トランク
TiLA
トランク
田中は出勤すると引き合い案件のリストに目を通した。
そこには有名政治家や名だたる企業の経営者の名前が連なっていた。
田中はそのリストを確認すると机のブザーを押した。
「お客さんを通してくれ」
廣岡と名乗る顧客はキツネ目の鋭い視線で田中の事務所を一瞥すると、
「一体お願いしたい」
と簡潔に田中に告げた。田中はにっこり笑うと机のブザーを押し、
「あぁ、私だがハナコちゃんを連れてきてくれるかな」
と秘書に告げた。
やがて田中の事務所にまだ成人前と思しき、なんとなく地方出身っぽい香りを醸し出したメイド服の少女が入ってきた。
「ハナコちゃん。この方があなたのご主人さまだ。しっかりご奉公するんだよ」
そう田中が言い放った途端、突然、廣岡が立ち上がると、
「田中! 貴様をロボット奴隷規制法を犯した罪で逮捕する! 大人しくお縄を頂戴しろ!」
と叫んだ。
ロボット奴隷規制法とは、AIが進化した昨今、ロボットにも一定の人権を認め、奴隷のような人身売買を規制する法律である。
「おやおや、これは心外ですな。私はけして、そのような犯罪を犯してはおりませんよ」
田中は両手をホールドアップのように挙げると、涼しげな顔でそう答えた。
「この期に及んで何を言っている? 今まさにこのロボットが何よりの証拠ではないか!」
廣岡がそう気色ばむものの、田中は冷静沈着に、
「おや? 私はメイドを斡旋しようとしただけですけどね? お客さまはあくまでこのハナコちゃんがロボットだと言い張るわけですか? これは困りましたねぇ……。ハナコちゃん、どうもこのお客さんにはあなたが生身の人であることを証明しなければならないようですよ?」
そう田中が言うと、ハナコと呼ばれた少女はモジモジしながら、
「いゃんだ〜。おら恥ずかしい〜っぺ」
と、、、そう言いながらも渋々と衣服を脱ぎ始めた。その顔は羞恥の色に染まり鼻の下の上唇には緊張による汗が滲んでいた。やがてその柔肌が露わになろうとする刹那。そのあまりにも人らしい仕草に、ハッとした廣岡は、
「貴様! さては一見のお客である俺に対して、敢えて本物の人間を斡旋するフリをしてまんまとハメやがったな!?」
と怒り心頭になった。
「おや? さてさて何のことでしょう? 我々はあくまで家政婦を斡旋する紹介所。お客さまの疑われているような、やましい秘密など毛頭ございませんよ」
田中は冷ややかな目でそう答える。
「くっ……! 覚えてろよ! 次こそ必ず貴様の尻尾を掴んでやるからな!」
廣岡はそう言い捨てると肩を怒らせながら事務所を出て行った。
「やれやれ、困った人だ」
廣岡を見送った田中は深いため息をつくと机のボタンを押した。
「あぁ……、私だが。警視総監に繋いでくれるかい? ……あぁ! すいません。田中です。今から納入に参りたいと思います。はい。先日お聞きした好みのタイプで、地方から出稼ぎにきたような初心な娘でございますよね? 申し訳ありません。引き渡しの際、ちょっとご相談したいことがございまして……、えぇ! そうです。またいつものように地方にでも左遷頂けたら幸いです。どーもー。では後ほど」
そう言って通話を終えると、田中はスクっと立ち上がり、ハナコに近づくと、右手でハナコの左耳の後ろのボタンを押した。
途端、ハナコと呼ばれていたそれはシュルシュルと空気が抜けたように萎むと、やがてトランクの形に変形した。
田中は無表情にそのトランクを持つと、ロッカーから別のトランクを2、3取り出し、事務所から出ると、秘書に向かって、
「これから配達に出かけてくる」
と、言葉を残して出かけて行った。
夜分遅く、
田中の事務所に人影が現れる。
それはこの事務所の主たる田中の姿であった。
デスクに戻った彼は不在中の留守電、メールを一通り目を通すと、最後に業績結果のファイルを開いた。
「ふぅ……。まずまずといったところかな? 明日も早いし、目覚ましをかけて休むとしよう」
こめかみに指を当てながら呟き、手元のスマホでタイマーを設定すると、田中はおもむろに机の上に立ち上がり左耳の後ろを押した。
――シュルシュルと空気が抜ける音がして、机には一つのトランクが残った。
―――――――――――――――――――――
お読みいただき有難うございました。
本作は子供の頃に読んだSF作品をなぞったもので、オリジナルの内容ではありません。作者やタイトルは忘れてしまったのですが、確かこんな感じのストーリーだったように思います。
追記
本作のオリジナルですが、広瀬正さんの「あるスキャンダル」という作品でした。
トランク TiLA @TiLA_k
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