君の白い傘

海野夏

✳︎

 昇降口から出ようとして、雨が降っていることに気がついた。日直の仕事を終えて、先生から頼まれた仕事を片付けてきて、時計を見ると終礼の時間からしばらく経っていた。下駄箱周辺の人だかりは消えていて、学校の貸し出し用の傘もない。

 折りたたみ傘があるから別に……、とカバンを漁り、


「あ? あー……、忘れてた」


 前に傘を使って干してから、カバンにしまい忘れていたのを思い出した。

 お母さんに連絡したら持ってきてくれるか迎えにきてくれたり、……しないだろうな。散々カバンにしまっておきなさいって言われていたのにこの有様だ。自分でなんとかしなさいって言われるのがオチだ。


「お風呂くらいは沸かしておいてくれるかも……?」

「どうしたの」

「えっ、あぁ、美咲」


 同じクラスで、小学生からの友達だ。

 彼女も今から帰りのようだった。そういえば美咲も先生に呼ばれていたっけ。


「帰らないの」

「傘忘れて。走って帰る覚悟決めてたところ」

「そう。じゃあ」


 白い傘を差し、入りなよと当然のように私を誘う。段差に気をつけてと手を差し出す。

 美咲には白がよく似合う。


「美咲ちゃんってば、そうやって私を誘ってどうするつもり〜?」

「家に帰るつもり」

「乗ってよ!」


 さわぐ心臓を誤魔化すために冗談めかして言えば、彼女も目元を綻ばせる。白い手を取れば傘はふたりの密室となる。


 好きだな、好きだ。美咲が好きだ。


 傘の中、白い背景に美咲の黒髪がよく映える。雨音が雑音を消して、彼女の声と、微かな息遣いと、衣擦れの音が耳によく届く。触れる腕の柔らかさ、雨に濡れる肩の冷たさ。


 そう、今ここに私たちふたりきり。


 彼女にとってこれは何でもないことで、友達なら私でなくてもそうするのだろう。私は美咲の友達のひとり。私の友達も彼女一人ではない。私は彼女の特別じゃない。


「私、美咲のこと好きだなぁ」

「はいはい。家まで連れてってあげるから」


 本当だよ、美咲。

 私はずっとこの想いを胸に抱え続けている。

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