第2話 死神と娘
冷たい風が強く吹いている。一作と呼ばれる悪ガキは、相変わらずゴロツキを潰して、悪さばかりしていた。
「お前、なんでゴロツキ狩りなんかしてんだ?」
「やり場のない気持ちを発散させるため」
「んなの無駄な」
相手が言い終わる前に最後の一撃を入れた。
一作は血まみれの着物の汚れを取ろうと小川の方に向かう。
今日は一段と水が冷たい。顔を洗い、小川から離れようとする。
すると、小川にドボンと飛び込む音がした。一作は、音の方を気になったので、チラリと見る。
ツギハギだらけの着物は、薄っぺらである。下駄は少し大きめでサイズが合っていないおぼこ娘が、野良犬を捕まえ、頬擦りをしていた。
「お前、小川に入んなよ! 寒くて死んじまうぞ!」
一作は詮無いことと思いつつ、娘に近づいて、
「お前、死にたいのか」
と、聞いた。
「今日は寒いんだ。お前まで死んじまう」
すると娘はこう答えた。
「死ぬのは簡単だけど、死ぬのは怖い」
「はっ? なんだそれ?」
今までそんな感想を抱く者はいなかったため反応に困ったが、一作は思ったことを口に出す。
「死んだらどうなるんだろうって想像することはできるけど、本当に体験できるわけじゃないからやっぱり想像に過ぎないんだと思う」
こんな幼いのに何言ってんだこいつと思い、一作は更に聞いた。
「でも、お前は今野良犬のために飛び込んだんだ。冷たい小川に飛び込むってのは相当な覚悟があったからじゃないのか?」
娘は一作の方を向いた。
「あたしは、助けたんだよ。最後くらいはいいことしたいってもんでしょう」
口は悪いが、根はいいやつなんだろうと思った。だから、軽く返事した。
「ないさ。あるわけねえよ」
そう言うと娘はにっこり笑って言ったんだ。
「兄さんは他人だもん、あたしの考えはわからないし、あたしも兄さんの考えは分からない」
娘のまとめていた髪ゴムが切れる。切なくなった顔持ちで一作を見つめる。
娘が言い終わると、一作は娘を抱え、小川から上がり、野良犬を元いたと言う場所に帰した。
「家は、どこだ? 送ってやる。母さんが心配するだろう」
そう言うと、娘は
「ありがとう。兄さんの手当てくらいならあたしでも出来るから」
と言って、小川の向こう側を指差す。
「あの丘の上」
娘は一作に丘の場所を指し示した。
娘の頭をぐしゃりと撫でてやる。すると娘は子供扱いするなと言わんばかりに頬を膨らます。一作は、久しぶりにクスッと笑みを浮かべた。
一作は、子供の付き添いをしているなんて、自分らしくないなと改めて思う。
「お前、俺が誰だかわかんないのか?」
「知らん」
「死神って言われてんだぜ」
鼻で笑って言うと娘は歯を見せてにっかりと笑った。
「兄さん、死神なの?」
「あ? ああ」
「ふーん、そっか」
一作は拍子抜けした。怖がられるだろうと思ったからである。娘は質問を続ける。
「兄さんはどこから来たの?」
「どこでもいいだろ」
娘は、髪ゴムが切れて背中まである髪を触り
「兄さん、これあげる」
そう言って渡されたのは赤い花の髪飾りだった。娘の髪には。元々髪飾りはついていなかった。
「いらねえよ」
「あたしの宝物。肩身外さず持ってんだ」
そう言って、一作の黒髪に無理矢理差した。
「勝手につけてんじゃねえよ」
文句を垂れつつ、娘の頭を撫でた。娘は嬉しそうに笑う。
「あたしは、冬は越せそうにないからさ、兄さんが髪飾り持っててな。あたしの母さんのもんなんだ」
娘は、一作に自分を下ろすように言う。
「手当てするから」
そう言って、娘は目の前にある農民の屋敷ではなく、古小屋の扉を開ける。古小屋は隙間風が酷く、床は抜け落ち、家具も置かれておらず、あまり人が住めるような状態ではなかった。
「兄さんの手当てくらいだったら出来るから」
と言うので任せることにした。
「ちょっとしみるよ」
そう言って、娘は布を足に当てる。白い布は血でみるみる赤く染まっていく。
娘は手ぬぐいを取り出し、赤い液体を拭き取っていく。白かった手ぬぐいも血の色で染まっていく。
傷がしみて、唇を噛むと、一作の鼻に人差し指を置き、またいたずらっぽく笑った。娘の指からは血と草の匂いがした。
「お前、ここに住んでんのか?」
「悪いかよ」
「隣の家に入れてもらえないのか?」
娘は、布を傷口にあてながら
「秘密の話なんだけどさ」
と、前置きをして自分の境遇について小さい声で話してくれた。一作は耳を傾ける。
両親は、病気持ちだったが警察に殺されたため、病死ではない。よくわからない遠い町での殺人事件の犯人にしたてられ、結局なんの罪も犯してなかったのだと。
犯人とされる人は、この村の者ではなかった。よそ者がどうして村の者を? と疑問に思うだろうが、この通り小さい村では噂が広がるのは早い。隣の家の人だけでなく、村のみんなから忌み嫌われた娘だった。
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