秘密の佐野くん

こむぎこちゃん

第1話


「……?」

 掃除が終わり、一人でごみを捨てに校舎の外に出たわたしは、人気のない植え込みの陰にしゃがみこんでいる人の背中を見つけて立ち止まった。

 どうしたんだろう。

 探し物かな?

 それとも……気分が悪いのかも?

 だとしたら大変、と思って、わたしはごみ袋を抱えたままそーっとその人に近づいた。

 近づいて、その人がよく見えるようになったとき……、わたしは足を止めた。

 男子にしては少し長い髪は金色に染められていて、ブレザーからは校則違反のパーカーのフードがのぞいている。

 間違いない、隣のクラスの佐野くんだ。

 服装からしてあまりいい印象はないけれど、素行に関してもあまりいいうわさは聞かない。

 よく学校をさぼっている、だとか、学校に来ても授業を抜け出して屋上に行ったりする、だとか……。

 なるべく、お近づきになりたくない人だ。

 気づかれないうちに、離れないと。

 来たときと同じように、わたしはそーっとその場を離れようとする……と。


 パキッ


 小枝を踏んだ音が足元でして、わたしの心臓は縮み上がった。

 ……けれど、よほど何かに集中しているのか、彼は気づかなかったようだ。

 ほっと胸をなでおろして、ゴミ捨て場に向かおうとしたそのとき。

「あっ……」

 地面のちょっとした段差に靴が引っかかり、わたしは前につんのめる。

 そしてそのまま、ゴミ袋の大きな音を立てながら、派手にこけた。

 背後で、彼の立ち上がる音がする。

 や、やばい……っ!

「おい、お前、大丈夫か?」

「へっ?」

 どうなるかと思ったけど、聞こえてきたのはわたしを心配する声。

「だ、大丈夫、です」

 何とかそう言って立ち上がり、彼のほうを恐る恐る見る、と。

 彼は思ったよりわたしの近くに立っていた。

 手に……猫じゃらしを持って。

 一瞬、ポカンとしてしまう。

 だって、不良とうわさの人が、猫じゃらし……だよ?

「どうしたんですか、それ……?」

 聞いてから、はっとする。

 これ、聞いて大丈夫だったかな⁉

 ドキドキしながら反応をうかがっていると、佐野くんもまた、手に持った猫じゃらしに気づいてはっとした表情になった。そして。

「……誰にも、言うなよ」

 そう、顔を赤くして言った。

「そこの植え込みに、いつも……子猫がいるんだよ」

「猫……、好きなんですね」

「悪いかよ」

「いえっ、全然!」

 わたしはブンブン首を振る……けど。

「なんで、秘密にするんですか?」

 つい、聞いてしまった。

「……だって、カッコわりぃだろ、オレが猫好きなんてさ」

 ふてくされたように言う佐野くん。

「別に、かっこ悪いとは、思いませんけど……」

 まあでも、人からどう見られたいかは、人それぞれだもんね。

 それにしても、なんだか聞いていたイメージと全然違う。

 怖いだけの人かと思っていたけれど……、意外とかわいいんだな。

「約束だからな」

 もう一度念を押してくる佐野くんに向かって、わたしは大きくうなずいた。


 みぃ


 植え込みの陰から小さな子猫の声が聞こえて、わたしはぱっとそっちを向いた。

「か、かわ……っ!」

 白いフワフワの毛をしたその子に、わたしの心は一瞬で奪われた。

「お、帰ってきたか。さっきお前が転んだ音に驚いて、逃げちまったんだけどな」

 そう言いながらしゃがむと、佐野くんは猫じゃらしで子猫ちゃんと戯れ始めた。

 その表情がすごく優しくて。

 つい、きゅんとしてしまった。

「あの……わたしもたまに、来てもいいですか?」

「……好きにすれば?」

 そっけない言い方だけど、その言葉は全然怖くなくて。

 その日から、わたしと佐野くんの、秘密のひとときが始まったんだ。

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