第3話 ステータス【GGHGG】



 ゲラゲラ。


 戦隊番組の悪役だってイマドキはそんな下手な笑い方してくれねえよといった、一周回って趣があるのかもしれない哄笑が草原にこだましていた。

 

 ――まさか。

 まさか、チートをダブルでもらえるとは。


 あの動転ぶりを鑑みるに、この結果は神様から引き出せた最大限の譲歩だろう。

 大根であろうと大一番の舞台に立てば、それなりの演技をしてみせるものだ。

 転送開始のタイミングにも助けられた。

 冷静な心持ちで狂人の真似など小っ恥ずかしいにも程がある。

 あれ以上は早々に我慢できなくなったに違いない。


「あっははは、あははははははははっ!」

 

 体をくの字に折り曲げて出来すぎた結果に高笑い。

 過呼吸のあまり引き笑いになって、いよいよ傍目には狂人か何かに見え始める頃。

 電波に乗って送られてきた神様の声に、ギョッと大きく飛び上がった。


――あれ!? 落ち込んでたんじゃないの!?――


 背後、正面、そこからゆっくり360度。

 全方位を注意深く、目を皿にして神様を探す。

 影も形もない。

 チビといえばチビだったが、モグラでもなしに地中に埋まってるはずもないだろう。

 とりあえず地上に神様はいない。

 

 ……となると、よもや俺の迷いが引き起こした幻聴の類だったのか?

 神の死んだ現代で生きた俺に信心など爪の先ほどもないが、あの騙されやすいチョロ神様に向かって特別に怨む理由があるわけではない。

 性格はともあれ人好きのする愛らしい外見。

 たかだか人間風情の俺を憐れんで異世界転生させてくれたのだから恩人と言っても過言ではない。

 そんな神様を騙すなんて…………。


「……そうだな。今後人様を騙さないと神様に誓うとするか――なんて。ははっ、その神様を騙くらかしてきたばかりなんだよな」


 それにしても俺の幻聴ならこれまた気の利かないことを言ってくれたもんだ。

 落ち込むって、俺がか?

 神様が同情するレベルの人生クソゲーをリセットせずに三十年プレイした人間のメンタルだぞ?


 残ってるわけないだろ。

 まだ削れるやわい箇所が。


 例えるなら芯だけになったリンゴがぐらぐらと揺れながらも、横からの衝撃にはコマのように回転することで受け流してしまう。

 そんな極めて危ういバランスの中で妙な安定感を得て、精神崩壊にまではかろうじて至っていないといえる精神状況である。


 事実を指摘されたくらいで壊れるなら俺はとっくにダメになっているし、今まで何度もダメになってきたし、すると今もってなおダメなのではないだろうか?

 ――おっと、またクラッシュするところだった。

 無心無心。

 

 ……しかし、拍子抜けしたな。

 神様ってのがあんなのとは。

 

 最初こそ川でおぼれる犬猫に「おいしい魚のエサになるんだよ」とSNSに写真を上げて炎上する、情に訴えかけるこちらを冷たい瞳で轢き殺すサイコパスに見えたがそれは的外れもいいとこだ。

 むしろ「あわあわあわわわわわわ」と全力で泡食って立ち往生するばかりか、浮き輪を投げるもまったく届かず、終いにはメソメソ泣き出す手合いだった。


 ……まあ悪いヤツではなかった。

 思惑あって打算的な向き合い方に終始してしまったが、もっと腹を据えて話せていれば仲良くなれたかもしれない。

 二度と会うことはないだろう神様に、純粋な感謝とは程遠い煩雑な祈りを捧げる。

 いや、この世界で死んだ時はまた世話になるかもしれないのか?

 わからないが気の遠い話だ。


「少しばかり驚かされたが、さて。問題はチートの内容物を俺が選べなかったことだけど……瑣末に過ぎるな」


 なんせ「あれ? またなんかやっちゃいました?」でおなじみの神様ご謹製チート能力。

 ランダムといえどそれが二つだ。

 むしろ人気者になって気楽な日々を邪魔されないように、気持ちブレーキに足をかけながらしずしずと立ち回るぐらいの気持ちでちょうどいいだろう。


「あのチョロ神様が包んでくれたチートはどんなものかね。そろそろ開封の時間といこうか」


 とは言ったものの。

 ポケットにチートの説明書が入っていたわけでもなく、俺は自分に与えられたチートがなんなのか。

 その謎を手探りで調べていくしかなかった。

 

 とりあえず外見、身体の感覚に大きな変化はないようだ。

 つよつよ顔面で異性魅了チート、超ハイスペックボディ、なにか世界の命運を握る系の血筋への転生。

 ベタベタなチートでも喜んだんだけどな。

 あと定番といえば超魔力とか超絶技巧か?

 情報チートの鑑定スキルも悪くないな……。


 レベルアップやらなにやらと、そんなことを神様が言っていたのを思い出す。

 となると、確認のためにはステータス! とかさけべばいいのかね?


 おお。出やがったな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


  

   里崎 悟

 

Lv.1

 

筋力:G(63)

耐久:G(52)

魔力:H(3)

器用:G(89)

敏捷:G(54)


スキル

家事:G


アビリティ

《獲得EXP増加傾向》

《SSRアビリティ確定ガチャ*単発》



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「ンン地味じみ……!」


 レベルとステータスが軒並み低いのはいい。

 チートあり初期ステから成り上がっていくのは割と王道だから、現状がこれなら許容範囲。

 なにやら魔力のステータスがやたらと不気味な赤色で表示されているあたり、赤点を連想して不安をかき立てられるが……。

 まあ、それにも目をつぶろう。

 

 家事スキルのGという評価についてはステータスの表記と照らし合わせれば高いものではなさそうだ。

 人一倍得意ですよ、くらいのものか?

 Gと書いてグレートと読める可能性はあるが……さすがにないな。

 

「あからさまなチートはいったん横に置いとくとして、いまいち“傾向”の意味はわからんが……素直に受け取るなら経験値稼ぎに役立つチートってことか?」


 アビリティの《獲得EXP増加傾向》。

 オタク的なメタ視点が入ることになるが、レベル上限に到達するまで腐る場面がないって意味では良いアビリティなんだがな。

 たいていのゲームだと経験値ってものは効率のいい狩場でいくらでも稼ぎプレイできてしまう。

 一度の戦闘でもらえる経験値がいくらかマシになったところで多少手間が減るだけだ。

 つまりあまり意味が……。

 いや、「ない」とまでは言うまい。

 

 俺のステータスに刻まれた以上、もはや《獲得EXP増加傾向》は俺の一部分ともいえるもの。

 この先に続いていく異世界生活の成功を目指して共に歩もうではないか《獲得EXP増加傾向》くん。

 頼むから産廃性能ってオチはやめてくれ《獲得EXP増加傾向》くん。


「あとは……ああ。ガチャか。ソシャゲまでやってんのかよあの神様は。俗にひたりすぎだろ」


 若干の触れたくない気持ちがあって一度横に置かれていた《SSRアビリティ確定ガチャ*単発》。

 SSRとは、つまり最高評価のチートアビリティ。

 この時点は失敗はないと言える。

 だがまだ安心はできない。

 現代オタクならば最高レアの中のあたりが引けるまでリセマラを繰り返した経験が誰しもあるだろう。

 はたして俺にリセマラ成功垢を錬成できるのか。


「クソ、あんま運よくないんだがやるしかないか」


 口の端を噛み、苦い顔でしぼり出す。

 自分の運の良し悪しなどとうの昔に見切りをつけている。

 半ば末路を確信しながら指で《SSRアビリティ確定ガチャ*単発》をタップする。

 そこから虹色の波紋がひろがって、腕で顔を庇ってしまうほどに突風が爆ぜた。


 ブワワッ! と暴風を伴いながら荒れ狂う神秘的な粒子の奔流。

 その本流の先に人のような像が結ばれていく。

 天界から遣わされた天使のごとき神気をまとって、その高位存在はこの地に降臨した。

 



 ――――ダボついた厚手のコート。


 内側の白Tシャツは薄手。

 まるで一枚の着脱で夏と冬を克服できるとでもいいたげなコーディネート。

 その様は家主の物臭から一年を通して出しっぱなしにされてくたびれたコタツの幻影がチラついた。


 桃色の髪に降り積もった桜の花びら模様。

 俺と並び立つと「お子さんですか? かわいいですね」と道行くおばさんから声をかけられそうなちんまい背丈で胸をはり、腰だめの左手にはゲーム機型の端末がにぎられている。

 

「なしとげた……!」とでも言いたげな満足した表情だが、なぜかは不明だ。




「キミの幸福で愉快な第二の人生はボクによって約束された! なんて。まぁね、ほどほどによろしくたのむよ」




 このすばじゃねえか!


 

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