青の嘘
寄鍋一人
彼は彼女、彼女は彼
物心がついたときには、自分の顔が良いんだと自覚する。だが自覚するだけで、それをひけらかしたり傲慢になったりすることはなかった。
冷静で騒ぎ立てることもない、でも話しかければ会話はするし誰にでも分け隔てなく接する。その性格の良さもあって、学校では男の子たちが頻繁に詰め寄り、常に女の子たちが親衛隊のように周りを囲んでいた。
そのうえ高身長で運動神経が良い。バレーボール部のエースとして舞い上がる姿をひと目見ようと、放課後には他の生徒が集まってしまう。
先生からのウケも良い。成績は特別良くなく赤点も何度かある、というギャップのおまけ付き。だが授業は真面目に受けるし、生徒だけでなく先生の手伝いもするので、自然と学校の中での信頼を確かなものにしていった。
碧はいつしか「王子様」と崇められ、密かにファンクラブが作られた噂も出るほど、一躍学校のスターになったのだ。
出産で彼を受け取めた産婦人科の人に数年ぶりに再会すれば、「女の子でしたっけ……?」と困惑していた、というエピソードもあるほどだった。
物心がついたときには、僕は可愛い、女の子みたいと自覚し、小学生に上がると女の子の服にも興味を持ち始め、その可愛さを磨いてもっと可愛くなろうと考え始めるようになる。
男友だちとはもちろん遊ぶが、裏では女の子向けの情報を収集して、普段の会話はどちらかというと女の子たちに混ざる方が多かった。
身長は高くなく運動神経は悪いほう。体育のときに躓くし球技はてんでダメ。本人としては大真面目なのだが、そのギャップにやられる人がいたのも事実。
可愛さを駆使して小悪魔になってやろうとは思っていない。あくまで普通に過ごして、少し女の子みたいな趣味や服装をするだけ。それだけで堕ちかけた男はいたし、憧れる女子もいた。
蒼はいつしか「お姫様」と呼ばれ愛され、ファンクラブが作られて本人が招かれるほど、一躍学校のアイドルとなったのだ。
やがて彼らは大学生になった。
それまでの人生で持て囃され続ければ本人たちの気持ちも変わってくるわけで。大学デビューとまでは銘打たないが、制服から私服の毎日になった今、初めからそれらしい格好を好んで着るようになっていた。
碧はスカートを履かずに黒基調のジャケットやパンツのボーイッシュスタイル。蒼はジーンズなどのメンズから、レディースの幅広でゆったりしたシルエットに。
偶然にも同じ大学に入学した、クールで顔の良い男(女)と小動物のようで可愛い女(男)の二人。そんな噂が大好物な大学生が情報を一度手にしたら、広まるのは一瞬だ。
先輩の間では「新入生にすごいイケメンが入ってきたって!」「新入生にめちゃくちゃ可愛い子がいるらしいぜ!」と、たちまち話題となった。
噂は当然本人たちの耳にも届いていた。
だが碧は自分の噂には「ふーん」とまるで興味がなさそうに聞き流した。特別他人に興味を持つ性格でもなく、蒼の噂も「そんな人がいるんだ」程度にしか思わない。
蒼も自分の噂にばかり意識が向いてしまい、碧の噂は聞くだけで気にも止めていなかった。
そんな彼らが取った授業。その日はたまたま隣同士の席に座っていた。
二人にとっては、何も考えずただ空いていたから座っただけ。噂の人物が隣に座る彼(彼女)だとは露知らず。
しかし周りはお祭り騒ぎだ。
ついにあの王子様とお姫様が出会ってしまった! 運命の物語が始まる! そんな王道ファンタジーのワンシーンのような興奮と感動が、本人たちを無視してまばらに沸き立ち始める。
ぼやは燃え広がり、あちこちからざわつく教室。異変に気付いた先生が一声注意してようやく、隣に座っているこの人が噂のあの人なのだと認識した。
蒼は気づかれないようにちらりと目をやる。なるほど、たしかにイケメンだ。王子様だと言われるだけはある。
碧はその視線に気づいていた。お姫様と呼ばれる彼女は噂通りに可愛らしく、呼び名の通りお姫様のようだ。
しかし二人には違和感があった。イケメンだが何かが違う。可愛らしいが何かがおかしい。だがそれと同時に、違和感の正体にも見覚えがある。
勘が正しいのかどうか、答え合わせをしたい。思い切って聞くしかない。
授業終わりの鐘と同時に二人の視線がぶつかった。
「あの」「すいません」
重なる第一声。ツーショットだけでも満足気な観衆には思いがけない、まさか二人が会話するという急展開だ。わあっ、と小さく歓声が上がった。
彼らにはその声は届かない。珍しく他人に興味を持ち、珍しく自分以外で顔が良いと思った。興味は目の前の彼(彼女)にしか向いていない。
しかし周りの目と耳があることに変わりはない。蔓延る噂に裏がなく自分の予想が正しいのなら、他人には聞かれてはいけないものの可能性が高い。
「どこか話せるところに行く?」
「そう、だね」
王子様とお姫様の逢引と駆け落ち。決して穢してはならないという暗黙のルールが人々の足を止め、物語を見守る観客にさせた。
キャンパスの端で一人唸る自動販売機で、碧は二人分のコーヒーを買う。まるで当たり前のようにやってのける姿は、まさに王子様。蒼はそれを両手で受け取り、小さくクイと飲み込む。上品で大人しそうなその仕草は、まさにお姫様。
しかし――。
「すごく失礼なことを聞くんだけど、君って、実は女の子だったりする?」
透き通った声で蒼は聞く。腹に響く声で碧は答える。
「もしかして君も、実は男の子?」
『はい』も『いいえ』もない質疑応答だが、二人にとっては十分だった。
噂を知る人たちが二人のことをどれだけ知っているのかは分からない。周りの人が二人を見た目だけしか見ていないのであれば、本当の性別は本人たちしか知らないことになる。
「別に隠してるつもりはないんだけど……昔から可愛いって言われたから女の子の服とかが好きで」
「わかる。私も顔が良いって言われてたせいかな、こういう服ばっかり着るようになってた」
別に聞かれてもいないのに、性別を間違われるような恰好の理由を言い訳のように呟いてしまう。似た境遇の人は初めてだから、共感してくれたから、つい心を開いてしまう。
性別を偽る生き方が、彼女と彼だけの秘密になった。
青の嘘 寄鍋一人 @nabeu
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