第3話 お狐様は怒っている

 男性の挙動が明らかにおかしくなった。表情がやけに強張っている。

 少女からすれば、その行動から男性は何かを隠していると想像ができる。

 その証拠に、さっきから目が泳ぎっぱなしだ。


 けれど男性は口を噤み、恐怖に震えていた。否、慄いていた。

 口を割る気は一切無いようで、ましてや唇を動かすこともしない。

 完全に膠着状態になっていた。


「やっぱりなにか隠しているんだね。なにを隠しているのかな?」

「はっ! 言う訳がねぇだろ、馬鹿がよ!」


 男性は喉を震わせていた。恐怖の証だ。

 けれど威勢だけはまだ保っていて、気迫はないものの、目を血走らせて少女を侮辱する。


「馬鹿って、そんなことを言ってる場合かな?」

「なにが言いてぇんだ!」

「私じゃなくて、貴方に憑いている憑き物だよ」


 少女がそう呟くと、突然神社が揺れ出した。

 ガタガタガタガタと激しい強風に煽られる。

 縦に横に、今にも吹き飛ばされてしまいそうで、男性は恐怖した。


「ひいっ!? こ、今度はなんだよ」

「起こっているんだよ。ほら、映っているよ」

「映ってるって、心霊現象なんて俺は信じねぇぞ! 祟りなんてあるわけがねぇ!」

「それはそうだね。でもね、ほら」


 少女は人差し指を突き付ける。

 その先には扉があるが、直後そこに姿が浮かび上がった。


「コーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 突然狐の遠吠えが聞こえた。

 それだけではない。扉に巨大な狐のシルエットが浮かび上がる。

 雄々しいその姿。決して尾が複数本あるわけではないが。インパクトは桁が違う。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 男性は絶叫を上げた。

 それも仕方ないのだが、少女は依然として冷静沈着。

 その上、影を表した巨大な狐を前にして、男性に声を掛ける。


「ほら、ちゃんと憑りついていたよね。おまけに気が立ってるよ」

「ふ、ふざけんじゃねぇ! こんなのは偽物だ。そうに決まってる! 外にプロジェクターかなんか置いてあるんだろ」

「そう思うのなら見に行ってみるといいよ。その勇気があるならね」


 少女は動揺が隠せない男性に煽り文句を吐いた。

 すると男性は頬を汗が伝う。えらく滲んでいて、何故か生暖かい。

 気色悪い感触に、ゾッと虫唾が走ると、男性は少女に問いかけた。


「仮に本物だとしてよ。如何したらいいんだ、俺は!」

「如何したら? その答えはもう持っているはずだよ」

「はぁ? 持ってるってなんだよ。俺は狐なんかには覚えはねぇぞ!」


 男性は口走った。それを聞いて少女は確信した。

 ジロッと鋭い目を向けると、男性に問う。

 鋭いナイフのような言葉が目の前に突き付けられ、そのまま顎の下、心臓まで下りる。


「今、狐なんかには・・・・・・って言ったよね?」

「あ、ああ。当たり前だろ! 俺は狐なんかに触れてねぇ!」

「それじゃあ、一体なにに触れたのかな?」

「はぁ? 訳分かんねぇこと言うなよな!」


 男性は癇癪を起した。

 震える拳を無理矢理作ると、少女のことを慕から目線で睨みつける。

 けれど全く怖くない。少女は溜息一つ、男性に決定的な質問をする。


「分からないか。それじゃあ質問を変えるよ。狐以外のなにに・・・・・・・触れたのかな・・・・・・?」

「……」


 男性は急に黙ってしまった。

 明らかに何か隠していて、勘付かれそうで黙ったわけだ。


「黙ったね。心当たりがあると見た」

「……うるせぇよ、ガキが」

「怒りを露わにしたね。それじゃあもう少し踏み込んでみようかな」


 少女は男性の言葉が余計に低く荒くなるのを確認し、核心に迫ることにした。

 ずっと気になっていたことが一つあるのだ。

 ここに来た時の男性の格好。一見すると登山、否、ハイキングには向いていそうだが、実のところ気になる箇所があった。それは——


「この靴、土が付いてるね」

「はぁ?」

「だから靴だよ。靴。如何して踵にだけ・・・・乾いた土が付いて・・・・・・・・いるのかな・・・・・?」


 少女は指摘をしたのは脱ぎっぱなしの靴だった。

 如何して靴なのか。雨に打たれて濡れており、裏面は泥で一杯だ。

 けれど不思議なことに踵にだけは土が付着していた。

 泥ではなく土なのだ。しかも渇いていて、変な形でくっ付いている。


「こんなおかしな形状でくっ付くなんて、少し変じゃないかな?」

「……触るな」

「おまけに濡れていないから、雨のせいでくっ付いているわけじゃない。それじゃあなにか別の接着剤が使われているはずだよ。どれどれ見てみようかな」

「……触るなよ」


 男性は沸々と焦りが込み上げる。

 目が血走り、少女のことを睨みつけるが、それすら分かっているかのように少女は振舞う。

 靴の踵に付着した土を軽く指を掛けて剥がしてみると、内側は真っ赤だった。


「これは、人間の血だね・・・・・・

「触るんじゃねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 男性は怒りを本性を少女に向けた。

 牙を研ぎ澄ました獣のようで、狩りをするみたいに自分の靴を奪い取る。

 それから少女のことを威嚇すると、そのまま牙を剥きだしにしてこう言った。


「ああ、そうだよ。ガキの考えている通りだ。だがな、俺は捕まんねぇ。お前を殺してでも……」

「殺す? 殺せるものなら殺してみなよ。そんな覚悟もない癖に、人を殺めた毒物が」


 少女は男性を睨みつけた。

 厳しい言葉を当然のように浴びせ掛かると、男性は威圧されて気圧される。

 それから何をするのか。剥き出しの牙を突き付けるのかと思ったが、素早く踵を返した。


「うっ、くっ、覚えていろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「覚える気はないよ」


 男性は神社の拝殿を突き破ると、そのまま外に飛び出した。

 神社の境内から姿を消すと、雨足が強くなる一方の森の中へと消えて行った。

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