最終話 居場所への帰還

 オルグイユ王国、王都グラン。

 マチアス・ジャックミノー卿の屋敷には、七年前の再現のように、ジャックミノー派の貴族による会合が行われていた。

 内務卿だったマチアスは現在、宰相の地位に就いており、病に伏せる国王に代わり内政を行っているが、次期国王として存在感を強めるヴェリテ王子の勢いに押され、以前の強権は成りを潜めていた。自身も病を抱えており、六十二歳という年齢よりもさらに一回りは老けて見える。流石に本人の前では誰も口にはしないが、ジャックミノー派はそう遠からず、一つの転機を迎えることだろう。例えば、代表者の名前が変わってしまうような。


「諸君らに集まってもらったのは他でもない。本日の議題は、メサージュでの騒動に起因し、ロワ・シュバリエによって身柄を拘束された、マルク・ドゥラランドについてだ」


 悪徳商人のバンジャマン・ラングランの違法行為を黙認し、民に重税を課すことでバンジャマンに優位な状況を作り出し、自身は私服を肥やし続けていたマルク・ドゥラランドは現在、ロワ・シュバリエによる厳しい追及を受け、余罪は日に日に増え続けている。貴族の不正撲滅を掲げるロワ・シュバリエが徹底的な捜査を行うことは有名な話で、貴族としてのマルク・ドゥラランドの再起の芽はすでに摘んでいる。


 ジャックミノー派の貴族には違いないが、マルクはしょせん末席。彼が抜けたところで大きな損失とはならないが近年、ジャックミノー派の貴族が何らかの犯罪行為が明るみに出たことでロワ・シュバリエの追及を受け、破滅する事例が二件発生している。マルクを始め、破滅した貴族たちは七年前に、レイモン・ブラントームを陥れる企みに加担し、何らかの役割を担った者たちだ。マルクもブラントームの領内に大量の武器を運び込むことで、レイモンの疑惑の証拠を捏造した。


「何者かが意図して、我らジャックミノー派の人間を狩っていると見て間違いないでしょうな」


 ジャックミノー派の第三席。ジェラルド・ラカンが渋面を浮かべる。

 ジャックミノー派の貴族たちはこの七年間で権威を拡大し、ジェラルドは現在、軍事部門のトップである、軍務卿の重役についていた。


 この数年でロワ・シュバリエの影響力が拡大したこともあり、最初の二件については不正撲滅の過程で偶然捜査対象となった可能性も考えられたが、ジャックミノー派の調べによると今回のマルクの失脚の道筋は、何者かが計画的に道筋をつけたものである可能性が出てきた。それを受けて調べ直した先の二件の事例についても同様だ。

何者かが意図して、ジャックミノー派の貴族を破滅へと追い込んでいる。


「だとすれば、最も疑わしいのはトマ・バルバストルであろう。レイモン・ブラントームの友人であった彼奴にはその動機があるし、調査室を退職後の消息も一切不明だ。権威の失墜を狙ったある種の暗殺。彼奴の考えそうなことだ」


 第四席のセドリック・カバネルが、髭を擦りながら忌々しくその名を口にする。現在は王国の金庫番たる、財務卿の地位に就いている。諜報を得意とする男の消息が数年に渡り不明。それだけでも不安材料だったが、いよいよ牙を剥いてきたということだ。


「トマ一人ではなく、組織ぐるみで動いていると考えるべきだろう。トマには確か息子もいたな。七年前から行方不明と記憶しているが、親子ともども我らに歯向かうつもりやもしれん」


 トマの息子、ギー・バルバストルの関与を真っ先に疑ったのは、第五席のディディエ・カルパンティエであった。現在は王国法を司る、刑部卿の地位に就いている。


「過去の亡霊が今になって我らに矢を引くか。面白い」

 

 不敵な笑みを浮かべたのは、七年前の計画を立案、実行し、手ずからレイモンに毒を盛ったジャックミノー派の次席、ラザール・ルメルシエであった。年齢不詳な感があり、七年が経った今でも容姿はさほど変わっていない。

 現在の肩書は内務卿であり、ロワ・シュバリエの権威が拡大した今でもその影響力は健在だ。内務卿補佐官の地位には現在、子息のエンゾ・ルメルシエが就いてる。エクトル・ジャックミノーの体調が思わしくない今、ジャックミノー派は事実上、ラザールが率いており、次期代表、次期宰相との呼び声も高い。


「権力も持たぬ者の放った矢など襲るるに足りぬ。再びへし折ってやるまでのこと」


 ※※※


「戻ったよ。済まないね、用事で合流が遅れてしまった」

「お帰りなさいアンリ。お土産ぐらいは買ってきてくれたよね?」

「待ちくたびれたぜ、大将」


 オルグイユ王国南東部の町ピエスに構えた拠点に、アンリたちは到着。先に到着していたアデライドとオーブリーが待ちわびた様子で三人を迎えた。


 何かがあったと察しながらも、あえて自分から土産を催促してお茶を濁すあたりがアデライドとオーブリーの優しさだ。アンリの正体を知らずとも、例え彼が自分達に黙って影で何かを成していようとも構わない。彼個人の人柄に惚れこんでいるからこそ今この場所にいるのだから。


「アントロジに寄っていたんだ。旬のフルーツをたくさん買って来た。祝勝会を兼ねてこれからみんなで頂こう」


 アンリが大量のフルーツが盛られたバスケットをテーブルの上に置いた。二人に急かされるまでもなく、待たせている以上、毎回その土地のお土産は欠かしていない。


「私も頂いていいですか」


 入口の扉を叩き、幼さの残る声が伺いを立てた。故郷メサージュを旅立つ覚悟を決めたメロディの合流だ。本当は少し前にピエスの町に到着していたのだが、なかなか顔を出すタイミングを計れずにいた。フルーツの話題は些細だが一歩前へ踏み出すきっかけとして十分だった。


「お帰りなさい、メロディちゃん」

「お帰り、メロディ」


 アデライドとアンリがかけた言葉は「ようこそ」ではなく「お帰り」だった。客人に対するような余所余所しい言葉はいらない。仲間となったメロディには何度だってこの言葉をかけてあげる方が正しい。


「ただいまです」


 新たな居場所を見つけられたことに感極まってメロディは嬉し涙を浮かべ、アンリとアデルに手を引かれ、仲間と共に円卓を囲んだ。


「祝勝会を済ませたら、早速、次の仕事について話し合いたいと思う。悪い奴らはまだまだこの世界にまだまだたくさんいる。僕たちの仕事はそう簡単にはなくならないよ」


 アンリ・ラブラシュリの活動はこれからも続く。

 己の信念に殉じて、無念の中散っていった大切な人達を思って。

 アンリ・ラブラシュリは世界を欺き続ける。




 了

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詐欺師貴族 湖城マコト @makoto3

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