第27話 依頼主 ジョウニ・敦 様 ⑤

「人生はやり直せません」


:ふぁっ?

:まさかのマジレス⁉


「少なくとも俺は、そう思ってます」


 正直に答えると、コメ欄がざわついた。

 俺は慎重に言葉を選びつつ、話を続ける。


「人生の先輩に偉そうなことを言うのも気が引けるんですが。その質問をしたってことは、きっと過去に何かしらの後悔や未練があるってことだと思います」


:なるほど

:ふむ

:確かにそうだ


「そういう意味で言えば、この世に人生をやり直せる人間なんて一人も存在しない。過去は変えられないんですよ」


 でも、その代わり——。


「その代わり、未来はいくらでも変えられる」


 俺は大きく深呼吸して続ける。


「例え40歳だろうが、50歳だろうが、あなたが願い行動したその瞬間から、あなたは、昨日のあなたよりも1歩先の場所に立ってる」



「未来を変えるためには、運も努力も必要なのかもしれない。でも今のあなたは、それ以上に大切なモノをすでに持ってる——」


 カメラの向こうにいるその人に向け、俺は声を届ける。


「あなたは今、生きてるんですよ」



「命ある人間には未来があるんです。だったら今すぐにでも立ち上がって、一歩でも前に進んでみてください。きっと昨日までとは、違う景色が見えるはずです」



「もし歩き疲れた時は休んだっていい。弱音を吐いたっていい。そんな時こそ後ろを振り返って、過去の自分と向き合うんです」



「過去の自分と今の自分。その違いがどんな些細なものであっても、違いを生み出すことにこそ意味がある。その変化こそが、新しい未来を生んでくれるから」


 ブラック企業時代の自分と、クリーナーになった今の自分。2人の自分を比べた時に、俺は確かな変化を感じることができた。


 最初は、職を変えるという些細な変化だった。

 そこから俺は、たくさんの変化をした。


 だからこそ今、自信を持って言える。

 あの時から俺の人生は変わったんだ、と。


「一歩を踏み出したことで、未来が変わった。過去とは違う自分になれた。それに気づいた瞬間、きっとあなたは思うはずです——」



 人生をやり直せたんだ、って。



「これがさっきの質問に対する、俺なりの答えです。長々とすみません。あくまで一個人の意見として……」


:うおおおおおお!!!!!

:めちゃくちゃいい事言うやん

:泣いた

:こりゃ40過ぎのおっさんには効くよ

:今からハロワ行ってくるわ

:なんかめっちゃやる気出た

:人生がんばろ

:ニートのワイ、動きます。明日から


「い、いや。そもそもこれ、人の受け売りで……」


:若いのに凄いなこの人

:なんか自分が恥ずかしくなってきた

:漆黒の剣士の人生相談室はじめよう


 まさかここまでの好反応とは……。

 まおりぬも何か意外そうな顔してるし。


「……あんたって実はまともだったんだ」


「実はって何だよ……」


 一体俺はどんなイメージを持たれてたのか。

 気にならないと言えば嘘になるが。


 そんなことよりもだ。


 俺の回答は、質問者に届いただろうか。

 少しでも、その人の力になれただろうか。



:ありがとう。勇気もらった。



 と、そんなコメントが視界を通過した。

 ID的にも、さっきの質問者で間違いない。


「俺の方こそ。人生を振り返るいいきっかけになりました」


 一言お礼を返して、次の質問に答える。


 やがて俺は、ふと、こんなことを思った。

 ああ、配信って楽しいんだな、って。



 * * *



「さっきからやけに臭くない?」


 雑談に慣れ始めていた頃。

 不意にまおりぬはそう言った。


「確かに。この辺りに近づいてから臭いがキツくなったな」


「飴の効果が切れちゃったのかな」


 飴に臭いを防ぐ効果はない。

 切れたとすれば、プラシーボの方だ。


「しかも足元ぐにょぐにょするし……何なのこれ」


 と、次の瞬間だった。


「うぎゃっ……⁉」


 奇妙な叫び声と共に、後ろに飛び跳ねたまおりぬ。


「く、靴がシュゥー! って言ってるんだけど⁉」


「……っ」


「このくっ付いてる紫のぐにゅぐにゅは何ッ⁉」


 その紫のゼリー状の物体は……。


「……まさか、スライムか……?」


「ス、スライム……?」


 しかもこれはただのスライムじゃない。

 靴を溶かしに掛かっているこの毒性……。


「ね、ねぇゴミヤ……ま、前……」


 そのか細い声で、俺は視線を上げた。

 そこに居たのは、佇む俺たちを飲み込もうとしている巨大な紫の影。鼻腔を刺すほどの異臭を放ちながら、どんどん肥大化していくゼリー状の物体——。


「アンデットリーポイズンスライムッ⁉」

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