後日談 夢は終わっても

第一話 虹の国にて

1−1

 八月二十日、日曜日。葉月凜はづきりんは高校の夏休みを利用して、絶叫系アトラクションで有名なテーマパーク、レインボーランドに来ていた。メンバーは全部で四人。凜は友人の芳賀侑李はがゆうりと共に、入口で残りの二人を待っているところだった。


「鷹達遅いね。何かあったのかな?」


 侑李が入口の時計を見ながら尋ねてきた。時刻は十時五分。すでに待ち合わせの時間は過ぎている。


「うーん、鷹とは何回か出掛けたことあるけど、遅刻してきたこと一回もないんだよね。だからあいつのせいだと思う。どうせどっかで女の子に声でもかけてるんだよ」凜が不機嫌そうに言った。


「さすがに待ち合わせ前にナンパはないんじゃない? 単に電車遅れてるだけかもしれないし」侑李が窘めるように言った。


「侑李はあいつのこと知らないからそんなこと言えるんだよ! ちょっとでも可愛い女の子見つけたらすぐ声かけようとするんだから!」凜が肩を怒らせた。


「ふーん。それで凜は嫉妬してるんだ? あたし以外の女見ないでよって?」


 侑李が面白そうに尋ねてくる。さらに悪口を並べ立てようとした凜は思わず口を噤んで目を逸らした。


「……別に嫉妬なんてしてないから。ただ、あいつが誰彼構わず声かけるのがムカつくだけで……」


「そーゆーのをヤキモチって言うんだよ。凜ってば変なとこで意地っ張りだよね?」


「意地なんて張ってないし! だいたいあいつが……!」


「あ、ストップ。ちょうど本人達が来たみたい」


 侑李が片手を挙げて凜を遮った。駅から歩いてくる一団の中に二人の男連れの姿が見える。そっくりな顔をした黒髪と茶髪の若い男。


「あ、葉月、芳賀! 悪い、電車遅れちゃってさ! 結構待ったんじゃないか?」


 黒髪の男の方が小走りで凜達の元へやって来て、両手で拝む動作をした。凜の同級生である柏木鷹行かしわぎたかゆきだ。息を切らしているところを見ると駅から走ってきたようだ。


「あぁ鷹、おはよう。やっぱり電車遅れてたんだ?」侑李が尋ねた。


「うん。連絡しようと思ったんだけど回線遅くてできなくてさ。ホント悪ぃ」


「いいよ。大して待ってないし。ま、凜はちょっと怒ってたけどね?」侑李が悪戯っぽく言って凜の方を見た。


「そうなのか? 悪い葉月。待たせちまって」鷹が申し訳なさそうに眉を下げた。


「あ、いや、別に鷹のことは怒ってないから!」凜が慌てて手を振った。「あたしはただ、 あいつのせいで遅れてるんじゃないかと思って……」


「あいつって、もしかして俺のこと?」


 急に別の声がして凜はびくりと肩を上げた。鷹とそっくりな顔をした茶髪の男がすぐ傍に立っていた。鷹の双子の弟、柏木昴かしわぎすばるだ。鷹のように息を切らしていないところを見ると、一人だけ悠々と歩いてきたらしい。


「……何よ、呑気に歩いてきて。人待たせてんだからもっと急ぎなさいよ」凜がむっつりとして言った。


「なに、待つのもデートのうちだろ? それに今回遅刻したのは俺のせいじゃないしな」昴が平然と言って両手を広げた。


「今回は、ね。どーせあんたのことだから、女の子に声かけて遅くなったんじゃないかと思ったんだけど……」


「へぇ、つまり君は俺が浮気してると思ってヤキモチ焼いてたのか? どうりで不機嫌そうな顔してるわけだ」昴が面白がるように笑った。


「はぁ!? 何言ってんの!? あたしがヤキモチなんか焼くわけ……!」


 凜に皆までいう間を与えず、昴が背中に手を回していきなり抱き締めてきた。

 凜が目を白黒させていると、昴は凜の耳元に顔を近づけて囁いた。


「本当、君は初めて会った時から変わらないな。俺のことが気になって仕方がないくせに、絶対にそれを認めようとしないんだからな。ま、君のそんな反応が可愛いから、俺もつい他の女の子に声かけちまうんだけどさ」


 言いながら昴が愛おしそうに凜の髪を撫でる。鷹や侑李が目の前にいるというのにお構いなしだ。凜は顔から火が出そうになりながらも、昴の硬い胸に抱かれていることに安心感を覚えていた。

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