私のヒーローは超ドンカン

平 遊

今年はよろしく

 隣の家の辻輝良つじてるよし

 私、田内明恵たうちあきえの、いわゆる幼馴染。

 保育園から高校にいたる現在まで同じ学校。

 中学までは学区域が同じだったから当然同じ学校なのだけど、高校も同じ学校にしたのは私の意志。

 輝良と同じ高校に通いたかったから、同じ高校に進んだ。

 私の学力だったら、もうワンランク上の高校にも行けたのにと、中学の担任の先生にはさんざん言われたのだけど。


 輝良は小さい頃から明るくて優しくて面倒見も良くて、ものすごくいいヤツだった。

 小さい頃は体が小さくて何をしても鈍臭かった私は、いじめっ子の格好の的にされがちだったのだけど、そんな時にさっと助けてくれたのはいつも、輝良だった。

 保育園の時、いつものように助けてくれた輝良が、私だけにコッソリ言ってくれたの。


「お前は小さくて弱くてすぐにいじめられるんだから、できるだけ俺の近くにいなくちゃダメだぞ。そしたら俺がすぐに助けてやれるから」


 まるでヒーローみたいって、私ドキドキしながら思った。

 輝良がものすごくカッコよく見えた。

 その日、家に帰ってすぐ、私はクレヨンで輝良の絵を描いた。戦隊ものヒーローみたいな輝良の絵。実は今でもコッソリ机の引き出しにしまってある。

 それから私は言われた通り、できるだけ輝良の近くにいるようにした。

 高校生となった現在に至るまで。

 もちろん、もう体も小さくないし、いじめられるような事もないけれど。


 輝良が自分で言った事なのに、当の本人はすっかり忘れてしまっているようで、私がそっと近くにいたりすると、いつも大げさなくらいにびっくりしてくれる。それが面白くてさらにコッソリ近くにいるようになったりして。


「おわっ!お前っ、そんな近くにいんなら声くらい掛けろって、いつも言ってんだろっ!」


 なんて言う輝良のビビリ顔を見ると、思わずニヤッと笑ってしまうのだ。

 でも普通気づかない?なんで私がこんなにいつも近くにいるのか。

 私はもう輝良の庇護が必要な小さな子供じゃない。

 いくら輝良の驚きっぷりが面白いからって、好きでもない人の近くにいつもベッタリくっついている程、私暇じゃないんだけど。


 ストーカーみたいだなって、自分でも時々思う。

 だけど、仕方ないでしょ。

 輝良が悪いんだもの。

 輝良が自分で言ったんだもの。


 私の心を盗むような言葉を。


 でも不思議な事に、中学を過ぎて高校生になってからも、輝良には浮いた噂は一つも無かった。

 輝良自身は、私もヤキモキしてしまうくらいに、本当にモテていた。

 だって輝良は誰にでも優しいし、明るくてものすごくいいヤツだから。

 だけど、当の本人がびっくりするくらい鈍感で女の子の気持ちに全く気付いていないから、浮いた噂が無いのはそれが最大の原因。……もしかしたら、いつも側に私がいるのも原因なのかもしれないけど。

 少し安心。だけど、やっぱりヤキモキ。


 輝良は、彼女欲しいとか思わないのかなぁ?


 なんて心配もしていた。


 そんな今年の元日の昼過ぎのことだった。

 いいお天気だな、なんてぼんやりと窓の外を見ていると、輝良が一人で歩いているのが見えた。

 ちょうど暇を持て余していた私は、すぐに上着を羽織って家を出ると、いつものようにコッソリと輝良の後を付け始めた。

 鈍感な輝良は、私の存在に全然気づかず、ずんずん進んでしまう。まぁ、私も気配を消すように歩いているのだけれど。

 そうして着いた所は、近所の神社だった。


 パラパラといる人の間を器用に縫って、輝良は拝殿へと向かい、お賽銭箱にお賽銭を入れると参拝をした。

 私は輝良が参拝をしている隙に追いつき、すぐ後ろに並んで輝良を見ていた。

 意外に長い時間、参拝していたように思う。一体何をお願いしていたのだろう?


 参拝を終え、くるりと後ろを振り向くと、輝良は目を見開いて私を見て声を上げた。


「おわっ!お前っ!」


 相変わらずの驚きっぷりが、可愛らしくさえ見えてしまう。


「なんでお前がっ」

「お願い事、した?」


 思わずニヤッとしてしまったけれど、すぐに顔を戻して私も参拝。


 神社に参拝する時は、自分のお願い事ばかり言うのはあまり良くないとは聞いた事がある。

 だけど……だけど、こんなにも長い間悩んでいるのはもう限界。


 私は辻輝良の隣の家に住んでいる、田内明恵たうちあきえと申します。

 神様お願い。

 私のこの悩み、今年はどうしても解決したいの!

 輝良の鈍感さを、何とかしてください!


 ありったけの想いを込めて願い、一礼して振り返ると、そこにはまだ輝良が立っていた。

 もうとっくに帰っていると思っていた私は、驚いてしまった。


「何、してるの?」

「えっ?あっ……」


 もしかして、私を待っててくれた……?

 だったらものすごく嬉しいんだけどな。


 期待して答えを待っていたけど、輝良はあたふたとしただけで全然答えてくれない。


 でも、待っててくれたんだよね?

 じゃなかったら、こんな寒い中、お参りも終わったのにただ立ってるだけなんて、しないよね?

 もしかして輝良、自分の気持ちにもドンカンだったりするのかも⁉


 そう自分を納得させて、輝良に帰りを促す。


「帰る?」

「あ、あぁ」


 家は隣どうし。

 だから当然帰り道は同じ方向。

 なんだか二人で初詣に出かけたみたいで、ちょっと嬉しい。

 そういえば輝良、随分長い事お願いしていたみたいだけど、何をお願いしたんだろう?


「なに、お願いしたの?」

「は?言うわけねーだろ」


 私の質問は即行で回答を拒否られた。

 だけど、私は知ってる。

 輝良は絶対に答えてくれる。

 だって、輝良は優しいから。


 輝良の隣を歩きながら、私はジッと輝良の顔を見つめ続けた。

 すると、観念したように輝良が口を開く。


「あーもう分かったよ!家族の幸せと健康だよ!」


 輝良は明るいし優しいし面倒見もいいしものすごくいいヤツ。

 だから、確かに家族の幸せと健康は願ったんだと思う。

 でも。


 ……それにしては、随分と長くなかった?


「だけ?」


 輝良の進路を塞ぐように立ち止まり、ズイッと顔を近づけて輝良の顔を覗き込む。

 私は知ってる。

 輝良は、嘘がつけないヤツだってこと。

 思ったとおり、輝良はちゃんと教えてくれた。


「……そろそろ彼女も欲しいって」


 キターッ!


 本当は、その場で小躍りしたいくらいに嬉しかった。

 だってもう、輝良は恋愛に興味が無いのかと思っていたくらいだったから。

 もしかして神様、さっそく私のお願いごと、聞いてくれたのかな。

 いや、違うよね。

 勝負はここから。

 神様は私が勝負しやすいように、ちょっと手助けをしてくれただけ。

 輝良の鈍感さは、いくら神様でもどうにもならないと思うの。

 だったら私は、その鈍感な輝良にも伝わるくらいに、気持ちを態度で表さないと。


 私はなるべく顔に感情を出さないようにして、再び家に向かって歩き出した。


「で?お前は?」


 輝良はそんな事を聞いて来たけど、答えられる訳がない。

 一瞬、ここで答えてそのまま突き進もうか、とも考えてチラリと輝良を見たものの、私の気持ちになんて微塵も気づいていないだろう輝良の顔に、考えを改めた。


 どうせなら、もっともっと輝良をびっくりさせたい。

 それで、私の心を盗んだ責任を取らせてやりたい。

 さて、どうしようかな?


「俺のだけ聞いといてお前は言わんのかいっ!」


 そうこうしているうちに、いつの間にかお互いの家の前に到着。

 そのまま自分の家に向かえばいいのに、輝良は私が家の中に入るまで、ちゃんと見ていてくれる。

 そういう所、昔から少しも変わらない。

 相変わらず、優しくて面倒見が良くてものすごくいいヤツ。


「輝良」


 玄関の扉に手を掛けて、私は輝良の名前を呼んだ。

 ん?という顔で私を見る輝良に、思わずニヤッと笑ってしまう。


 ねぇ、輝良。

 私、決めたよ。

 今年は、今年こそは。


「今年よろしく」


 口にしたとたんに、顔がカッと熱を持った。

 輝良に見られたくなくて、そのままさっさと家の中に入る。


 輝良は何か気づいてくれたかな。

 私の決意表明に。

 いくら鈍感でも、少しは気づいてくれるよね?


 急いで部屋に戻り、窓からそっと外を見ると、輝良はまだその場に固まっていた。


 うん、ちょっとは効果があったかな。


 机の引き出しから、私は画用紙にクレヨンで描かれた絵を取り出した。

 保育園の頃に私が描いた、私のヒーロー、輝良の絵。


 私がこんなにも長い間輝良をヒーローだと思っている事、輝良に心を奪われている事は、私だけの秘密だ。

 私の鈍感ヒーローくん。

 今年は私からガンガン攻めていくつもりだから、どうぞよろしくね。


【終】

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