1−2
凜と昴は、三週間ほど前から交際している。
二人が出会ったのは、現実とは異なる『夢遊界』という世界だった。夢遊界とは一言で言うと夢の世界で、凜は二ヶ月前に交通事故に遭って意識不明の重体となり、意識だけが夢遊界に飛ばされた。そこで夢遊界の案内人である昴と会ったのだ。
ただ、初対面の印象は最悪だった。昴は気障な上に女たらしで、甘い言葉で凜を夢遊界に引き止めようとした。現実に戻りたがっていた凜は彼に腹を立て、できれば二度と関わりたくないと思っていた。
それなのに、夢遊界で彼と関わってその人柄や信念を知るうちに、いつしか彼のことを意識するようになっていた。だから現実に戻って再会した際、凜の方から告白して付き合うことになった。一学期の終業式の翌日のことだ。
ただ、昴と交際を始めてからも凜は安心できなかった。昴が相変わらず女好きで、凜と一緒にいる時でさえ他の女の子に目移りしている始末なのだ。おまけに昴は顔がよく、性格も社交的なので実際に女にモテている。自分が可愛いとも美人とも思っていない凜としては、いつ昴の心が離れてしまうのではないかと気が気でなかった。だからこうして昴の愛情を確かめられると、凜は安堵が湧き上がると同時に、どうしようもなく高ぶる気持ちを抑えられずにいるのだった。
「えーと、芳賀と昴は確か初対面だったよな?」
昴の行動にたじろぎながらも鷹が尋ねた。昴がようやく凜を離して兄の方を向いた。
「ああ。凜に美人の友達がいるって聞いて、ぜひともお近づきになりたいって思ったんだ。でも女の子二人に男一人じゃバランス悪いから、兄貴も誘ってダブルデートとシャレ込んだってわけさ」
「……ダブルデートって、鷹と侑李は別に付き合ってないのに」凜がぼそりと言った。
「まぁまぁ細かいことは気にするなよ。で、侑李ちゃんだっけ?」昴が侑李の方を見た。
「いやー想像以上の美人だね! 背も高くてモデルみたいだし、学校じゃ絶対モテるだろ?」
「はぁ……まぁ、時々告白はされますけど」侑李が気圧されながら答えた。
「だよなぁ。男がこんな美人をほっとくわけないもんなぁ。で、今はフリーなの?」
「ええ……まぁ。そんなに彼氏ほしいとも思ってないんで」
「マジで!? 勿体ないなー。ね、うちの兄貴とかどうよ。俺と双子なだけあって顔はいいし、性格も優しいぜ?」
「ちょっとあんたいきなり何言ってんのよ!?」凜が目を丸くして叫んだ。「たまたま四人でいるからって、余り物くっつけりゃいいってんもんじゃないでしょ!?」
「いやーだってこんな美人が青春謳歌してないなんてあんまりだしさぁ。俺がフリーだったら迷わずアプローチするとこだけど、あいにく俺には君がいる。だからこそ兄貴をお勧めしてるってわけさ。美男美女だし、実際お似合いだと思うぜ?」
「だからって……」
「せっかくだけど、鷹はあたしに興味ないと思うよ」侑李が穏やかに口を挟んだ。
「鷹にはずっと好きな女の子がいるんだから。そうだよね? 鷹」
侑李が鷹の方を見る。いきなり水を向けられて鷹は面食らった顔をしたが、すぐに頷いて言った。
「あ……ああ。まぁ、告白して振られちまったんだけど、一回くらいじゃ諦めきれなくてさ。何とかして今の彼氏から奪ってやろうと思ってるんだ」
「へぇ? 兄貴がそこまで入れ込むなんて珍しいな? そんなに可愛い女の子なのか?」昴が興味津々な様子で尋ねてきた。
「ああ……。って言っても、俺は見た目じゃなくてその子の中身を好きになったんだけどな。何があっても自分を曲げないまっすぐなとことかさ」
鷹はそう言ってちらりと凜の方に視線を向ける。そこに込められた熱情を感じ取り、凜は思わず背筋を伸ばした。
自分が鷹から告白されたのは1学期の終業式の時だ。凜も一時は鷹に想いを寄せていたが、女子から人気がある彼が自分のような平凡な女に目を留めてくれるはずがないと思っていた。だから告白をされた時は信じられなかったし、それを断ってしまった自分にも驚いた。でも後から考えると、その時自分の心はすでに昴の方に向いていたのだ。
「へぇ……なるほどな。俺もよくわかるよ、兄貴の気持ち。可愛い女の子ならいくらでもいるけど、自分を持ってる子って意外と少ないもんな?」
昴が何かを察したように頷き、口の端を持ち上げてにやりと笑った。
「でも悪いけど、俺も譲るつもりはないからさ。つーわけで凜、行こうぜ?」
昴がこれ見よがしに凜の肩を抱き寄せる。凜はされるがままレインボーランドの奥へと引き摺られていった。
「……はぁ、あいつも昔から変わらないな」
侑李と並んで昴達の後を追いながら、鷹が頭を搔いて言った。
「あいつ、変なとこで俺に対抗意識燃やしてさ。俺が好きになった子みんな取っていっちまうんだよ。まぁ、取られるまで何もしなかった俺も悪いんだけどさ」
鷹が苦笑して侑李の方を見たが、侑李はこちらを見ていなかった。なぜか横顔に翳りが浮かんでいる。
「芳賀、大丈夫か?」
鷹が心配そうに声をかけた。侑李が急いで顔を上げる。
「あー……ごめん。ちょっとボーッとしちゃって」
「もしかして昴に引いた? ごめんな、あいつ初対面なのに全然遠慮しないから……」
「ううん。それはいいの。ただ……意外だなと思って」
「意外って、何が?」
「さっき鷹が言ってたこと。鷹の好きな子って凜のことなんでしょ?」
「あ、わかった? 名前出さなかったけどやっぱバレるか」鷹が苦笑して首筋を搔いた。
「うん……。でもあたしがびっくりしたのは、鷹が凜のこと諦めないって言ったこと。鷹なら他に相手いくらでもいそうなのに、なんでそこまで凜にこだわるのかなって」
侑李が鷹の方を見ないで言う。鷹は腕組みをし、少し考えてから答えた。
「……確かに前までの俺なら、振られた女に未練あるなんてカッコ悪くて絶対言えなかったと思う。まして本人の前で宣言するなんて絶対しなかった。でも俺、葉月のことはどうしても諦めたくなかったんだ。葉月は何て言うか……俺の生き方を変えてくれたからさ」
「生き方を変えた? どういうこと?」侑李が怪訝そうに眉根を寄せた。
「俺さ、ずっと打算で生きてきたんだよ。人からよく思われたくて、イメージキープするための行動選んできた。でも、葉月は俺とは真逆で、自分がしたいことだけをして生きてた。それをしたら人からどう思われるか、自分が損するんじゃないかってことは全然考えてなくてさ。それが俺には衝撃だったんだ。
でも、そんな葉月の姿を見てるうちに、俺もイメージばっか意識するんじゃなくて、もっと自分に正直に生きたいと思うようになった。だからさっきも、カッコ悪いのわかった上で葉月に未練あるなんて言ったんだよ。俺があいつのおかげで変われたんだってことを伝えたかったからさ」
侑李は意外な思いで鷹の話を聞いていた。鷹が自らの生き方を打算だと言ったことよりも、彼の考えが自分と同じことに驚いたのだ。
侑李自身、クールに見える自分のイメージを崩したくなくて、それに合うような行動を選んできたという自覚があった。だからこそイメージに捕らわれず、自分に正直に生きたいという鷹の気持ちがわかる気がした。
「っと、このままだと見失っちまいそうだな。あいつにばっかリードされんのも癪だし、俺達も急ぐか」
話しているうちに歩調が緩まっていたのか、昴や凜との距離はかなり離されてしまっていている。鷹は足早に歩き出し、侑李も思考を振り払ってその後に続いた。
次の更新予定
夢幻の楽園 瑞樹(小原瑞樹) @MizukiOhara
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