第3話 顧みて

 娘の境遇には同情できる点もあるが、一作は面倒ごとを抱え込んでしまったことを後悔した。だが、放って置くわけにもいかず、最後まで話を聞いた。

「兄さんさあ」

娘は真剣な眼差しで一作を見た。そして、言葉を続ける

「死神って、人殺すんでしょ?」

なんとも言えない、悔しさと悲しさそのものを瞳に宿し、一作に質問する。

「ああ、殺すよ」

「なんで?」

娘は直球で聞いてくる。一作は答えに困る。人を殺すように動けなくするのが当たり前になっていたから、としか言いようがなかったからだ。

 娘は追い討ちをかけるように質問をぶつけてくる。一作の着物の袖を掴むと目に薄っすら涙を浮かべて言うのだ。

「あたしは、死ぬ時くらい誰かに助けてもらいたいよ」

何も言葉を発することができなかった。

 確かに、この古小屋では冬を越すのは難しいだろう。娘の視線に耐えかねた一作は、自分の着物の袖を掴んでいた娘の手を握り返す。

「ほら、お前の命はもう俺のもんだ」

ぶっきらぼうにそう言うと、娘は初めて声を出して笑った。

「あはっ! 兄さん最低!」

「うるせえ」

こんな会話でも一作は笑顔だった。今まで忘れていた何かを思い出せたような気がしたから。

 そして、自分が笑っていることに気づいた時、すぐ真顔に戻った。

(何考えてんだ俺)

 娘の手にはところどころ痣がある。

「隣の家の人からいじめられてんのか?」

「隣の家の人は、あたしを商売の道具に使うって言ってた。でも、その話は忘れたんだろうな。最近は会う度に打たれる」

 布を傷口に巻いてくれた。その手は冷えていて、小川で濡れたのだから何か拭くものはないのかと聞くと、使える布は使ってしまったと、着物は今着ているものしかサイズが合わないと恥ずかしそうに言う。

「本当に、お前が死ぬのはもったいないな」

そう言うと、娘は嬉しそうに笑った。

「ありがたいけど、運命には従うしかないよ、死神の兄さん」

やり場のない感情を、目の前にいる娘は、発散させることもなく受け入れていた。

「ここに居たら、変な病気になっちゃう。もう二度とここには来ないでね。冬を越したらハエが私の死体を喰ってるだろうから」

なんで、こんな無理にでも笑えるんだ。そう聞いたら娘は

「死神の兄さんには分かんないよ」

と、笑って答えた。

「曲なりでも、生きたくはないのか? 悔しんじゃないのか?」

一作はムキになって娘の肩を掴む。娘は驚いた顔をして、一作の目を見た。そして、目を伏せると、悲しそうに笑って答えた。

「悔しいよ」

ずっと沈黙が続いた後、一作は口を開いた。

「じゃあさ……」

そう言って頭をかいた。言葉の続きが出てこないでいると、娘は申し訳なさそうに笑って言ったのだ。

「あたしね、幸せ奪われて悔しかった。でも、もうよく分かんなくなってきた」

 外から強い風が吹いて、古小屋の隙間から雪が舞い込んでくる。娘は寒さも感じてなさそうな顔をしていたが、そっと微笑んで両手で一作の頬を包み込んだ。娘は真剣な眼差しで言うのだ。

「ありがとう、死神の兄さん」

 一作は自分が何を言い返そうとしているのか分からないまま、娘に吸い込まれていった。

「俺が幸せにしてやるよ」

一作は呟いた。死神の顔ではなく、不器用ながらにも力になりたいと言うようなそんな顔をして、娘のひび割れた手を優しく包んだ。

「牛肉屋創立させるって言ってた男がいたから、そいつ訪ねる。お前も来い。ついてくるんだ」

そう言って、一作は片手で自分の頭から娘に貰った髪飾りを外し

「大事なもんは最後まで手放すんじゃねえよ」

娘の髪を側にあった髪ゴムで結って髪飾りをつけてやった。娘の返事を聞く前に、一作は娘を背負う。

 駆け落ちというにはあまりにも情けない。娘からは、ありがとうと言う感謝の言葉と、鼻を啜る音だけが一作の耳をくすぐる。

 娘から伝わる体温は、冷たいものではなく温かいものだった。


 全てを話し終え、十次郎は柊丞の口に人差し指を当てて言った。

「さっきの話は秘密だぞ。これでわかっただろう。柊丞の父ちゃんはやんちゃしてたんだ。これを話したってバレたら俺が首絞められる」

「男同士の秘密だあ!」

柊丞は、秘密を共有することが嬉しくて、十次郎の指を退かして肩を組みにいった。

十次郎は「やめろやめろ」と言って嫌がる素振りを見せるが、柊丞にはそれが演技であることがわかる。十次郎も歯を見せて笑った。

「家帰るぞー」

「はーい」

柊丞は大きく手を挙げた。


 布団には一作と、あの日背負われていた娘が産んだ、長女このはがすやすやと眠っていた。想夜は机の引き出しから赤い花の髪飾りをそっと取り出し、髪につけた。

 このはの頬を愛おしそうに撫でながら想夜は呟いた。

「幸せ者ね」

「ああ、そうだな」

一作が返事を返した。想夜はきょとんとした顔をして一作を見つめる。

「あれ? 一作さん、いつからいたの?」

「今来たとこだ」

「今、変な顔してたわよ?」

そう言って笑うと、想夜は、このはを抱いて部屋から出ていった。

(俺そんな顔してたかな)

 自分の表情筋はどこまで硬くなっているのかと軽くショックを受けたが、温かい気持ちになりそっと笑った。

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三寒幸温 千桐加蓮 @karan21040829

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