ひみつのみおちゃん

尾八原ジュージ

みおちゃん

 幼なじみのみおちゃんには、「よしざき みお」という名前のほかにもうひとつ、ひみつの名前があるという。

「ひみつの名前はね、けっこんするひとにしか教えちゃだめなんだよ」

 でもぼくたちは、大きくなったら本当に結婚するつもりだった。だからみおちゃんは、その名前を教えてくれた。

「だれにも教えないでね。みおに会いたいときだけ、こっそりよんで」

「わかった」

 そんな折、ぼくの父が仕事のため、外国に行くことになった。もちろん、母とぼくもついていかなければならない。みおちゃんとは、はなればなれになってしまう。

 ぼくは泣いた。でも、みおちゃんは泣かない。

「さびしくないよ。大きくなったらけっこんするんだもんね」

 ゆび切りをして、ぼくたちは別れた。


 成長した今でも、ぼくはみおちゃんのことを覚えている。

 もちろん、彼女のひみつの名前もちゃんと覚えている。

 日本語ではない、というか人間の言葉ですらない、巨大ななにかの脳味噌の隙間から漏れだしてきたようなひとつなぎの音を、ぼくは時折呟く。

 すると、みおちゃんは本当に僕に会いにきてくれる。抽斗の中からくすくす笑う声がしたり、鏡におさげ髪の先っぽがちらりと映り込んだりする。それだけでも、間違いなくみおちゃんだとわかる。

 だからぼくは「約束どおりみおちゃんと結婚しなければ」と思っている。けれど両親に聞いても「そんな子いたっけ?」と怪訝な顔をされる。大枚をはたいて雇った興信所の探偵も、「そんな子はこの時期この辺りには住んでいなかった」と結論づけた。

 来月、ぼくひとりで日本にわたって、あの街を訪ねる予定だ。

 みおちゃんをちゃんと見つけなければ。ぼくは彼女の婚約者で、ひみつの名前を知ってしまったのだから。

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