04 聖なるオッパイ(最終話)

アンジェリクは海洋伯に蟄居を命じ、その娘カトレアを代理に指名した。カトレアはてきぱきと物事を進めた。女性たちを家に帰し、街から逃げた人たちを呼び戻した。被害を受けた人たちには十分な補償をするということで、一応の解決をみた。


「奥さんが亡くなって、おかしくなっちゃってたんだよね……。海洋伯には引退してもらって、カトレア嬢にあとを継いでもらおうと思うんだけど、どうかな?」

「さあ。オレには政治のことはわからないな」

「それじゃ困るよ」

「だれが困るんだ?」

「わたしが困るの! だって、わたし、戻ったら玉座を継ぐことになってるから……。近くでサポートしてくれる人が必要でしょ?」


オレたちは海風を浴びながら砂浜を歩いていた。どちらからともなく大きな岩に腰かけた。波が行き来するのを無言で眺める。


アンジェリクが身体を傾けた。肩がふれあう。

「ホウイチ……。わたしのこと、嫌い?」

「よせよ。オレの誓いを知ってるだろ」

「そのことなんだけど……。出発する前にお父さんに聞かされたんだけど……。それ、ウソなんだって」

「ウソ……? なにがだ?」

「純潔の誓い」

「それはない。だって、立派な神殿で、神官たちが儀式をして、ピカピカって空がきらめいて、女性(にょしょう)を近づけなければ無敵の力が手に入るだろうって声が響いて。それでオレは魔王を倒せるほど強くなったんだから」

「それがウソなの」

「……へ?」

「それ、全部、お父さんが仕組んだことだったの」

「全部って……あの神官も? 空が光ったのも? 神様の声も? 全部ウソだったっていうのか?」


アンジェリクはこくりとうなずいた。


「そんな誓いをしなくても、ホウイチは最初から強かったんだって」

「……なら、なんでそんなことを?」

「ホウイチが転移してきてすぐ、わたしがいつもつきまとってたでしょ? ホウイチ、ホウイチって。ひとり娘をホウイチに取られるんじゃないかって心配になって、それで、ひと芝居打ったんだって」

「……あれが芝居だったなんて」

「ごめんね、ホウイチ。お父さんもすごく申し訳なさそうにしてたよ」


困惑した。すぐに受け入れられるような話ではなかった。この世界を救うためだと信じ、ハーレムの夢をあきらめ、純潔の誓いを守り続けてきたのだ。それが作り話だったなんて……。怒りを通り越して、笑い出してしまった。バカらしい。あまりにバカらしい。腹を抱え、身をよじり、涙をにじませながら笑い続けた。

「大丈夫、ホウイチ……?」

心配そうにオレを見る。


戦場を離れて1年、そこにいたのは日焼けしたおてんば娘ではなかった。白い肌、きらきらした髪、空よりも青い瞳。玉座につく覚悟を持ちながら、人としての優しをを失わない少女だった。


オレは目をしばたいた。まぶしかった。太陽のせいだと思った。だが、そうではなかった。アンジェリク自身がまぶしく輝いていたのだ。


「そうか……そういうことだったのか……。わかったぞ!」

オレは立ち上がり、両手でアンジェリクの肩をつかんだ。

「ど、どうしちゃったの、ホウイチ……?」

「聖なるオッパイは、おまえだったんだ!」

「はぁ!? なに言ってんのよ! そんなわけないでしょ!!」

「いいか、アンジェリク。男にはそれぞれの聖なるオッパイが存在するんだ。そして、オレの聖なるオッパイはおまえだったんだ!」

「よくわかんないんだけど……」

「聖なるオッパイを探して来いってのが、謎かけだったんだ。考えてみればわかるよな、もめば寿命が延びるオッパイなんてありえないって。しかも、それを、オレとおまえのふたりで見つけろだなんて、なにか狙いがあるはずだよな?」

「本当の狙いが隠されてたってこと……?」

「そうさ。オレとおまえをくっつけようとしたんだよ」

「くっつける!?」

アンジェリクは赤くなった。


「純潔の誓いがつくり話だったって明かしたのも、そのためだ。王陛下は最初からこうなることを予期してたんだよ。オレがオレだけの聖なるオッパイに気づくように、このミッションを与えたんだよ」

「お父さんが……わたしとホウイチを……」

「くっつけてくれたんだ」

アンジェリクの顔がパァと明るくなった。

「ホウイチはそれでいいの!? わたしとくっついてくれるの??」

「ああ。オレにとっての聖なるオッパイはおまえしかいない」

「うれしい! でも、オッパイ、オッパイ、言い過ぎだよ!」

オレたちは笑いながら抱き合った。


「陛下! 陛下! ホウイチ殿から書状が届きました!」

侍従が手紙を持って王の寝室に入ってきた。王は大部分の時間を眠って過ごすようになっていたが、この報せに跳び起きた。

「おお! 待ちわびたぞ! なんと書いてある?」

「今、お読みします……」


侍従が手紙を開き、王に読み聞かせる。


王陛下――わたくしも姫殿下も、このたびの深きおもんばかりに感謝しております。陛下の思惑通り、聖なるオッパイを見つけました。お披露目するのが待ち遠しいです。きっと喜んでいただけることでしょう。


「見つけたか……。あやつ、見つけおったのか……」

「はい、そのようでいらっしゃいます」

「楽しみじゃのう。早くもみたいのう、聖なるオッパイを」


(了)

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聖なるオッパイを求めて 荒野荒野 @Areno

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