普段からやっているのは補助なのである。これを機に正式に真知子がデザート(というかソフトクリーム)担当ということになり、いつものように補助の傍ら、ソフトクリームを巻くことになったのである。


 最初こそ、


「不器用な私に出来るでしょうか」


 とおろおろしていた真知子だったが、何度かの練習でコツを掴んだようで、どうにかそれらしい形を作ることが出来た。これならもう大丈夫ね、という安原のOKをもらったところで、貝瀬学院大学学生食堂のメニューに『ソフトクリーム……¥100円』が追加されることとなったのである。


 その日の午後二時半。

 壁時計を見上げて、誰ともなしに、「そろそろダーリン来る頃ねぇ」と呟く。『ダーリン』が誰かなんて、この場にいる者は全員わかっている。真知子の『夫』である白南風しらはえ恭太きょうただ。籍は既に入れており、式もあと数日だ。


 と。


 ピークも落ち着いて静かになったフロアに、だだだだだ、という威勢の良い足音が聞こえてきた。「来たわよ、ダーリン」と小林が茶化すように真知子を見る。ダーリンなんてそんな、と真知子が苦笑いを浮かべたところで、だん、とカウンターに手が伸びて来た。あまりの勢いに、厨房内の全員が目を丸くする。


「ほ、ほん、ほんとだった……!」

「ちょっと白南風君? フロア内を走らないのよ」

「そうよぉ、埃が立つじゃない」

「助手君がそんなんじゃ学生達に示しがつかないわよぉ?」

「そうよそうよ、いくらマチコちゃんに早く会いたかったからってねぇ」

「それで? 今日はA定? B定? 今日のA定は――」


 カウンターに集まってネチネチと彼を責めるおばちゃん達に混ざって、「恭太さん、お水飲みます?」と真知子だけが彼の身を案じている。でも確かに走るのは良くない。ここは食堂だし、それにもちろん危ないし、と、お冷の入ったグラスを差し出しつつ、そう窘めようとしたところで。


「俺聞いてないんだけど!」


 そう言って、恨めしそうに真知子を見上げる。


「え? は、はぁ?」

「マチコさんがソフトクリーム屋さんになるって、俺聞いてないんだけど!」

「な、なってません! ソフトクリーム屋さんにはなってません!」

「だって、岩井が言ってた! どうして俺はあいつから知らされなくちゃいけないんだ!」

「え、あ、え――……っと」

「そういや確かに来たわね、岩井さんが。何なら一番乗りだったわねぇ」

「成る程、マチコちゃんの『初めて』は岩井准教にとられてしまった、と」

「うぅ、うううう……。俺の……。マチコさんは俺のなのに……」


 カウンターに突っ伏す恭太に、真知子はおろおろするばかりである。


「あ、あの、恭太さん。聞いてください」

「ううう、何だよぉ」

「恭太さんにはもっと上手に巻けるようになってからと思ってたんです。あの、私、本当に不器用ですから。岩井さんのなんて、ほんと立ってるのが奇跡みたいな感じになっちゃって」

「確かにあれは『ピザの斜塔』みたいだったわねぇ」

「真壁さん、『ピザ』じゃなくて、『ピサ』よ、『ピサ』」

「ピザだったら、円盤になっちゃうわよぉ」

「あらやだあたしったら! ずーっと『ピザ』だと思ってたわぁ!」


 ピサだのピザだのできゃっきゃと笑うおばちゃん達には目もくれず、恭太はむすっとむくれている。


「失敗でも何でも良かったのに」

「だってどうしても恥ずかしくて。でも、もうだいぶ鍛えられましたから、あの、いまなら上手に巻けますから」

「ほんと?」

「ほ、ほんと、です。たぶん」


 そう頷いて、ぐっと拳を握り締める。ピーク時だって、十回中七回は成功しているのだ。急かされなければ、たぶん大丈夫。


「じゃあ、一つください」

「ご飯は良いの、白南風君?」

「甘いの食ってからにします」

「成る程、食前酒ならぬ、食前ソフトクリームってわけね」

「上級者ね。ウチの孫ならそれでご馳走様になるやつだわ。娘に怒られちゃう」

「ばーばなら一度は通る道よね。孫可愛さについつい与えちゃうの」

「わかるわぁ。あたしも息子にめっちゃ怒られたもの」

「だって仕方ないのよねぇ、ばーば、あいしゅ、なんて言われたらもう」


 学食レディ達がそれぞれの思い出話に花を咲かせている中、真知子はゆっくり慎重にソフトクリームを巻き始めた。こういうところにも性格が表れている。その目は真剣そのものだ。


「はぁ、真知子さん可愛い。俺のためだけに一生巻いてほしい」


 自分のために一生懸命ソフトクリームを巻く新妻の姿をうっとり見つめる恭太である。日々の疲れも相まって、トチ狂った発言が飛び出したが、彼の名誉のためにおばちゃん達は聞こえないふりをした。


 さて、それから数ヶ月後である。


 夏も終わり、朝晩は少々肌寒さを覚える季節になったが、まだまだ日中は汗ばむくらいの気温である。よって、真知子のソフトクリーム屋さん(そう呼んでいるのは学食メンバーと恭太のみ)も大盛況であった。


 そんなある日のこと。

 

 今日も今日とて恭太は食前ソフトクリームをキメるため、ピークを避けた時間帯にやって来た。また来たわよ、ソフトクリーム妖怪、と誰かが言い、厨房内が笑いに包まれる。


「マチコさーん、お願いします!」

「は、はい、ただいま」


 ソフトクリーム作業自体は慣れたとはいえ、大声で呼ばれるのは未だに慣れない。というか、こんなあからさまな態度を取られれば夫婦であることもバレてしまうのでは、と内心ヒヤヒヤの真知子である。


 と。


「――あれ?」


 既定の量を巻き終え、マシンを止めようとレバーを戻したが、クリームが止まらないのである。


「え、あ、あれ?」

 

 落ち着いて、と自分に言い聞かせる。大丈夫、まだ慌てる時間じゃない。幸いなことに、クリームの速度はそう早くない。レバーの角度でスピード調節が出来るのだが、生来ビビリ症である真知子は、いまだに低速で作っていたのである。だから、とりあえずもう二巻きほどしながら、再度レバーを倒してから戻してみた。


 が、止まらない。

 いよいよ慌てる時間になって来た。


 やけに時間がかかるな、と思ったのは恭太である。

 何せあれからずっと彼女の巻きを見て来たのだ。いつもよりかかるな、と誰より早くに気が付いた。


「マチコさん、大丈夫? それ……サービス?」

「違っ、違うんです! なんか! 止まらなくて!」

「えっ?!」

 

 そこでやっと学食レディ達が動いた。


「マチコちゃん! 電源! 電源切れば止まるわよ!」

「で、電源?! ど、どこでしたっけ?!」

「待って、いま行くわ! 耐えて! 耐えるのよマチコちゃん!」

「巻いて! 限界にチャレンジよ!」

「白南風君、これは倍の料金もらうわよ!」

「いくらでもぉ!」

「ちょ、白南風君、万券はしまいなさい? この場合の倍は二倍の意味だから」

「何で百倍計算になるのよ! この子馬鹿なの?」


 でぇぇぇい、と安原がマシンの脇にある電源をオフにし、やっと機械は止まった。出来上がったのは、いまにも倒れそうなくらいにそびえたつソフトクリームタワー(当社比三百%)である。


「やったわね、マチコちゃん……!」

「お見事! やるじゃない!」

「さすがよマチコちゃん、これ、名前つけましょ」

「マチコスペシャルなんてどうかしら」

「安直ねぇ、笹川さん」

「こういうのはわかりやすいのが良いのよぉ」

「というわけで、マチコスペシャルお待ち~」

「すみません、恭太さん! こんなに食べたらお腹壊すかも……」

「大丈夫大丈夫、その時はマチコさんに看病してもらうし、良いことしかないよね」

「そうでしょうか……?」

 

 一応もしもの時のために皿とスプーンを添えて渡すと、恭太はいただきます、の声と共に、大口を開けてかぶりついた。


「わお、豪快ねぇ」

「良い食べっぷりだわぁ」

「ご飯入るかしら」

「さすがに大人ですもの、まさかアイスでお腹一杯ってことはないんじゃない?」

「それよりあたしは最後まで倒さずに食べられるかが気になるわね」

「ね、えーっとほら、ピザの斜塔? あれになるかもだしねぇ」

「だーから真壁さん、『ピザ』じゃなくて『ピサ』だってば」

「そうだっけ? もう混乱しちゃって。アハハ!」


 結局――。


 恭太は倒さずにソフトクリームを食べきったし、そのあと普通にB定食(ブリ照り)も食べたし、腹も壊さなかった。

 

 密かに真知子の看病を期待していた彼は、


「何で俺はそんなに健康なんだ!(作者が看病回書けねぇだろ!)」


 とこっそり嘆いたという。

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