優しさのすれちがい。。。

@k-n-r-2023

 丈の回想録

丈の場合

 なにを焦ったのかな? 約束の時間よりもずいぶん早く来てしまった。木陰で一休みして昔を思い出すのは面白いかもしれない。彼女に会えるのは何年ぶりだろう?


 初めて出逢ったのはいつだったか。。。翔真に呼ばれて初めて家に行ったとき、すでにジャズにハマり切っていた自分たちは、ベースとサクソフォンで十分に演奏になっていた。あれは俺が16歳になろうとする夏だった。

「丈、今日は妹しかいないんだ。あいつも結構ジャズに漬け込んであるから一緒にいたがるかもしれない。」

「あぁ、いいよ、構わない。うるさい子供じゃなければね。」

「無口なんだ。音楽聞いていると特におとなしいよ。俺の妹だしな、結構可愛いんだ。先に言っておく、手、出すなよ! まぁ、まだ12歳だけどな。(笑)」

「なんだよ、おい。ま、子供には興味ないさ。女は色気のある年上じゃないとな。(笑)」

流石に翔真の親は金持ちだから、でかい家の中には防音の音楽室がある。思い切り練習できるのは助かる。ドラムの浩介はキットを貸してもらえるようになってて常にここにおいてある。ピアノは翔真のものが常設。こんなに好都合な練習場所、どこを探してもない。翔真と友達でいることが幸運だと思えた。翔真はビバップを中心としたかなり硬派な音楽を聴く。俺はソウルやヒップホップも聴ける。だから間を取ったようなジャズ・フュージョンはお互いを高めることのできる音楽として方向を定めることになった。なかなか面白い。今日は本腰を入れてセッションするかな。

翔真はインターホンを取って何か話している。きっと妹だな。 すると数分でコーラとコップを持ったオカッパの女の子が入ってきた。はにかんだような彼女は下を向いている。翔真は彼女を相当可愛がっているらしいと分かる、頭を撫でて、その手を頬に伝わせ、上を向かせた。

「瑞希。彼は俺の親友の丈、お母さんがイギリス人だから、ハーフなんだけど、結構お母さんに似てるから外人っぽいよな。ベースを弾いてくれているんだよ。さ、挨拶して。」

「こんにちは。小山内瑞希です。」

「こんにちはー 瑞希ちゃん。三上丈です。」

ようやく顔を上げた彼女は、驚くほどきれいな大きな目をしていた。子供にこんなに見とれたことは今までなかった。アンニュイという言葉があるけど、それをそのままこの子に当てはめることができた。

「どう、ほんとに可愛いだろ? 自慢の妹なんだぜ。もう一度言うけど、手、出すなよ! (笑)」


「めちゃくちゃ可愛いな!。ヤバい、彼女にする予約したいくらいだよ。(笑)」


瑞希は大人しく、ただただニコニコしながら練習を見て、時々本を読んでいた。彼女は翔真のそばで着かず離れず、お利口さんだった。翔真が自慢するのもよく分かる。その後も練習に来るたびに、彼女がいるか確認したり、飲み物を一緒に作ったり運んだり、他のバンドメンバー達がいるときも一緒にいるようになった。バンドのマスコットのような存在だったが、目立とうとしたり邪魔することなどは一切なかったが、バンドのメンバーも認めるほど心地よい存在感はあった。

同じような環境のまま数年が経ち、俺たちは血気盛んな高校生と大学生。各々彼女ができたり、ライブが多くなって若手実力派バンドとして取り上げられることもしばしばあった。

グルーピーっぽい追っかけまでできていた。それでも瑞希はそのままバンドに付き合って、PAの手伝いをしたり、可愛いだけじゃなくて気が利くから重宝がられていた。

こんな俺にも彼女っぽい女の子ができたりしたが、いつも女の方からの一方的な告白だったのを、断らないでいただけだから面倒になると放って置いて、女の方から勝手に切れていくことがほとんどだ。長くて三ヶ月、どの子にも本気になれなかった。翔真は高校の後輩で気に入った子ができ、付き合うようになり、その翔真の彼女の彩がいるとき、瑞希は時々独りでいなければいけないこともあった。本はいつも傍らに持っているようだったけど、ちょっぴり寂しそうで、俺はそんな瑞希を観ると少しやるせなかったから、傍に行き、肩を抱き寄せて頭を撫でてあげた。瑞希は嬉しそうだった。

「丈、女の子たちが待ってるよ。いかなきゃね。」


「大丈夫だよ。」

そう言って抱き寄せた腕を緩めなかった。

 瑞希は十四歳になろうとしている秋だった。ふと気がついたが、瑞希の胸が膨らみ始めている。そうか、瑞希も少女から女に変わろうとしているんだ。相変わらずのオカッパ頭だが、この髪型は不思議と色気も出せる。艶のある漆黒のオカッパ頭は、美しいし、端正な瑞希の顔にぴったりだ。彼氏とかできたのだろうか? 学校で男がこの子を放っておくとは思えない。。。妹でもないし、彼女でもない、でも複雑な心境だ。そして瑞希本人も、俺のそんな心境を知っているように見えた。だから、瑞希の気持ちをちょっと試してみたくなった。『俺のこと、、、気になっているんだろ? 』そう思うと瑞希の気を引くために色々とやってみたくなる。

 バンドのライブ演奏が終わると俺のところには、顔も覚えられないほど女が寄ってきた。彼女になれなくてもいい、少しでも体を接した関係がほしいという都合の良い女ばかりだった。そういう女が抱きついたまま、瑞希のそばを通り抜けることもしばしば。瑞希はそんな俺を目で追っていることにも気づいたが、そんなとき瑞希の顔は感情を出していなかった。賢い娘だ。翔真は相変わらず1人の彼女を大切にしていた。いつも隣りにいるから他の女はそばに来ない。時々大胆な女もいたが、翔真がはっきりと一線をひいていた。身持ちの良い男だ。来る者拒まずの俺とは大違い。

 
大学の進学が決まる頃、同時に瑞希も高校生になっていた。おとなしいけど、勉強はできるらしい。特に外国語は両親が世界中飛び回っているせいか、沢山勉強しているようだった。相変わらずオカッパ頭だが、俺が散々やらされていたヘアサロンでモデルをする仕事を紹介してあげた。モデルをするときは化粧もさせられるが、初めてモデルとして口紅をひいた瑞希を観たとき、目を奪われた。美しい。兄貴の翔真の都合が着かないとき、俺の時間があれば時々ついていってあげた。そんな彼女を見逃さない男は他にもいるはずだ。その日もモデルが終わったあとに、若手の美容師が瑞希を誘って外に出たのをみつけて、つい後を追ってしまった。男は瑞希を壁側に立たせてなにか言おうとしたようだった。邪魔してやるか。。。


「よう!瑞希。遅くなったな、帰るぞ。貴方はお店の人? お疲れ様でした。」


と無理やり瑞希の手を取って車のところまで連れて行った。男は唖然としていた。


「告白だけじゃなさそうだったな。彼のこと、気に入ってるの?」


「え?どうして? 告白なんてされてない。今日、とっても綺麗だったよって言ってくれたの。彼はすごく良い人よ。いつ来ても優しくしてくれる。」


「そうか、最初は不安そうだったから良い人がいてくれて、よかったな。」


「うん、バイト代も嬉しい。」


「バイト代でなにか買うの?」


「お兄ちゃんが行かないようなコンサートに独りで行けるようにね。」


「俺がついていってあげるよ。」


「丈もお兄ちゃんと同じような趣味じゃない?」


「時々ぶつかることもあるんだよ。翔真は正統派だからね。ま、行きたいコンサート決まったら一応声かけてみて。」


「わかった。でも、クラシックだと行かないでしょ?」


「気が向いたら行くかもしれないぞ。」


クラシック系なら、男が簡単に声をかけて来ないだろうし、独りで行っても大丈夫そうだ。俺はテレビで見るくらいでクラシックコンサートは行ったことないからな。。。瑞希には何でも経験させてあげたいものだ。なんか、兄貴の気分? というか、瑞希のことは最初からちょっと特別に観ていたからかもしれない。あの小さな瑞希を初めて観たときから、不思議な衝撃があったのは確かだ。ロリコンか、俺? 


 十月に入って、日が暮れるのが早くなった。夕飯も済ませたし、ちょっと翔真のところに寄って軽い練習でもしようかな。都内でも有数の大きな公園を通ることにする。瑞希が犬の散歩に来てるかもしれないな。ヨーロッパを思わせるような森の中、一箇所こじんまりしたスペースが有る。昼間は気づかないかもしれないが、月の綺麗な夜は、そこだけステージのように月明かりに照らされる。いた! 瑞希が空を見ている。彼女の犬は二頭の毛足の長い黒いレトリバー、二頭で戯れているが瑞希のそばを離れない。俺は風下にいるせいで犬たちはまだ気づいていないらしい。声をかけてみるか!と思ったとき、突然、瑞希は体を揺らしながら軽く踊りだした。スウェイするような体の揺らし方。。。間違いない、8ビートだ。普通ジャズの基本は4ビート。。。何を聴いているのだろう? 月明かりに照らされた瑞希は、薄っすらと笑みを浮かべているようだ。月光は狙ったように彼女を照らし、まるでスポットライトに当たっているみたいで、本当に綺麗だ。思わず傍まで行って抱きしめたいという強烈な感情が湧き上がったが、見つめていたいという気持ちが上回ってくれた。どうやら曲が終わったようで、また彼女はじっと空を見てた。犬たちが俺に気づいて走り寄ってきたので、瑞希もようやく俺がいることに気づいた。満面の笑み、走り寄って抱きついてきた。思わず抱き上げてくるくると3回ほど回ってみた。他人が見たら恋人のように見えたかもしれない。

「何してたの? 何聴いてた?」


「最初はね、星を数えてたの。そしたらちょうど曲がCounting Starsになったの。すごく気分が良くて踊っちゃった。」


「8ビートだったね。」


「え?わかっちゃった? 日本人の曲よ。Lo-Fi Hip Hopって言われているの。 そうね、ちょうどボサノヴァのような曲だから。」


「どれ?ちょっと聞かせて」

そう言って、彼女のヘッドホンを借りた。きれいな曲だ。少し上目遣いにして聞き入っている俺のことを瑞希がじっと見つめているのがよくわかった。なにか言ってほしいのだろう。俺にとって初めて聴く曲だったが、とても軽快で物悲しくもあるきれいな曲だ。


「いい曲だね。踊りたくなるの、わかるよ。」


瑞希は嬉しそうに微笑んで俺の腕にしっかりとつかまってきた。

「さ、帰るか。」

瑞希はうなずいた。犬たちもしっかりと傍らに歩き、今度は若夫婦に見えそうな感じだったろうな。。。 道路に出る寸前、外灯の下を歩いてくる翔真がみえた。妹の帰りが遅いと思ったのだろう。良い兄さんしてるな。
家につくと、俺と翔真は音楽室へ、瑞希は風呂へ直行した。


「瑞希、月明かりの下で軽く踊ってたよ。綺麗だった。」


「あいつ、一人でいることが好きでさ、普通の高校生なら友達と恋バナでもしてそうなのに、結構いい曲聴いて一人でいることが多いんだ。一曲を集中して何度も何度もリピートして完全に覚えてしまう。学校の友達とは当たり障りなく付き合っているらしいけどね。男子生徒に告られて、そいつがけっこうイケる男で、そのファンたちに顰蹙を買ったことがあって、以来、学校の友達とは関わりたくないらしい。まぁ、年齢は2つ上でも彩が良い友達で居てくれるしな。それに、誰かが俺とかお前と歩いている瑞希を観て、外に年上の彼氏がいると触れ回ったらしい。ま、瑞希にとっては好都合だったんだってさ。((笑)」


「俺は本当の彼氏になってあげてもいいんだけどな(笑)」


「何度も言うようだけど、本気じゃないなら手を出さないでくれ。 あいつはお前がどれだけ女に人気があって、ファンが放っておかないって知ってるし、兄友以外にはなってもらえないと思っている、親戚みたいなもんだと。」


俺は頷いてみせた。不本意にも思えたが、翔真は真剣に俺と瑞希を関わらせたくないらしい。俺が絶対に彼女を傷つけるっていうのか? 俺に何が出来る??と自分に問いかけると、何も答えが浮かばない。。。
すぐにバンドのギグの話になり、しばらくギグでライブハウスに出ることが多くなる。瑞希もPAなども含めた手伝いで同行するというのが嬉しかった。ま、楽しく演奏しなくては。。。

 俺は、瑞希に手を出せないことにイライラしていた。そのせいで、つい瑞希に意地悪してみたいと思うことばかり頭に浮かんできた。グルーピーの類の女たちは後を絶たず、楽屋前やライブハウスの前に屯して俺を待っていたり、積極的に俺にアピールしてきたりで、気に入った子がいれば、瑞希がいるのがわかっていても、わざと平気でペッキングしたり、時にはディープなキスもしてみせた。女たちはそれが目的だから、嬉しそうだ。俺はいつも瑞希に目をやって彼女がどうしているか観ていた。彼女は純情ぶって目を背けたり、驚いたりしていなかった。まるで大人の女のように、もう、よくわかっているのよ・・・と言いたそうだったが、明白に普段よりも悲しそうな顔していた。。。そう、とっても悲しそうだった。瑞希・・・お前は俺が好きなんだろ?? ちがうの??


 十一月二十二日のギグは盛り上がった。二時間近い演奏も絶好調で、演奏中から強い酒もガンガン入っていた。気分がいい。だから女たちの要求も聞き入れてあげることにした。演奏後、楽屋とは別の準備室に二人の女が俺を連れて行った。彼女たちはなぜかコークを持ってた。それを自分たちと俺の鼻の穴の中に塗りつけて、酒の酔いをもっと極める方向に持っていった。いいじゃないか、盛り上がった演奏の疲れも取れるし、もっともっとハイになって、自分を高めることが出来る。どんどん新しい曲やアレンジが頭に浮かんでくる。幸い、女たちはそれ以上のことを俺に求めてこないから、今を楽しめばいいんだ。俺は女には極力優しく接することにしている。出来るだけの希望を叶えてあげたい。ただ、その場以上のことを求めてくれるなと最初に釘を差し、承諾を得ておくことにしている。もちろんその中で俺を虜にしてくれるような女性が現れたら話は別だが、今のところ一人も俺を揺さぶって高みに連れて行ってくれる人はいない。

それどころか、彼女たちを抱いていても顔を見るわけでもない。俺が想像しているのはいつも瑞希の姿だった。そう、触れることすらできないでいる瑞希の顔と体。それが想像できるだけで、曲が浮かんでくるし、最高に良い気分になれるのだ。

 その日は特に気分が良かった。その女二人と良い感じのプレイもできそうだ、と思ったとき、ドアの方を観ると瑞希が立っていた。あぁ、瑞希、こっちにおいで。。。俺を高みに連れて行ってくれ。瑞希はじーっと俺を観ていた。俺は気分が高ぶってきていた。想像ではなく本人がそこにいるんだ。

瑞希は俺の方に潤んだ眼を向けていた。そして、緩やかに首を傾け始め、体をスウェイし始めた。ゆっくりと、自分の肩に手をやり、流れるように胸まで伝い降ろし、片方の乳房を自分で鷲掴みにした。みずみずしく濡れた唇が光り、薄っすらと口を開け小さく痙攣させた。それを観た途端、俺の顔はこわばり、女の背中に射精してしまった。瑞希の姿は官能的だった。まるで、お互いを視認しながらのマスターベーションだった。瑞希はそっと部屋を出て行った。俺は女たちのするがままに抵抗しなくなった。

次に瑞希に逢ったとき、お互いに目をそらすことなく微笑む事ができた。不思議だ。お互い何も求め合う行動に出なかった。今なら、何らかの関係の進展を望めるかもしれないのに。。。すれ違いも多く、そうせずにただただ無駄な時が経っていった。


 いつの間にか俺たちは大学生活も残すところあと1年。瑞希も大学生となり語学部ドイツ語学科で勉強しはじめることになった。あの可愛かった子が大学生か。。。 更に俺は、アメリカに行き来が激しくなり、卒業後はプロデューサーの勉強に来るようにと言われて、そのつもりになっていた。常に何かを求めていたが、何を求めているのかは分からなかった。ただただアメリカという豊かな土壌に酔いしれて、曲ができれば幸いと考えているだけ。。。翔真は、本格的に始めていたアニメの導入曲などが軌道に乗って、忙しそうだった。なかなか彼の家に行けず、瑞希に会うこともなくなってしまった。メールのやり取りだけと言ったところだ。 卒業のためにアメリカから帰ってきたとき、久しぶりに小山内家に行くことになった。それぞれが良い方向に進みだしたこともあり、話すのが楽しみだった。

 玄関に翔真が出てくれた、ハイファイのあと胸をぶつけ合い肩をたたいて再会を喜んだ。彩は後ろに居て、卒業したら結婚するんだという報告も受けた。仕事も順調だし良いことづくめのようだ。翔真は面白おかしく最近のことを話し出し、久しぶりに親友との談笑は心地よいものだった。俺はというと、特定の女と付き合うことはなかった。それでも、忙しさの気を紛らわすような、割り切った付き合いができる女は居てくれた。パーティに招かれても、そういう女性がパートナーを装ってくれたので、はみ出すことなく生活できていた。


「ところで、瑞希は??」


「瑞希は彼氏ができたよ。恋をしているんだ」


「丈もびっくりするわよ!瑞希は大人っぽくなったのよ。凄く綺麗よ」


「そうか、逢えるのが楽しみだな。」


 そんな会話をしているときに、ドアが開く音がした。瑞希が入ってきた。髪型は相変わらずのオカッパのようだけど、ワンレングスのボブになっていた。 驚いた。恋をすると女性は色気がでるというが、瑞希はまさにそれだった。体の線や仕草もそうだが、とにかく表情が美しい。愛されているのだろうな。そう思うと、ふつふつとやり場のない嫉妬心が湧き上がった。どんな男が瑞希を手に入れたんだろう?? という好奇心が頭を埋め尽くしていた。そのせいか、つい力が入ってしまうほど思いっきり彼女を抱きしめた。あぁ、そう、この感触。瑞希じゃないと得られないこの感触。記憶に残る彼女の感触と同時に、薄っすらと香水に混じった新しい甘い香りがした。男を知って大人になった瑞希の香りは揺すぶるほど唆られるものだ。くそっ。。。平静を装うって難しいものだ。


「彼氏ができたんだって? どんな人なの?」


「うん、ピアニストなの。」


「丈くん! 瑞希の彼氏は生粋のイギリス人よ。そういえば、貴方はお母さん似で、お母さんがアイルランド系アメリカ人だから、外人ぽいよね。昔から瑞希は丈のことが大好きだったけど、瑞希って白人系が好きみたいなのよね。あなた達、なんで付き合わなかったのか不思議。。。」


「彩、俺は翔真No.2なだけで、瑞希から恋心を持ってもらえなかったんだよ。俺はいつでもOKだったんだけどな。。。悲しいよな。。。」


「なに言ってんのよ! いつでも女の子侍らせていて、いつあんたのような華やかな男に取り入れることができるんだか。。。観ててうんざりだったわ。翔真もいつもお題目のように言ってたわ、丈にだけは大事な妹を持っていかれたくないって!(笑)」


「彩ちゃん、私は別に白人系が好きっていうわけじゃないよ。。。ただ、外国語でも言葉が分かりあえて縁があった人が、たまたま白人だっただけ。」


「あ、ごめん! そうよね。 私、あなた達が初めて出逢ったときに一緒に居たけど、あれはもう、電光石火が眼で見えたもの、それも二人同時にね。 彼も口数が多い人じゃないから。瑞希をじーっと見つめ続けてて、意を決するまでほんのちょっとの間微動だにしなかった。その場にフリーズしてた。その後、猛烈にアタックしてきたね。 瑞希は最初こそ戸惑ってたけど、すぐに受け入れたよね。私も翔真も、よっしゃー、これだわ!って思えたものよ。」


俺は、自分の表情がこわばるのを感じるほど嫉妬した。どんな男なんだろう??


「で、彼はどんな人なの? 今どこ? ここにも来るの?」


「丈君、気になるよね。(笑) 彼はね、十七歳のときに、あの有名なショパンコンクールで優勝した、天才ピアニストよ。貴方も背が高いし、手が大きくて指が長いじゃない?ベーシストにはうってつけだけど、コートニーもでっかいから、指も長いのでピアノには向いてるのね。もうすぐ来るわよ。」


「へぇ、コートニーっていうんだ。日本語どうなの?」


「コートニーはまだ日本語は話せない。でも、丈が英語大丈夫なんだし話してあげて。 ただ、無口だから会話が成り立つかどうか。。。今回はたまたま、日本のレコード会社にCDの録音に来たの。」


「そうなんだ。忙しいんだね。 ピアノはクラシックだけなの? 英雄ポロネーズとか弾いてるだけ?(笑)」


ちょっと蔑んだように瑞希をからかってみた。


「ううん、クラシックだけじゃないわ、ビル・エヴァンスやキース・ジャレットの感じも時々弾いてくれるの」


「そうか、ジャズもまともに聴いているってことか。瑞希の影響?」


「私と出会う前から気分を切り替えたいときにジャズのレコードを聴いて、自分でも弾いてみているの。努力家だし、勉強家なのよ。」 


そういった瑞希は、うつむきながらも、ほんの少し口角をあげて、いかにも愛している人を語っているのだとわかるような、高揚感のある表情を見せた。ふと彼女の頬に触れたくなる。彼女にこれをしてもらえたのは俺だったかもしれない・・・という悔恨の念が過ぎってしまう。 どんな男なんだろう??


 翔真の家のお手伝いさんに案内されて、一人のイギリス人が音楽室に入ってきた。デカい。 俺と翔真は、どちらも180cm以上あって、大きい方だが、俺たちよりも背は高い。ただ、もの凄く細い。髪は榛色(本物のプラチナブロンド)で、背中の中心まで届く長さを日本製の組紐で束ねていた。もしかすると瑞希が作ったのかもしれない。顔は丹精で美しい。目は青ではなくて、緑だ。吸い込まれそうな色だ。こいつは人目を引くことは間違いない。

 瑞希は彼に駆け寄って抱きついていった。その時の彼の安心しきったような微笑みは、観ている俺たちまで微笑んでしまった。熱い抱擁と軽い口づけ。映画のワンシーンにもなれるくらい爽やかなものだ。 彼は、その場を離れるために「ごゆっくり」と言ったお手伝いさんに丁寧にお礼を言っていた。そして、瑞希は彼の手を引いて俺のところに来た。


「丈、この人がコートニー、私の彼氏よ。」 

と紹介された。 するとコートニーは、それまでうつろな目をしてボーッとしていたのに一気に満面の笑顔になって握手のための手を差し出してきた。指が長い。ピアノはもちろんだが、ベーシストとしてもかなりのアドバンテージだ。

  ※以降は『』を使って英語を日本語にして記します。


『はじめましてジョー、コートニーです。コートニー・ヒューズ。お目にかかれてとても嬉しいです。瑞希から貴方の事は沢山聞いています。お会いしたかったので現実になって凄く嬉しいです』


『ジョーです。こちらこそ、お目にかかれて光栄ですコートニー、今後ともヨロシク。』


握手の手はお互いに力を込めていた。その後は、彼は瑞希の肩を引き寄せたままピアノに近づいていた。片手で鍵盤に指を触れてじっと観ていた。翔真が口を挟んだ。


『ショパンでも弾いてくれる?』


『もしかすると、Polonaise No.6 "Heroique" Op.53 が聴きたいですか?』


あれ? 俺の嫌味がもしかして聞こえててたのか? エスパーじゃん。。。


『そう!よくわかったね。だって、ショパンといえばポロネーズなんだよね、僕たち日本人としては。』 翔真は後腐れのない言い方をするものだ。


『分かりました。ヤマハのピアノは初めてだけど、上手くついてきてくれるかな?』


と言って、椅子に座る直前まで片腕の中の瑞希を放さなかった。椅子に座ると使われていない鍵盤がどれかもしっかりと触って確かめて、大きく深呼吸して弾き始めた。ここに来る直前までピアノを引いていたらしいので、指の準備運動はしっかりできているようだった。瑞希は彼の顔だけが見える壁側の位置に下がった。 天才ピアニストの手は軽やかでパワフルという驚異的なものだった。 瑞希の顔は少しだけ桃色になった気がする。コートニーの弾き方は、よくいる芸術家気取りのピアニストのような眉間に皺を入れて、真剣さを強調するようなものではなく、悦に入るという言葉のように、この曲のために彼の体は浮き上がり、目は先の瑞希に向けられ、彼女を欲して止まないという高揚感を表していた。たった10分足らずのこの曲が終わると、彼はすかさず瑞希のところに駆け寄り、熱い、熱い口づけをした。。。勘弁してくれ。。。俺も高揚しているんだ。。。

コートニー・ヒューズという男が本物の天才で、芸術家であるということを思い知らされた。翔真が歩み寄ってきた。薄っすらと汗をかいているのがよく見えた。


「瑞希を持っていかれても仕方がないよな。。。こてんぱんに打ちのめされた気がするだろ? ゆるいサティを弾いているときも同じなんだよ。。。チャンバロも弾けるしな。 なぁ、丈、クラシックとジャズって似てるよな。 狭くて深い。抜け出せない。」


「そうだな、その通りだと思うよ。ただ、ジャズには新しいものを追加できる。狭くて深いけど広がりはクラシックよりも大きく広がるのかもしれない。」 

そうこうしていると瑞希と天才ピアニストが寄ってきた。


「ねぇ、丈も何か聴かせてあげて。コートニーも楽しみにしているの。」


「そうだね、でも、彼の曲のように10分近くを一気にというベースソロはないからな。。。2曲をメドレーでいこうか。」

そう言って、持ってきたフェンダーのジャズベースのチューニングをしながら何にするか決めた。ジャコ・パストリアスにしようかな。スタンダードなジャズではなくてジャズ・フュージョンだけど。


「じゃ、Donna LeeとPortrait of Traceyをメドレーでね。」 

そう、この2曲はいつも瑞希を思い浮かべながら一人でも弾いている曲なんだ。彼には伝わるかもしれないな。。。Donna Leeのところだけ、翔真がボンゴをいれてくれるという。完璧だな。 そう、あのエレクトリックベースの天才だったジャコ・パストリアスが、自分の愛する人を思い浮かべながら録音した Donna Leeと愛する人のために作った Portrait of Tracey・・・俺の心境と同じだったはず。 翔真のパーカッションパートがスムーズに始まって、すんなりと入れた。軽快なビートになれる名曲。自分の指の長さを十分に使える気分が良くなる曲。瑞希の体も動いているようだ。そして、Portrait of Tracey・・・。瑞希は目を閉じて微笑んでいる。そしてコートニーは、俺の顔を観ているようだ。 そう、君にはわかるだろう?愛する女を思いながらこの曲を弾くと、眉間に皺が寄るんだよ。自分がどれだけ切ない気持ちを引きずって弾いているかが出てしまう。きっとコートニーはそれを見逃さないだろうな。。。その対象が瑞希だということはわかるのだろうか? 弾き終わると二人が寄ってきた。コートニーは決して褒め言葉などを連発する人じゃないらしい。それでも一生懸命に感動したという感じの接し方をしてきた。そう、ベースギターを6弦ギターのように使うからかもしれない。気に入ったようで良かった。


「今度2人にドラムの浩介をいれてなにかセッションできるといいのに。。。キース・ジャレットの Oleoなんか最高だわ!」

と彩は興奮していた。コートニーは興味がありそうな顔をした。でも、彼は世界中を飛び回るピアニストだし、夢の夢だな。

 その後の食事と酒の席は楽しかった。コートニーと瑞希は酒をほとんど飲まない。二人でくっついて入るがイチャイチャしたり、ベタベタしない。観ていて本当に清々しい。それでも付け入る隙を見せてくれないのが、この二人の絆の強さを伺わせる。瑞希の肩を抱き寄せるのは俺だったはずなのに。。。俺は一体何をしていたんだ。。。

 結局はセッションは果たせずに、俺はアメリカに行くことになる。一年の大半をニューヨークで過ごし、東京に帰ってきても私用で動くことはできないことばかり。。。 翔真と彩の結婚式にもお祝いと一緒にビデオメッセージを送っただけ。友だち甲斐のない野郎で、悪かった。。。ごめん。 瑞希は??  彼女も結婚したという。コートニーと二人だけの結婚式。スコットランドの北端、インバネスの小さな教会に行って、永遠の愛を誓ったという。東京とロンドン、そして、ベルリンの三ヶ所を転々としているようだ。瑞希はピアノのツアーには必ず同行しているらしい。ニューヨークに来てくれれば逢えるのにな。。。 程なく、瑞希には子供が生まれたと聞いた。男の子。コートニーの親に溺愛されていると翔真は言っていた。瑞希は良い母親をやっているのだろうか? 当然良い母親になっているだろうな。。。

 

 オープンエアーのジャズ・フェスティバルは7月。マーカス・ミラーのプロジェクトには、若手をサックスで入れて連れてくるという。何度か仕事でつきあわされているが、1日休みをもらった。翔真に連絡したら、瑞希が2人目を産んで帰国しているという。彼女をこのコンサートに誘ってみたいと翔真に伝えた。

半日もしないうちに返事が来た。喜んで行くということだった。ただし、生後4ヶ月の2番めの子を連れてくるという。上の子はコートニーとイギリスに行かなければいけなくなったらしく、瑞希と下の子は日本の実家、つまり翔真と彩夫婦と過ごしているという訳だった。


「心配するな、赤ん坊だけど凄くおとなしい。瑞希は母乳で育てているから、預けることは一切しない。上の子も手元においておきたかったらしいが、コートニーの両親も寂しそうだから、連れて行かせたみたいだ。上の子は男の子だけど、黒髪で瑞希にそっくりなんだ。コートニーにとっては瑞希の代わりみたいなものだろうな。。。あいつ、瑞希なしでは生きていられないからな。今回も、瑞希がどうしても下の子だけとの時間がほしいとコートニーと上の子をねじ伏せたのさ。父子ともに不服そうだったけど、母親にも休息は必要なんだよと、彩に言われてハッとしていたよ。 まさか、丈とデートだなんて、言えないよな。。。(笑) でも、瑞希は伝えると言ってたよ。隠し事はしないんだろうな。」


「そうか、楽しみだな。でもさ、俺、赤ん坊って触ったこともないんだけど。。。大丈夫だよな。。」


「ま、お前も所帯持つかもしれないし、デキちゃった結婚とかありそうだしな(笑) 慣れておくのもいいんじゃない? おれなんか、もう、彩に無理やり面倒見るようにって言われているよ。彩も子供欲しがっているんだ。。。ま、こればかりは運を天に任せて・・・といったところさ。。。」

翔真まで所帯じみたことを言うようになったものだ。。。


 今日は木陰でも暑いかもしれないと思ったが、幸い、涼しい風も通り、木陰なら瑞希もきっと満足だろう。わざわざ電車で来ると聞いたときはびっくりしたけど、帰りは誰かが迎えに来るらしいから、疲れない程度に楽しんでもらおう。 ぼーっと昔のことを回想しているとあっという間に時間が経っていて、約束の時間を5分超えていた。駅の方から近づいてくる女性に気づいた。抱っこ紐に赤ん坊がいて、小旅行用のポリカーボネートのトランクを引いている。瑞希だ。

 相変わらずのワンレン・ショートボブ、近づいてくるごとに口角が上がり、白い歯が見え、笑顔の瑞希が目の前に立った。信じられない。女って、子供を生むとここまで美しくなるものなのだろうか? 俗世間では女は子供を産むことで劣化すると聞いたことがあるのに、唖然としてしまった。多分、子供を産んだことで、男から、より一層愛されているのかもしれない。髪にも肌にも艶があり、ほとんど化粧などしていないのに、黒目がちの眼は潤い、唇は触らなくても柔らかさがわかる。赤ん坊が間にいるからうまく抱擁ができない。瑞希の頭と頬に軽くキスをした。良い香りだ。。。懐かしい甘い香りがしているが、それに上乗せした新しい芳醇な香りもした。


「丈、逢いたかったわ! 元気そうで嬉しい。」


「瑞希も元気そうだな! それにしても二児の母とは思えないほど綺麗だよ! いや、ほんと、びっくりしちゃった。」


「ありがとう(笑) 寝不足で目の下に隈ができてるけどね。。。はい、この子、シャーロットっていうの。4ヶ月になったのよ。 上の子の名前はトリスタン、もうすぐ4歳になる。いつか会ってもらえると良いのだけど。。。私に似てるの。」


「どちらもスコットランドの名前みたいだね。コートニーはスコティッシュじゃないよね?」


「彼のはイングリッシュ。でも、私達が結婚した場所はスコットランドだから、スコットランドに因んだ名前にしたの。」


小さなトランクの中から敷物を出して大きな欅の木の下にピクニックのように広げて座ることにした。瑞希はシャーロットを持ち上げて、抱っこ紐から解放した。そして俺に渡してきた。

「はい! シャーロット、丈おじさんですよー 抱っこしてもらおうね(笑)」


「おいおい、俺、赤ん坊なんて抱いたことないんだけど。。。大丈夫なのか?」


「大丈夫よ、もう首もしっかりしてるし、彼女はチャレンジャーだから、ハイハイもすぐできるようになるわ。」


俺は赤ん坊を渡されるがままに受け取った。けっこうずっしりと重い。 ふわふわの金髪で眼は緑。まさにコートニーの幼女版といえる。キョトンとした顔は不思議そうに俺を見つめていたが、いきなりキャッキャッと笑い出した。 可愛い。。。予想外に可愛い。一体どうしたらいいんだ、このフラジャイルと言えるほど柔らかくて、俺のことをじっと見つめて嬉しそうにしている生き物。。。 なんとも言えず楽しく感じてしまい、バーベルを持ち上げるように、高い、高いをしてあげると大喜びする。


「瑞希、俺、けっこう感動しちゃってるよ。。。この子、可愛い。」


「それは良かった。どうやらシャーロットも丈が好きみたいよ。いつもなら知らない男の人にはこうならないの。翔真なんか、顔を見せただけで、ギャン泣きだったのよ(笑)」


なんとも言えない優越感を覚えた。赤ん坊にこんなに気に入られるとは自分でも驚きだ。父性愛って、こういうのなのだろうか?? 観ているだけでも時間を忘れるほどだ。赤ん坊をあぐらをかいた真ん中に入れて、ゴロゴロさせていた、瑞希は優しそうな顔をして、俺と赤ん坊を見つめている。すると、いきなり、シャーロットはぐずりだした。。。なんとなく悲しそうに小さな声を出すだけだけど、どうしていいかわからない。

「あ、ミルクの時間かな??」

と瑞希は、トランクの中から薄手のリネンでできたケープのようなものを出した。そして自分の首に巻く。小さなタオルを片手に持って俺に言う。


「ねぇ、丈、観て。」と言ってケープの首周りを引っ張って、上から覗き込ませるように豊満な胸を俺に見せた。俺は少し驚いた。

「母親になるとね、赤ちゃんが泣いたり、ミルクの時間だわ!と頭で認識した途端にこうやってミルクが出てきてしまうのよ。」 

瑞希の乳首からはミルクがジワッと溢れ出てきていた。これには驚いた。 緑茶に浸けてから絞ったという濡れタオルで乳首を拭いた瑞希に、シャーロットを渡した。俺はケープの上からまた覗き込んだ。シャーロットは一気に貪り始めた。そしてケープの下の小さなプライベート空間に一人で入っていったのだった。そうか、外でも授乳できるようにケープを用意して、他人には何をしているかわからないように赤ん坊に乳を与える。 そんな瑞希は完璧な母になっている。そこはかとなく幸せそうで、更に美しいと感じた。

「シャーロットの次に俺も吸っていい?」


「(笑)何いってんだか。 これはシャーロット限定、専用ミルクバーなのよ。(笑)」


「どう?コートニーは相変わらず優しく愛してくれているか?」


「出会った頃とほとんど同じ。良い父親だし、私はとても幸せよ。」


あぁ、もしもその相手が俺だったら、こんなふうに言ってくれただろうか? 自分が瑞希といる生活を随分夢見てきたのは確かだ。 しばらくすると、どうやらシャーロットは眠ってしまったようだ。瑞希はケープを取って、バスタオルの上にシャーロットを寝かせ、ケープを上にかけてあげた。 ステージではマーカス・ミラー・プロジェクトのRun for coverが始まった。俺も瑞希も心躍った。瑞希は目を閉じて、体を揺らしている。昔見た月明かりの下での踊りのように踊ってほしいのに。。。 俺たちはシャーロットを真ん中に体を寄せ合った。好きな音楽は俺たちを高揚させた。すると瑞希の方から口づけてきた。俺は少し驚いた、でも、これをどれだけ長い間望んできたか。瑞希は官能的な表情をしてみせた。俺は溶けてしまいそうだ。舌を絡めあったディープなキスは、他の何にも変えられないほど甘美なものだった。いつまでも続けていられそうなのに、シャーロットが少しぐずったので、お互い我に返った。出来ることならこのまま、瑞希とシャーロットを連れて誰も知らないところへ行ってしまいたい。そんな衝動に駆られた。


「瑞希、昔から俺たち、結構お互いが気に入ってたよな。どうして恋人の関係になれなかったんだろう? もちろん翔が俺を遠ざけようとしていたのもあるけど、そんなことは関係なくなるもんだよな。単にタイミングが合わなかっただけかな?」


「確かにいつもタイミングが悪かったわ。丈はいつでも女の人に囲まれてたし、私のことは妹でしかなさそうだと、いつも感じた。 私、丈が彼女たちとセックスしているところ何度か観たことがあるの。偶然にね。」


「え?一回じゃなくて? あの一回はよく覚えてるよ、瑞希の反応に、抑えられない気分になってしまったんだ」


「うん、私も覚えてる。あのときは、丈、どうして??って問い正したかったのに、なぜか、私が丈とセックスしているような感覚になっちゃってね。触ってもらってたわけでもないのに、完璧なオーガズムを感じたの。新鮮だけど恥ずかしくて複雑な気分だったわ。。。」 

こんな事普通語り合うか??

そうだ、俺もまるで夢精してしまったような形になった。薬と酒で普通じゃなかったのもあるが、気分は高ぶり、気持ちがよかったんだ。。。


「ただね、丈。。。貴方は私が観た限りではピークになるとき眉間に皺を寄せて苦しそうな表情をするのよね。それが凄く気になった。本当は嫌なのかしら?とかね」


「それはどんな男もオーガズム感じるときなんか、苦しそうな顔するんじゃないか? ま、俺は自分の顔観たわけじゃないけど、普通じゃないのか?」


「確かにそうかも、丈がベースを弾いているとき、気分が乗って凄くハイなときも、そういう苦しそうな顔になっているかもしれない。観ている女性たちはみんなそれを観て、どうしようもない欲求にかられているのも知ってた。唆られるっていうのかしらね?  コートニーはね、ぜんぜん違うの。彼は私の顔を見つめ続けるの、微笑んでくれるの。そしてピークに達するとこれ以上ないという喜びに満ちた表情をしてくれるの。それはピアノを弾いているときも、同じ顔をする。それを観たとき、私は無条件に愛されていると感じるの。丈とそういう関係になったことがないからわからないけど、多分私には辛そうに見える表情をするんじゃないかしら?。。。」


 シャーロットはそのままスヤスヤ寝ていた。俺たちは肩を寄せ合ったまま、昔話を続けていた。 俺は悟った。瑞希は彼女にとっての理想的な伴侶を見つけたのだ、それは俺ではないということがハッキリした。なんとも言えない敗北感を感じる。

翔真から電話が来て迎えに来るという。俺はこのコンサートの楽屋に呼ばれているが、翔真の車のところまで行くことにした。すれ違う人々は俺たちを子供連れの夫婦に思うらしい。子供が金髪だが、俺もシルバーに染めているし、顔も外人寄りのハーフだから違和感がないみたいだ。夫婦に思われること、こういうのを夢見たのは俺自身だったんだ。

 出口をあとにしてベンチのあるところまで行き、また3人で座った。ものの数分で翔真のベンツが到着した。こっちが腰を上げるが早いか、車から人が降りて走ってきた。コートニーが子供を抱えて走ってきたのだった。帰国が思ったよりも早かったらしい。瑞希と抱擁し、子供の方も瑞希に逢えて大喜びしている。この子がトリスタンか。ほんとだ瑞希にそっくりじゃないか。コートニーはトリスタンと俺のところに駆け寄ってきて、肩を抱き合い、再会を喜んだ。


『久しぶりです。元気そうで何より。この子がトリスタンです。瑞希にそっくりでしょ? トリスタン、彼は丈さん、ママの古くからのお友達なんだ。ベーシストなんだよ。 ごあいさつして。』


『こんにちは、トリスタンです。お会いできてとても嬉しいです。』


『こんにちは、トリスタン君。 丈です。僕も君に会えて凄く嬉しい。可愛い妹がいるんだね。シャーロットは良い子だったよ』 

トリスタンは妹を褒めてもらえて嬉しそうに微笑んだ。そういえば昔、翔真も同じように瑞希を褒められると嬉しそうだったな。兄妹って、そういうものなのかもしれないな。。。俺にはそれもわからない。。。 四人家族が揃った姿は眩しいほど微笑ましいものだった。何かのコマーシャルに使われてもおかしくないほど絵になる家族だ。

『よう、トリスタン、こんど翔真伯父さんのところで、俺と遊ぼうな。』

トリスタンは嬉しそうに頷いた。


「翔真、また遊びに行くよ。来月ならしばらく滞在できるから。」


「おう! 彩が逢いたがってるよ。とにかく時間作ってくれ。 じゃーな!」


瑞希たちを乗せた車は、去っていった。俺は大きく手を降って別れを惜しんだ。車の中からトリスタンが手を降っているのがよく見えた。 色々な意味で衝撃的な一日だったな。。。コンサートの会場に向かって歩いていると時期尚早な枯れ葉が一枚落ちてきた。そうだ、トリスタンには絵本の「葉っぱのフレディ」をプレゼントにしようかな。そんなことを考えながら、歩いてみたが真夏の夕暮れは、ジャズの調べに似合う、芳醇な香りのする風をつれてきてくれたのだった。すれ違う風は心地よいものだ。









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優しさのすれちがい。。。 @k-n-r-2023

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