美恵子

〇場所不明・暗闇(時刻不明)

   庭師が立っている。こちらに向かって軽く会釈をしてから、話し始める。


(庭師):

「美咲さんの年の離れたお姉さん、美恵子さんは、現在大学生。ごく普通の女子大生ですが、数年前、あるファッション雑誌の読者モデルを務めたほどの容姿をお持ちです。

 人目を惹くスタイル、メリハリの利いた整った顔立ちは、永遠さんとは、また別の美しさを持った方と言えるでしょう。美咲さんご自慢のお姉さんです」


〇美恵子、美咲の家・リビング(夜)

   夜、リビングでテレビを見ながら、美咲が美恵子に話しかける。テレビでは、ミラノコレクションの様子が中継されており、モデル(庭師と同じ顔)が、中央でポーズを取っているのが映っている。


美咲:

「お姉ちゃん、こっち(東京)では、モデルやらないの?」


美恵子:

「(苦笑いしながら)

 あぁー、正直、モデルってあんまり性に合わないっていうか、あっちでやってた時も少し後悔してたんだよねぇ……」


美咲:

「(残念そうに)

 えー、お姉ちゃん、美人なんだから、絶対もったいないのに……」


美恵子:

「(嬉しそうに、にっこり笑って)

 んふふふ、ありがとねぇ、みー子。あたしは、みー子がそういってくれるだけで、充分嬉しいよぉ」


(庭師):

「この美恵子さん、華やかな見た目とは裏腹に、性格はとても、なんというか、男気にあふれた方でして……。小さい頃は、男の子たちに交じって野球などをしておられたり、ご両親に頼み込んで、隣町のテコンドー道場に通わせてもらったりしておられました。また、テレビのヒーローものが大好きで、正義感が強く、小さい子が、大きい子にいじめられているところ見ようものなら、相手が上級生でも喧嘩を吹っ掛けたりしていたので、近所の男の子たちからは、恐れられたりしておりました」


〇十数年前、九州のとある空き地(昼)

   美恵子、美咲の家の近所にある空き地。小さい子をイジメていた上級生の男の子を、めちゃくちゃに蹴っ飛ばして、追っ払う美恵子。顔には、少し殴り返された跡がある。


美咲:

「(顔を輝かせて)

 お姉ちゃん、かっこいい!」


美恵子:

「(不敵に笑って)

 んふふふ、そーでしょ、そーでしょ。お姉ちゃんはね、弱きを助け、強きをくじくの!」


(庭師):

「実は、美咲さんがご自身をみー子と呼ぶのは、美恵子お姉ちゃんの影響なのです。美恵子さんは、小さいころから、ご両親に『めー子』と呼ばれていたのですが、美咲さんがこれを聞いて、是非ご自身も、と思われたのですね」


〇十数年前、九州の美恵子と美咲の家・リビング(昼)

   リビングで、美恵子と美咲が、おやつを食べている。美咲が、美恵子に向かって聞く。


美咲:

「なんでお姉ちゃんは、『めー子』なの?」


美恵子:

「なんでって、みえこ、みぇーこ、めー子だよ。美咲は、変だと思う?」


美咲:

「(首を振って)

 ううん、そうじゃないんだけど、あたしもお姉ちゃんと一緒がいいなって……

 (うつむく)」


美恵子:

「(納得したように)

 ははーん、美咲は、名前に『子』が付いてないから、あたしと一緒にならないって思ってる?」


   こくんとうなずく美咲。


(庭師):

「大事な妹から、自分を慕うあまりに、こんなことを言われた美恵子お姉ちゃん、すっかり嬉しくなってしまって、こう仰いました」


美恵子:

「(豪胆な笑い声を上げて)

 あっはっはっは、何言ってんの! 美咲がそう呼んで欲しかったら、自分で自分をそう呼べばいいんだよ?」


美咲:

「ええー、ええと、じゃあ、みー子? みー子でいい?」


美恵子:

「(美咲に抱き着いて)

 あー! もう、かわいいな、こいつめ! じゃあ、これからは、あたしもみー子って呼ぶ! ねー、みー子!」


(庭師):

「小さい頃の美咲さんは、お姉ちゃんの真似をして、あまり女の子っぽくない(というより男の子のような)美恵子さんのように、男の子っぽいしぐさだったのですが、これに危機感を感じたのはご両親。ただでさえ、男気にあふれた美恵子さんに頭を抱えていたのに、この上美咲さんまで同じようになったらと心配して、美恵子さんに、妹について注意するように言いました」


美恵子、美咲の父親:

「あー、あのな、めー子。父さんは、今のままのお前も美咲も大好きだが…、このまま美咲…みー子か、みー子が男の子っぽいままだと、正直、将来が少し心配なんだ、その、お嫁の貰い手が、とかな」


(庭師):

「妙な話をされて顔をしかめる美恵子さん。しかし、美咲さんがご自身の真似をしているのはわかっていたので、これからは、頑張って女の子っぽいしぐさをしないといけないと心に決めました」


〇十数年前、九州の美恵子、美咲の家・リビング(夜)

   リビングのソファーに男の子のように座る美咲に向かって、美恵子が声をかける。


美恵子:

「(務めてを作って)

 もぉー、そんな男の子っぽい座り方しちゃだめでしょぉ、みー子?」


   美恵子から思いもよらないことを言われて、目を丸くする美咲。


(庭師):

「急にお姉ちゃんの様子が変わったことにびっくりした美咲さん、わけがわかりませんでしたが、大好きなお姉ちゃんのことです。是非とも自分もそれにならわないといけないと思い、一生懸命、お姉ちゃんの付け焼刃な女の子っぽいしぐさを真似するようになりました」


〇十数年前、九州にあるスーパー・おもちゃ売り場(昼)

   女児用玩具コーナーで、美咲が、父親に女の子っぽい玩具をねだっている。


美咲:

「(上目使いに父親を見て)

 ねぇー、お父さん、これ買って?」


美恵子、美咲の父親の心の声:

「(複雑な表情で)

 あれ、これでよかったんだっけ? よかったんだよな…。」


〇約2年前、九州の美恵子、美咲の家・美恵子、美咲の部屋(夜)

   涙ぐむ美咲から、学校でいじめられたことを話される美恵子。


(庭師):

「美恵子さん、美咲さんのご家族は、とても仲の良いご家族です。元々九州の宮崎で暮らしていらしたのですが、美咲さんが小学校六年生の時、クラスメートからいじめられるようになったことをきっかけに、美咲さんのお父様が会社に掛け合って、関東支社へ転勤することになり、東京へ引っ越してきたのです」


美恵子:

「(驚いたような顔になって)

 え? みー子がイジメられたの?」


美咲:

「(少し涙ぐんで)

 わかんないけど、多分…。なんか体操着とか、靴とかが隠されたの、すぐ見つかりはしたけど、結構汚れてたりして……」


〇約2年前、九州の美咲の学校の通学路(朝)

   ものすごい形相で、美恵子が歩いている。通りすがりのサラリーマン(庭師と同じ顔)が、その形相をみて目を丸くしている。


(庭師):

「大事な妹がイジメられていると知った美恵子さん、翌朝、怒髪天を衝くといった様子で、自分の学校に行くこともほっぽらかして、美咲さんの学校に乗り込みました」


〇約2年前、九州の美咲の学校・職員室(朝)

   美咲の担任に噛みついてる美恵子。


美恵子:

「先生! うちのみー子……、美咲がイジメられてるって、どういうことですか?!」


美咲の担任教師の女性:

「(驚いた様子で)

 あなた、学校は?!」


美恵子:

「(担任の胸倉を掴んで)

 んなこたぁー、どうでもいいんだよ! あんた、担任なのに、なんにもしないつもりか?!」


(庭師):

「当然、職員室は騒然とした空気になりましたが、すぐに興奮した様子の美恵子さんと担任の先生は、周りの先生方に引き離され、ご両親も呼ばれて話し合いの場が持たれました」


〇約2年前、九州の美咲の学校・生徒指導室(昼)

   机を挟んで、美咲の担任の教師と美咲の両親が座っている。


美咲の担任教師の女性:

「とにかく、イジメがあったというはっきりした証拠もない、相手もよくわからないでは、学校側としては、何もすることはありません」


美恵子、美咲の母親:

「そんな、本人の話を聞く限り、イジメは明白でしょう。何もすることがないなんて……」


美咲の担任教師の女性:

「それ、本当なんでしょうか? ご当人の言い分だけでは、動くわけには参りません。それに、もう数か月もすれば卒業ですから、あまり非常識に騒ぐより、様子を見られた方がよろしいのではないですか?」


(庭師):

「ご両親としては、美恵子さんの暴走がかえって動きにくい状況を作ってしまっていることに歯がゆさを感じながら、その場はそれ以上のことは言えませんでした」


〇約2年前、九州の美恵子、美咲の家・リビング(夜)

   リビングで、美恵子と話している両親。


美恵子、美咲の父親:

「ごめんな、父さんも母さんも、今は何もできないみたいだ。みー子をできるだけいたわってやって、卒業まではなんとか我慢してもらうようにしよう」


美恵子:

「(悔しそうに)

 ……」


(庭師):

「ご自身の短絡的な行動が、かえって動きの取れない状況を作ってしまったと反省するしかない美恵子さん。美咲さんには、学校からはできるだけ早く帰ってくるように言って、美咲さんが悲しい思いをできるだけ紛らわせるように最大限気を付けて、美咲さんが小学校を卒業するまで待ちました」


〇約1年半前、九州の美咲の中学校の通学路(朝)

   中学校に、新しい制服で通う美咲。その脇を、楽しそうに話しながら、二人の女学生(その内一人は庭師と同じ顔)が通り過ぎる。


〇約1年半前、九州の美恵子、美咲の家・美恵子、美咲の部屋(夕)

   美咲が、美恵子に、学校でいじめられたことを話している。


美恵子:

「はあ?! またイジメられた?!」


美咲:

「(涙ぐんで頷く)

 ……」


(庭師):

「小学校に美恵子さんが乗り込んだことが、美咲さんのクラスに広まった結果、卒業まではイジメられることがなくなったのですが、中学校に上がったとたん、イジメが再発しました。実は、このあたりでは、小学校と中学校の学区がほぼ重なっているので、中学校に上がっても、子供たちの顔触れは、ほとんど変わりがなかったのです。

また、小学校での美恵子さんの暴走は中学校側に警戒され、美咲さんの担任は、体格の良い男性体育教師が務めることになったのですが、お姉さんの暴走がなくなるだろうと安心したのは、中学校側だけではなく、イジメをしていた子達も同様だったというわけです。もっとも、実際には、小学校の時でも、相手が体育教師だろうが、柔道黒帯だろうが、美恵子さんの暴走は、変わらなかったと思われますが……。

 イジメが再発したことを聞いて、火のように焦った美恵子さん。早速ご両親に相談しました」


〇約1年半前、九州の美恵子、美咲の家・リビング(夜)

   夜遅く、美咲が寝てしまってから、両親と話す美恵子。


美恵子:

「(暗澹とした様子で)

 みー子、またイジメられたって」


美恵子、美咲の父親:

「だめだったか…」


美恵子:

「ねえ、父さん、転勤とかできないの?」


美恵子、美咲の父親:

「(面食らった様子で)

 ええ? ああ、どうかな、聞いてみないことには……」


美恵子:

「(少しドスの利いた声で)

 あのさ、みー子の安全がかかってんだけど?」


美恵子、美咲の母親:

「これ、めー子! お父さんをイジメるんじゃないの!

 お父さんだって私たちの生活を支えるのに頑張ってくれてるんだから、もう少し考えてものを言ってね」


(庭師):

「ご自身の短絡さは、身に染みてわかっている美恵子さん、お母様にそう言われて、何も言えなくなってしまいました」


美恵子、美咲の父親:

「めー子、ごめんな。みー子のことは、父さんだって大切に思ってるんだよ。会社には、事情を話して、できるだけ遠い支社に転勤できないか、掛け合ってみるから、少し時間をくれ、頼む」


美恵子:

「(悔しそうな顔で頷く)

 ……」


〇約1年半前、九州の美咲の学校・廊下(昼)

   美咲の友達が、周りを見回してから、美咲に話しかける。


(庭師):

「一方、学校では、少し状況が動いていました。美咲さんと仲の良くなった女の子が、見かねて、美咲さんに美咲さんをイジメている女の子グループのことについて話したのです」


美咲の友達:

「ごめん、これ、あたしが言ってたって、誰にも言わないで……。やってる子達、知ってるの。神崎君て知ってる? その子がみー子のこと、好きなんだって。でね、神崎君のことが好きな女の子たちのグループが、みー子に色々やってるみたい」


(庭師):

「神崎君のことは知ってましたが、まだまだ子供の美咲さん、異性のことより崇拝するお姉ちゃんのことを慕う気持ちの方が強かったこともあり、ご自身のことを「好きなんだって」と言われてもぴんとは来ないで、ただ迷惑だと思っただけでした」


〇約1年半前、九州の美恵子、美咲の家・美恵子、美咲の部屋(夜)

   美咲が、学校の友達から聞いた話を、美恵子に伝えている。


(庭師):

「その日の夜、美恵子お姉ちゃんに相談しました」


美恵子:

「そっか、相手のことがわかったのは大きいね

 (優しく笑って、美咲の方に両手を広げる)

 おいで」


美咲:

「(美恵子の方に駆け寄る)

 ……」


美恵子:

「(美咲を優しく抱きしめて、頭を撫でてやりながら話し続ける)

 そしたらね、これからまた何かされたら、その子達のところへ行って、なんでこんなことをするのか、こんなことはもうしないでくれって、言ってやるといいよ。それもみんなの見えるところでね。

 そういう奴らっていうのはね、大体、おおっぴらに自分たちのやっていることが広まるのを嫌うから、何もしないでいるより、ずっといいと思うよ」


美咲:

「(美恵子に抱きしめられたまま、こくんと頷く)

 うん……、わかった、やってみる」


〇約1年半前、美咲の学校・教室(昼)

   美咲が、イジメをしている女の子たちのグループに詰め寄っている。周りには、他の生徒たちがいる。


美咲:

「(少し足が震えている)

 なんでこんなことするの? やめてよ!」


イジメグループのリーダー格の女子:

「(うすら笑いを浮かべて)

 はあ、何言ってんの? あたしらがやったって証拠でもあんの?」


美咲:

「(少し震えた声で)

 あんたたち、神崎君のことが好きなんでしょ? こんなことしてるって、神崎君は知ってるのかなぁ?」


イジメグループの女子達:

「(悔しそうな顔をする)

 ……」


(庭師):

「早速、実践した美咲さん。イジメは、なくなりこそしませんでしたが、ある程度なりをひそめるようになりました。しかし、その後も、大なり小なりイジメは続き、美咲さんにとっても、美恵子さんにとっても、忍耐を強いられる日々が続きました。

 そして1年程たった頃、ようやくお父様の転勤が決まり、美咲さんも、東京の学校に転校することになったのです」


〇デイジーの学校・教室(朝)

   ホームルーム中の教室内で、美咲が黒板の前に立っている。クラスメートの前で、転校初日の挨拶をしている。クラスメートの中には、庭師と同じ顔をした女生徒も座っている。


美咲:

「初めまして。宮崎から来ました、美咲と言います。みんな、仲良くしてね!

 (にっこりと笑う)」


〇美恵子、美咲の家・リビング(夜)

   リビングでテレビを見ていた美恵子と美咲だったが、いつの間にか、美咲は寝てしまっている。


(庭師):

「大事な妹を、ようやく安全な場所に連れてこれたと安心顔の美恵子さん。新天地となった東京で、気持ちを新たにするのでした」


美恵子:

「(晴れ晴れとした顔で、美咲の寝顔を眺めながら)

 やっとみー子を宮崎から連れ出せたことだし、なんと東京まで来れちゃったことだし、性に合わんとか言っとらんで、ここは一旗揚げるっきゃないかな?」


(庭師):

「美恵子さんの男気は、まだまだご健在のようですね……」

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トウキョウ・ローズ マキシ @Tokyo_Rose

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