第2話 少女と怪異

 男性は息を飲む羽目になった。

 突如として現れた少女は、びっしょり濡れたまま、男性のことを見つめている。

 しかしこれは見つめられているのか。男性は非常に不気味に感じてしまい、言葉を失ってしまう。


「如何したの? もしかして怖いの? まるでお化けでも見たみたいに」

「お、お、お、お前なんだよ! いつからそこに居たんだ!? とっとと俺の前から姿を消しやがれ!」


 男性は阿鼻叫喚の嵐を一人で巻き起こした。

 少女のことを勝手に嫌って、腕をブンブン振り回して少女をここから追い出そうとする。


 けれど少女は首を捻っていた。

 まるで動じていない様子で、男性を見つめながらこう言い返した。


「姿を消すのはそっちだよ。私の方が最初にここで雨宿りをしていたんだから」


 少女は男性に言い返すと、男性はポカンとしてしまった。

 最初に雨宿りをしていた? それなら気配の一つでもするはずだ。

 けれど男性はその気配に気が付くことはなく、フッと沸いたように現れた少女をやはりお化けとしか思えない。


「う、うるせぇ! 俺がここに居るんだ。女はとっとと出て行け!」

「横暴だな。それじゃあモテないよ」

「うっせぇ! ぶちのめされてぇのか! ああん!」


 男性は少女を威圧した。

 力拳を作ると、目をギラつかせている。

 少女のことを力で覆い潰そうとしていたのだが、少女はいかんせん恐怖していない。

 むしろ溜息を吐くばかりで、つまらなそうに構えていた。


「嫌だな。暴力に訴えかけるDV男は一番モテないよ。そもそも古臭いよ」

「クッソ、ガキが大人を舐めてんじゃねぇぞ!」

「舐めては無いよ。でも、そっちが強硬手段に出るんだったら、私にも考えがある」

「ああん?」

「例えばこんな風にね」


 ズドーン!


 少女は床をぶん殴った。

 すると凄まじい振動が伝わり、腐っていたとはいえ床を破壊する。

 男性はその様子を直で見てしまったせいで表情を硬くし、そのまま息を飲み汗を流して恐怖のあまり動けなくなった。


「こうするだけだよ?」

「あっ、は、はい……すいませんでした。舐めてました、その、ここにいさせてください」

「それは自由だよ。でも、変な真似はしないこと。いいね」


 無言の圧力が男性を包み込む。

 顔面から防御力無視で受けたせいで、完全に黙り込んでしまう。

 その様子を見届けた少女はスッとした表情を浮かべると、ポツリと男性に語り掛けた。


「それにしてもよく降る雨だよね。こういう時、気持ち悪いくらいなにかが起こるよ」


 男性は眉根を寄せた。むしろ少女の問いかけが余りにも漠然としていて面白みが無かった。

 それもそのはず、雨は降るから降るんだ。それを気持ち悪いなんて言うのは理解ができない。

 ましてや少女は断言するみたいに“なにかが起こるよ”と言った。

 男性には分からないこと尽くしを通り越し、“起る”も“起こらない”も知りはしないのだ。


「起こるってなにがだよ。気持ち悪りぃな」

「癇癪を起さないでよ。でも起こると言えば、そうだね。例えば……」


 少女は人差し指を立てた。

 すると雨足が一向に落ち着くことの無い雨雲に紫電が走り、特大の雷が轟音と共に現れた。


 ゴロゴロドッシャーン!


「例えば、怪異・・とかね」


 少女が突飛なことを言うと、急に拝殿の扉が閉まった。

 バタンと音を上げると、男性はビビッて腰を抜かす。

 少女はニヤリと笑みを浮かべると、雷に煽られ、扉に影が浮かび上がった。


「な、な、な、なんだよそれ! 馬鹿みたいな話があるか!」


 男性は怒鳴り声を上げた。少女が完全に馬鹿にしていると思ったのだ。

 けれど少女は大真面目だった。

 ニヤリと浮かべた表情を閉じ込め、スッと済ました表情になると、男性の顔をジッと覗き込む。気持ち悪いくらい、ジーッと凝視していた。


「ふーん、憑かれているね。貴方、なにかした?」

「はっ、な、なにをしたってんだよ俺が! あれか、あれなのか? はっ!?」

「なに動揺しているのかな? もしかして本当に?」

「う、うるせぇ! ガキでも女でも、俺のことを馬鹿にするなら、ぶちのめしてやる」


 男性は怒りのままに拳を作った。

 すると少女に振り掛かり、殴りつけようとする。

 けれど少女は一切動じない。怖くないのか、それとも誑かしているのか。

 分からない事尽くめだが、男性は一切迷わずに、少女を殴り飛ばそうとした。

 だけどその拳が届くことは、残念なことに無かった。


「ほら、憑かれているね」


 少女がそう言うと、扉がガタガタガタガタと激しく揺れた。

 男性は振り被った拳を引き寄せると、目を見開いて慌てだす。


「つ、憑かれているだと!? なに言ってんだガキが! 俺のことをやっぱ馬鹿にしてんだろ。んなぁ!」


 男性は少女に詰め寄る。

 苛立ちが極限まで達してしまいそうで、もはや我を忘れていた。

 けれど少女は一切怯む様子を見せず、男性に向き直ると、更に煽ってみた。


「やっぱり憑かれているんだね。なにをしたの?」

「は、はっ!? なにもしてねぇよ。つーか、なんでそんなこと言わねぇといけねぇんだ」

「別に言う必要はないけど、白状した方が身のためよ。さもないと……ね」


 少女はニヤけた笑みを浮かべた。

 すると再び紫電が襲い掛かり、不気味な狐の影を扉に浮かべて、男性のことを畏怖した。

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