第4話 死の臭いは付き纏う
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……」
男性は森の中を走り回っていた。
雨脚が強まっていることも、雷がゴロゴロなることも構わない。
とにかくバレたからにはここから退散が一番だ。
それか急いで武器を見つけて、少女を殺して隠ぺいするか。
どちらにせよ、男性が神社を飛び出したのは意味がある行為だった。
「マジかよ。なんで気が付かれた。俺は確かに血を拭い取ったはずだぞ!」
気が付けば男性は吐露していた。
こんな人が滅多に近づかないような山奥の森に足を運んだ理由。
それは人を殺すためだった。
相手は男性の上司。いつもいつも無理難題を押し付け、あまつさえこの間の取引のミスを押し付け多額の負債を抱えさせた。
そのせいで転属になってしまった。にもかかわらず、当の上司からはリストラされなかっただけ温情だと罵られた。
男性はまるで許すことができず、むしろ日頃からの積み重ねられた恨みもあり、ことに及んでしまったのだ。
「ふざけんじゃねぇ! 俺がなにしたって言うんだ。俺はアンタに言われた通り、取引をしていただけだぞ。なのになんで俺が……俺は完璧に努めたはずなんだ!」
男性は怒りが込み上げる。
すると拳の中に怒りが汗となって滲んでいた。
ふと脳裏には上司を殺した時のことが思い浮かぶ。
あの時の顔は、非常に下劣で壮絶だった。
「ん? おい、ここは何処だ!」
上司は目を覚ました。
昨日は朝方までずっと居酒屋で酒を飲み歩き、それを数軒繰り返した。
随分と酔いが回っていたのか、起きた直後から気持ち悪そうにしている。二日酔い確定だ。
「お前に家まで送るよう頼んだはずだぞ。如何してこんな山の中にいるんだ」
上司は当然の疑問を怒号と共に吐き連ねる。
嫌気がさす。男性は溜息を吐いてしまった。
「おい、早く答えろ。私はこんなところで油を売っている暇は……」
「ああ、そうかい。そんなに昇進が大事かよ」
「はっ?」
男性は上司に荒い口調で問いかけた。
すると男性の態度を気に入らなかったのか、癇癪を起して口論を交える。
「な、なんだその口の利き方は! 誰がお前のことを使ってやってると思っているんだ!」
「使ってやってる? ああ、そうかい。とっくに終わった爺さんがよ、俺のことを使い潰して未だに取り入ろうとするのか。ああ、うぜぇ、うぜぇうぜぇ、終わった奴がよ。本当に終わればいいんだよなぁ!」
男性は上司の口振りが嫌いで仕方なかった。
耳障りで仕方ない。早く聞こえなくなって欲しいと願った。
その瞬間、手にしていたのは硬くて大きな石だった。丁度握りやすいサイズだ。
男性は振り掛かりざまに襲い掛かり、上司の頭を石で殴り付ける。
「な、なにをする。うがぁっ!?」
上司はドン! と強く殴られた。
頭から流血が発生し、血飛沫が飛ぶ。
真っ赤な血液で、上司は突然の痛みの余り、身を引きながら抑え込む。
「くっ、お前……自分が何しているのか分かっているのか!」
「分かってるさ。だからとっとと終わってくれよ。俺はお前を踏み台にして、お前の皮を被って生きて行くからなぁ!」
「や、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
男性は上司を殴り続けた。それは何度も何度もだった。
声がやけに高く、呻き声のようだった。
山々に続く森の木々達に聞かせると、そのまま声がしなくなるまで殴り続けていた。
やがて我を取り戻すまで意思で殴りつけていると、全身が赤く染まり、上司は息絶えていた。
「終わったか」
男性は口走った。もはや後悔などなかった。
けれどこの上司の死体を隠さなければならない。
そう思いつつ、残った体力を駆使して意思で穴を掘り進め、上司の死体を埋めた。
「これでいいな。ん?」
ふと男性は視線に気が付いた。
そこには一匹の狐が居た。
如何やらずっと見ていたらしく、機嫌の悪い男性は持っていた石ころを投げつける。
「どっかに失せろぉ!」
男性が石ころを投げつけると、狐は音を立てて逃げ出した。
見られてしまったか。まあいい、どうせ狐だと男性は笑った。
それから凶器も処理しなくてはならないと男性は無心で片づけを続けた。
次第に近付いて来る雨雲にも気が付かず、とにかく無我夢中で自分の汚した手を動かすだけだった。
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