03 オッパイ狩り

3日ほど移動を続けた。


南に進むにつれて、避難してきたらしい女性が目立つようになった。アンジェリクが事情を尋ねるが、うつむくばかりで口を開こうとしない。しつこく食い下がると、ようやく話を聞かせてくれる人が見つかった。


「リンマ・リーゾットの近くで牛を飼っている者です。いつものように、しぼりたてのミルクが入った壷を荷台に乗せて、馬車で街に向かいました。すると、衛兵たちに……」

そこまで言うと、言葉を詰まらせてしまった。

「つらい目にあったのね。わたしたちが必ず解決するから、なにがあったか教えてちょうだい」

「はい……。衛兵たちに腕をつかまれて『動くんじゃない! オッパイ狩りの時間だ』と言われました」

「オッパイ狩り……」

「そこに領主様がいらっしゃって……。『わかる、わかるぞ、服の上からでもわかるぞ!』と……」

「なにがわかると言われたの?」

「『服の上からでも、ナイスなパイオツなのがわかるぞ』と……」

「領主が、そのようなことを……」

「それから『確かめさせてもらおうか』と服をめくられて……」

「なにを確かめようとしたの?」

「『聖なるオッパイの持ち主かどうか、確かめさせてもらう』とおっしゃいました」


オレとアンジェリクはすぐに馬を走らせた。

「オッパイ狩りなんて、許せない!」

「まったくだ」

「聖なるオッパイかどうか確かめるために、オッパイをもむだなんて!」

「ひどい話だな」

「でも、ホウイチはどうするつもりだったの?」

「見ればわかると思うんだ。すごい魔力を帯びてるはずだから、近づくだけでまぶしく輝いてるんじゃないかな」

「もしそうなら見てみたいかも! 聖なるオッパイがあればの話だけどね」


おそらく、そんなものは存在しないだろう。旅の錬金術師のでっちあげに決まっている。しかし、それを真に受けてオッパイ狩りを始めるとは、たちの悪い領主もいたものだ。


夜遅く、リンマ・リーゾットに到着した。領主はミーモチッチ海洋伯だ。魔族との戦いでは兵を送ってきてはいたが、家族の病気を理由に本人は領地に留まっていた。そのため、面識はない。


海に突き出した小高い崖地があり、そこに城が建っている。こうこうとかがり火が焚かれているのが遠くからでもわかる。


「ホウイチ、どう攻める?」

「アンジェリクならどうする?」

「そうね……。正面から行くかな」

「どうして?」

「その方が好きだから!」


馬を走らせた。城に続く剥き出しの隘路を行くと、槍をもった兵たちが女だらけの列を誘導していた。

「まっすぐ並べ! 逃げようなんて考えるんじゃないぞ!」

アンジェリクが兵に問う。

「なんの騒ぎなの? この人たちになにするつもりなの!?」

「馬になんか乗りやがって! おまえもさっさと並ばないか!!」

と、引きずり降ろそうとした。すかさず、アンジェリクの愛馬が向きを変え、後ろ脚で兵を蹴り上げた。ガンと鳴って、鎧がへこむ。兵は倒れて転がっていった。

「ふんっ!」

オレたちは、暗い顔をした女たちの列を追い越し、キョトンとした兵たちを無視して、城門をくぐった。


馬を下り、建物に入り、列をたどり、大広間に足を踏み入れると、女たちでごったがえしていた。アンジェリクは無言だが、ひどく怒っている。

大股で奥へと進み、兵たちが戸惑うのをしりめに、扉を勢いよく開いた。


「さあ、オッパイを出しましょうね。もみもみしますからね~」

丸椅子に座らされた少女の前で、貴族のおっさんが両手でもみしだく仕草をしていた。これがミーモチッチ海洋伯か。


「ちょっと! いい加減にしなさいよ!」

夢の世界から引き戻されたように、ミーモチッチは目を見開いた。

「なんだ、おまえたちは! どこから入ってきた!?」

「そこのドアから! 普通に入って来たわよ!!」

「こしゃくな! だが、いいパイオツをしてそうだな。おまえのを先に試してやろう。おい、この小娘を押さえつけろ!」


部屋にいた兵たちが駆け寄ってくる。オレは素早く動いた。つかみかかってくるヤツを投げ、もうひとりを転がし、さらにその上に投げ落とした。


「くっ……おまえたち、何者だ!?」

アンジェリクは、首元のプラチナを引き出し、青く澄んだ宝珠を見せつけた。王家の紋章である大樹が刻まれている。

「レオニダス国王が長女、アンジェリク・バルカ!」

「な、なんだと!! なぜ王女様がここに!?」

「あなたの悪行を聴き及び、裁きを与えに来たのよ!」

本当は違うけど。

「ぐぬぬ……。王女といえども、ここはわたしの領地。勝手なマネを許すわけにはいかぬ!」

大勢の兵が集まってきて、オレたちを囲んだ。

「言い忘れてたけど、こちらは魔王を一騎打ちで破った勇者ホウイチ殿よ」

「なんと、勇者までいっしょだとは……。それでも、邪魔させるわけにはいかぬ。そいつらを捕まえろ! 殺してしまってもかまわん!」

だが、兵たちは、王女と勇者を前に、ひるんでしまった。

「――なにをしている! わたしの命令をきけないのか!」

海洋伯が怒鳴り散らす。


そこに、茶色の髪をした少女が飛びこんできた。

「お父様! もうこんなことはおやめになって!!」

「なにしに来たんだ、カトレア! 部屋に戻っていなさい」

「だって、こんなこと、おかしいよ……」

「もうすぐ見つかるからな。そしたらお母さんが戻ってくるからな」

「お母さんは戻ってなんてこないよ! だって、もう、死んじゃってるんだもん……」

海洋伯は自分の娘からはっきりと妻の死を告げられ、当惑し、よろけて尻餅をついた。

「あいつが死んでいる……? いや、そんなはずはない。ただの病気なんだ。聖なるオッパイがあれば、また元気になるはずなんだ……」

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