あなたの名字がほしかったの

神山れい

いるのは名字だけ

 ベールを母におろしてもらうところまで準備はできた。

 あと少しで、結婚式が始まる。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえ、わたしは「どうぞ」と返事をした。


「沙希、よく似合ってる。綺麗だね」


 部屋に入ってきたのは、新郎の妹でわたしの親友、加奈。

 加奈はわたしの元へやってきて、静かに抱きしめた。わたしはあまり動くことができず、片手だけを何とか彼女の背中に回す。

 このドレスも、小道具も、ベールも、何もかも。加奈と一緒に決めたもの。綺麗じゃないはずがない。


「いよいよだね。緊張してきちゃった」

「あはは、どうして加奈が?」


 だって、と加奈は身体を離した。その顔はむすっとして怒っているようだ。


「お兄ちゃんと誓いのキスするんでしょ? それを見るあたしの気持ちにもなってよ」


 そう言って、加奈はわたしの唇に軽く触れるキスをする。


「絶対嫉妬しちゃう。お兄ちゃんに。あたしの代わりに沙希と結婚させてあげてんのに、何キスしてんだよって」


 再び抱きしめられ、わたしは加奈の首元に顔を埋めた。


「でも、これで加奈と家族になれる」

「そうだね。ありがとう、お兄ちゃんと結婚してくれて」


 わたしの両親も、加奈の両親も。もちろん、結婚相手の加奈のお兄さんも。

 この結婚の意味を知らない。

 知っているのは、わたしと加奈だけ。

 今日まで長かった。偶然を装い、加奈のお兄さんと知り合って。加奈からも後押ししてもらいながら、好かれるように努力して。付き合うようになってからは別れないように必死で。そうして、結婚までこぎ着けた。

 決して、別れるものか。

 やっと、わたしは加奈と同じ名字を手に入れたのだから。

 今だけは、左手の薬指は、相手にあげる。右手の薬指は、加奈のもの。

 そして、いつかは──すべてが加奈のものになる。


「愛してるよ、沙希」

「わたしも、愛してる。加奈」


 これは、二人だけの秘密。

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あなたの名字がほしかったの 神山れい @ko-yama0

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