第28話 依頼主 ジョウニ・敦 様 ⑥
アンデッドリーポイズンスライムは、全身が強力な毒性の物質で構成される、危険度MAXの最凶モンスターだ。
大きさはざっと5メートル強。
微生物の過剰増殖によってごく稀に生まれるとされているが、出現の詳しい原因は今だハッキリしていない。
触れたらその部分の皮膚は焼け落ち、仮にも身体が飲み込まれようものなら、30秒も断たずに骨になる。
まさかこんな奴と遭遇するなんて……。
セイサ博士が作った靴を履いてなかったらヤバかった。
「これ以上の接近はまずい……! 一旦引くぞ……!」
「うぎゃぁぁぁぁ!!!!」
俺たちに覆いかぶさろうとする巨体から、死に物狂いで距離を取る。
その際、スライムの一部がまおりぬの髪に垂れた。
「つ、付いた⁉ あたしの髪に付いた⁉」
ジュゥー、という焼けるような音が鳴る。
瞬く間に接触部分は塵と化し、その先の金髪がチラチラと宙を舞った。
「え、嘘っ……今すごい量の髪が……えっ……」
「髪だっただけまだマシだ……! もし脳天に落ちてたら死んでたぞ……!」
「全然マシじゃないわよおおおおお——!!!!」
悲痛な叫び声が響く最中、スライムは更にその身体の一部を、俺たちに向かって飛ばしてきた。猛毒の大砲だ。
まおりぬは……気づいてない。
なら俺が何とかするしか——!
「うにゃぁっ⁉」
「ノットセクハラな!」
大事な髪を失いご乱心中のまおりぬを抱えた俺は、大きく飛翔し毒の塊を回避する。その先にも追撃が来たので、それも回避。
:すげぇジャンプ力!
:てかこれまずくね?
:あの紫の物体はなんだ
:まおりぬの髪溶かしたけど
とりあえず距離は取れた……。
と思いきや。
そこにすら毒の塊が飛んでくる。
「くっ……コメントを見る暇もない……」
この感じ……どうやら奴の射程は30メートル以上はある。動きが遅いので回避は難しくないが、それでも反撃の余地がないのが厄介だ。
「あ、あんなの、どうやって倒すのよ……」
ひとまずは射程外に出れた。
するとまおりぬは、震えた声音で言った。
「もうめちゃくちゃじゃない……」
「スライムを倒すには核を壊すしかない。実際あいつの体内には、巨大なダンジョン因子があったのを見た」
「じゃ、じゃあ、さっさと本気出して——」
「でも残念なことに、俺には不可能だ」
「ふ、不可能……?」
「スライム……しかもアンデッドリーポイズンスライムともなると、斬撃はほとんど効果が無い。それに接近戦は、毒を浴びる危険度も上がる」
「そんな……」
斬撃の完全耐性……とまではいかないにしろ、ゼリー状のその身体が、物理攻撃全般の威力を殺す。その上、触れればほぼ即死の理不尽設定付き。
名の知れたクリーナーでも、遭遇したら逃げるレベルの強敵だ。
まず、正攻法で倒すのは不可能だろう。
「た、倒せないなら逃げるしかないじゃない……」
「いや、倒せないとは言ってない」
「えっ」
「さっきも言ったように、核さえ壊せばスライムは消滅する」
「でも、斬撃はほとんど効かないんでしょ……? あんたがどうにも出来ないんじゃ、あたしだって……」
確かに、俺1人じゃどうにもできない。
でも幸いなことに、俺たちは今2人だ。
「俺が核を覆うあの物体を何とかしてみる。だからまおりぬは、露出した核を撃ち抜いてほしい」
「まさか、またあれに近づくつもり……⁉」
「まあ、実際それしか方法は無いし。斬撃が効かないとは言っても、無効化されるわけじゃない。体内の核が露出する程度に、形を変えてやることくらいはできる」
「で、でも……」
まおりぬは、見るからに不安そうに言った。
「触れたら死ぬのよ?」
「知ってる」
「こ、怖くはないの?」
「んなの、怖いに決まってるだろ」
触れたら死ぬ相手に恐怖心を抱かないほど、俺は鈍感じゃない。
しかしだ。
クリーナーには、やらなきゃいかん時があるわけで。ここでもし引き返そうものなら、きっとシレイ社長に笑われる。
「あいつをこのまま放置すれば、被害は拡大してもっと取り返しのつかないことになる。最悪この辺の住宅街一体が、ダンジョン化する可能性だって」
「住宅街一体がダンジョン化って……う、嘘でしょ……?」
「嘘じゃない。前例が少ないだけで、複数の建物を巻き込んでダンジョン化したケースは過去にもあるよ」
今でこそクリーナー全体のレベルが上がったから減ったものの、転職当時はこのような話を割とよく聞いた。
その度に駆り出されるSランククリーナーたち。
あの頃のうちは、まだ中堅ぐらいのポジションだったんだけどな。
まさかたったの2年で、ここまで落ちぶれるとは。
「ということだから、腹くくってくれ」
「うぅぅ……」
「大丈夫。アイツの相手は基本俺がするから、まおりぬは十分に距離を取って核を狙ってほしい。50メートルも離れれば、まず狙われることもないだろ」
「50メートルって……そこから核を狙えって言うの?」
「もちろん」
当然とばかりに言うと、まおりぬは大きくため息を吐いた。
「あたしこれでも、今日が初の現場なんですけど」
「んなことは知ってる」
「不安じゃないわけ? あたしがしくじったら死ぬかもしれないのよ?」
「しくじらないだろ」
俺は一切の迷いなく言いきった。
「まおりぬのスナイパーの腕は、長年リスナーやってる俺がよく知ってる。近距離だろうが遠距離だろうが、その手で何人もの敵を倒してきたろ?」
「それはあくまで、ゲームの中の話でしょ? ここは現実なのよ?」
まおりぬの言う通り、ここは紛れもない現実だ。
ゲームとは違って、一度死ねばそれまで。やり直しはきかない。
でも、現実とは理不尽であり不公平だ。
対し、ゲームはフェアな世界。
誰もが同じルール、同じ基本設定の上プレイするものであり、そこに一切の不正はない。不正があったとすれば、それはBAN対象のチートだ。
「その武器、セイサ博士の最高傑作なんだろ」
「そ、それが何?」
「あの人、ああ見えて天才だから。その天才の最高傑作ともなれば、並みの武器とは訳が違うんだよ。それこそゲームで言うところのチートなんだ」
「こ、これチートだったの……⁉」
何だか複雑そうな顔で武器を眺めるまおりぬ。
コメント欄も、若干ざわついている。
:まおりぬチートマジか
:通報しますね
:これはまた炎上か?
:現実でチートもクソもないやろw
:これは例えです
「まあ、実際にはチートじゃなくて、使用者によって超すごい武器にも、逆に並みの武器にもなり得るってこと」
「な、なるほど」
「その点まおりぬはAランクのクリーナーだ。この武器の性能を最大限に引き出すには、あんた以上の使用者は他にいない」
コウモリとの戦いで確信した。
まおりぬのスナイパーの腕は、現実世界でも一流だと。彼女なら必ず、スライムの核を撃ち抜いてくれる。例え何メートル離れていようと。
「ということで、核は頼んだぞ」
「んんんん……」
一瞬不満そうに唸ったまおりぬは、
「はぁぁ……。わかったわよ。やればいいんでしょ」
ため息と共にそう言って、武器を構えた。
俺は小さく微笑んで、再び巨大な紫の物体と向き合う。
「やれるだけの力でぶった斬るけど、核の露出は10秒かそこらだと思う」
「うん」
「できれば建物を壊したくない。一発で決めるぞ」
倒産寸前弱小企業所属のダンジョンクリーナーの俺は、大炎上中の推し宅をお掃除します。新事業の『ダンジョン配信』を始めたら見事に大バズりして人生変わりました。 じゃけのそん @jackson0827
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