勇者よ、きちんと選び取ってくださいね

弥生

勇者よ、きちんと選び取ってくださいね


 わたくしには、誰にも言えない秘密があります。

 いえ、家族は知っていますが、その他の誰にもこの秘密を明かすことは出来ないのです。


 私の通う学園は、魔術の才や剣術の才がある者なら、平民でも入学が許される特別な学び舎です。

 私も幼少の頃に魔術の才が少々あったので、この学園に通うことが許されました。

 年子の弟は伯爵家の跡継ぎではありましたが、剣術の才によって同じく通うことが許されました。

 貴族とはいえ、才が無ければ入る事は許されません。

 

 この学園は、貴族しか高等教育を受ける事が出来ない階級社会において異端とも言えます。

 才能があれば平民でも入学が許されるというのは、ある特別な役割を果たすからとされております。

 

 世界の危機に立ち向かう為、優秀な人材が集められているのです。

 

 世界の危機というのが何を示すのか、教会の古い書物にしか語られていないので、正しいかどうかさえわかりませんが、言い伝えには魔王が復活した後、勇者となる者たちが世界を越えて招かれると言われています。

 その勇者たちの手助けとなる者たちが集められると言われています。

 

 学び舎で過ごす才ある者たちは、その適正により、自身の身のどこかに紋章が現れると言われています。

 忠義心に溢れ、剣術と護衛術に長けた者は『護衛騎士』の紋章を得ると言われています。

 癒しの術に長け、慈悲と愛を注ぐものは『聖女』。

 魔術の才に溢れ、全ての英知を求める者は『魔術師』。

 その他にも、敵を欺く『詐欺師』、全ての鍵を開ける『盗賊』、遠くの獲物を的確に屠る『弓術士アーチャー』、勇者のパーティーに必要なのかわかりませんが、多種多様のあらゆる職業が紋章として与えられるとされています。


 もちろん、才が認められて入学したとしても、その全ての学生が紋章を得るわけではないとの事です。

 才能を磨き、その称号に認められた者だけが、得るとされています。

 自然と、その称号を得た人物も学園を去る頃には称号は剥がれ、次の後継者に継承されるとされています。


 不思議な事ですね。まるで勇者と同世代の若者しかパーティーになれないような、そんな不思議なシステムです。

 私も弟も、称号に選ばれたのでしょうか。身体の一部分に紋章が浮かび上がりました。


 ですが、その紋章印を見た時、二人で困惑してしまいました。

 紋章に選ばれたのは、才を認められたこと。努力を認められたこと。ですが、ちょっとこちらは選び間違いなのではないかと困ってしまいました。

 この紋章というのは、基本的に公開してはならないという不文律があります。

 私は仲の良い姉弟だからと見せ合ってしまいましたが、本来は秘匿しなければならないとの事です。


 異界より招かれた勇者は、この学園に通いながら、『誰』が『どの紋章』の持ち主なのかを当てて、共に戦うことを乞う必要があるとされています。

 その為に学園に通いながら、友愛を育み、絆を深めて紋章持ちを仲間にする。という非合理的な方法を取らなければならないそうです。


 私も弟も、ここ数百年勇者なんて現れてもいないし、と楽観視をしていました。

 私たちに科せられたのはそこそこ家柄の釣り合う婚約者を探せ、ということぐらいです。

 私も弟も伯爵家という事もあり、すでに婚約者が決められていてもおかしくはありませんでしたが、どうせなら才有る相手を探せとの事で学園内で探すようにと申し付けられています。

 

 弟は大柄で野蛮な見た目の為、婚約者に困るかと思ったのですが、その野性的な魅力に騙されて落ちてくださった侯爵家のご令嬢が婚約者と相成りました。

 外見と違って中身は常識人で小市民的な思考をする為、いつも損するばかりの弟が幸せになれたら良いと思います。

 

 私は細目で凡庸な顔立ちだったので、化粧の力をお借りして、なんとか同じ伯爵家の青年と条件の擦り合わせで無事婚約が取り決められそうという段階になりましたが……。

 その時候に、異界から勇者と聖女の称号を持つ二人の男女が召喚されたと聞きました。

 

 その一報は学園を激震させました。

 我こそが勇者の味方に、聖女の守護者にと多くの者が手を上げました。


 私たちはそれを観察して、誰がそのような流行りや名誉によって動くのかを見定めしておりました。


 勇者たちは少々俺最強と調子に乗っているみたいでしたが、近寄らなければこちらには害はないと楽観視しておりました。

 ……それもすぐに実害がございましたが。


「姉さん、俺、彼女に婚約破棄された」

「あら、フランセル。貴方もなの」

「姉さんも!?」

「聖女様の盾となりたいのですって。盾になる程の才があるとは思えませんが」

「姉さん、ちょっと言葉に毒が含まれてるよ」

「あら失礼。貴方も、もしかして理由は同じかしら?」

「勇者様の逞しさに惚れたから婚約解消しましょうって。ちょっとあなた粗野すぎるものねって……」

 見た目がちょっと荒々しいだけで、今でも礼儀作法は完璧だし、本当に弟は損をしているわねと紅茶で喉を潤します。

「勇者一行が同行者を決めるまでです。そうしたらきっとあぶれ者で婚約者を慌てて探すご令息ご令嬢が出てくるでしょう。今は我慢ですよ、フランセル」

「姉さん……さては勇者が来たの面倒だと思っているね?」

 ニコリと微笑めば弟は黙ります。ええ本当に。

 私たちの紋章は知られてはなりません。面倒になりますからね。


 なんて、勇者や聖女には関わらない事を信念にやり過ごそうとしたところ、思わぬところで巻き込まれてしまいました。



「姉さん、何かやらかした?」

「いいえ? 私がそんな面倒な事に首を突っ込むとお思いですか? この木偶の坊」

「ちょっと動揺してるよね。口が悪いよ……」

 ええ、ええ、本当に。

 外部の森の演習時、適当に魔法でやり過ごそうとしたところ、思わぬ敵に遭遇した勇者たちの一行をほんの少しだけ手助けをしてしまいました。

 ほんの少しだから良いかと思ったけれども、それがまずかったかもしれません。


「フランセル! フランセル・デ・ワーズローフ!!」

 勇者が弟の名前を呼びます。

「……なんだ」

 弟よ、不安そうにちょっと姉のスカートの端を摘まむのではありませんわ。


「昨日君に命を助けられた! 巨大な熊を三十頭も投げ飛ばし、木々をなぎ倒し、森の主となるエンシェント・ドラゴンさえ肩に担いでジャーマン・スープレックス をかましたその腕前! 『バーサーカー』の称号を得た強き者と心得る! どうか我らに力を貸してくれまいか!!」

「俺は、そんなことしてない……」

(姉さん!? 姉さん!?!? ほんの少しって何? 思いっきりやらかしてるじゃないか!?)

 やぁねえ。クソ雑魚ナメクジ。ちょっと貧弱な男どもの有様にプチっときて殲滅しただけじゃないの。

 なんて事は口が裂けても言えません。私の称号は秘密なのですから。


 ええ、そんな。こんなか弱い令嬢が『バーサーカー』だなんてそんな。

 バーサーカーの獣王の鎧を降臨させて、シルエットが分かりにくい状態だったのが功をなしたのでしょうか。

 誰も私だとは気づかないご様子。


「いや、君の様な強き者を探していたんだ。どうか、一緒に世界を救う冒険に出てくれないか!!」

「ひっ」

 弟は図体はでかいけれども、技量はそこそこ。何せ彼の紋章は『踊り子』なんて戦闘系とは異なる紋章なのに。

「フランセルさん、貴方の力が必要なのです! 私、ワイルドな貴方の強さがカッコイイなって……!」

「へっえっと……俺はそんな……」

 あらあら、聖女にも求められて弟がちょっと嬉しそう。

 図体だけ立派な弟が隠れ蓑になるなんて、思わなかったけれども。

 

 勇者よ、きちんと選び取ってくださいね。


 誰が紋章の持ち主なのかを。

 

 

 

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